その数6000以上… ウクライナ侵攻でロシアへの経済制裁はどこまで許されるか

藤 和彦
コンサルティングフェロー

ロシアが2月下旬にウクライナに侵攻すると、西側諸国は「一致団結して経済制裁で対抗する」という異例の戦略をとった。

西側諸国との貿易や金融取引から排除することでロシア経済に一定のダメージを与えてきたが、当初予想されたほどのレベルには達していない。ロシア経済が破綻する兆候は見えておらず、「経済制裁がロシア経済に深刻な打撃を与えて短期間で戦闘を終了できる」との期待は消えつつある。

ロシア中央銀行は4月8日、2月末に9.5%から20%に引き上げた政策金利を17%に引き下げ、資本取引規制も緩和すると発表した。

通貨ルーブルの対ドルレートはウクライナ侵攻直後から暴落したが、3月下旬以降、侵攻前の水準に戻り、「金融の安定リスクの悪化は止まり、通貨防衛の必要性が下がった」と判断したからだとされている。ルーブルが再び下落する可能性はあるものの、過去10年以上にわたって経常収支の黒字を維持しているロシアは通貨危機を免れた可能性が高いとの見方が強まっている。

西側諸国の制裁は、プーチン体制が変わらない限り解除されることがないとされていることから、危機を脱したロシアと西側諸国の間で長期にわたり「経済戦争」が続く事態となりつつある。

経済は昔から戦争の武器として利用されてきた。経済制裁は爆弾などのような殺傷力はないが、長期的には敵に対して壊滅的なインパクトを与えることができる。経済のグローバル化が大きく進展した現在、この非暴力的な攻撃手段は前代未聞の威力を持つようになっている。

世界はモノ、カネ、情報などのネットワークで網の目状につながったが、「結び目」は必ずしも均一ではない。相互依存が強まれば強まるほど、中心的な「ハブ」となった国は「供給を遮る」と脅かすことで他国を従属させることが可能になってきている。

世界経済でのシェアは小さくなったものの、米国は金融分野で圧倒的な力を誇っている。 国をまたぐ経済活動を行うためには米国金融網への接続は不可欠であり、基軸通貨としての信用から世界の外貨準備の約6割を米ドルが占めている。

この状況下で「SWIFT(国際銀行間通信協会)からのロシア銀行の排除」と「外貨準備(米ドル)の凍結」という前代未聞の措置(金融分野の大量破壊兵器)が断行された。国際金融のハブとしての立場が「武器」として利用されたためにマネーの相互依存の構図は大きく崩れ、グローバル化した経済が今後小さなブロックに分断されてしまうリスクが懸念される事態となっている。

西側諸国が仕掛けたロシアへの経済制裁は過去にないレベルにまでエスカレートしているのにもかかわらず、その正当性が議論されることは皆無に等しい。だが、果たしてそれで本当に良いのだろうか。

紛争状態が長期化するに従い、西側諸国ではロシアのウクライナでの戦争犯罪を非難する声が大きくなるばかりだ。

国際人道法は2つの原則を戦争当事国に義務付けている。1つ目は「武力の行使は相手の軍事力を破壊するという目的に限定されるべきである」というものだ。西側メディアは「ロシア軍がウクライナの学校、病院など民間人を標的とする違法な攻撃を行っている」と連日のように報じている。

2つ目は「使用可能な武器は限定される」というものだ。核兵器や生物化学兵器の使用禁止はもちろんだが、ロシア軍が使用していると言われる命中精度の低い爆弾や過度の殺傷能力を有する武器(クラスター爆弾など)も禁止されている。

これに対し、経済戦争(経済制裁)は非常に新しい現象であるため、ルールがまったくない。ロシアに対する経済制裁は①エネルギー輸入禁止②ハイテク製品禁輸③資産凍結④金融制裁⑤新規投資の停止などに大別されている(2022年4月8日付日本経済新聞)が、経済的な「武器」の一覧表というものはそもそも存在しない。

これらが引き起こす直接的または間接的な打撃効果が考慮されることなく、ひたすら「ロシア憎し」で次から次へと制裁が繰り出されている感が強い。

ロシア政府によれば、西側諸国が科した制裁はすでに6,000を超え、果てしなく制裁が強化されているという。ロシア安全保障会議副議長のメドべージェフ前大統領は8日「西側諸国が科した制裁は不法であり、侵略行為と見なすことができる。一種のハイブリッド戦争だ」とした上で「前例のない規模の不法な制裁は国際関係を袋小路に追い込み、国連を含む国際機関の崩壊を招いている」と主張している。

ロシア側の主張をそのまま肯定することはできないが、制裁で最も不利益を被っているのはロシアの一般市民であり、エネルギーや穀物価格の高騰で生活苦に追い込まれている発展途上国の多くの人々だ。

哲学者のカントは著作『永遠の平和のために』の中で「国家間の商取引を増やし、戦えば互いが損失を被る関係を築けば流血を防ぐことができる」と主張したが、西側諸国は「戦いを防ぐはずの相互依存」を逆手にとって「大量破壊兵器」として利用し始めていると言っても過言ではない。

経済制裁なら何をやっても許されるわけではない。通常の戦争と同様、無関係な民間人に悪影響が及ばないようにするためのルール作りを急ぐべきではないだろうか。

2022年4月15日『デイリー新潮』に掲載

2022年4月20日掲載

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