原油価格を乱高下させている犯人は誰か
サウジアラビアの努力は徒労に終わるのか?

藤 和彦
上席研究員

WTI原油先物価格は、昨年(2018年)のクリスマスイブに記録した18カ月ぶりの安値(1バレル=42ドル台)から10ドル超上昇した後、再び下落し始めている。

上昇した理由と、再び下落し始めた理由を整理してみよう。

主要産油国が新たに協調減産を開始

昨年(2018年)末から原油価格が急回復した理由として第1に挙げられるのは、1月上旬に開催された米中通商協議の進展である。今後の不透明感は根強いものの世界経済の減速懸念が後退し米国株式市場が上昇基調となったことから、リスク資産と位置づけられる原油先物に買いが優勢となった。

第2に、OPECをはじめとする主要産油国(OPECプラス)が2019年1月から新たに協調減産(日量120万バレル)を開始することもプラス材料だった。OPECの昨年12月の原油生産量は、サウジアラビアが日量40万バレル超の減産を行ったことから、前月比63万バレル減の同3243万バレルとなった。

昨年11月の原油生産量を日量1100万バレルと過去最高に拡大したサウジアラビアは、原油価格急落の事態を受け率先して減産を開始し、今月中にも協調減産で合意した日量1020万バレルに削減する見通しである。

サウジアラビアは原油生産量とともに輸出量の削減にも努めている。1月までに原油輸出量を11月(日量790万バレル)に比べて80万バレル減らす計画を有するとされている。サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は1月9日、「2月の輸出量を1月より減らす。市場が改善しなければ追加的な手段も排除しない」と述べるなど生産調整への強いリーダーシップを示している。

サウジ以外のOPEC諸国はむしろ増産

ただし、サウジアラビアの活発な動きとは対照的に、その他のOPEC諸国の減産に向けた取り組みは伝わってきていない。むしろ増産の動きが目立っている。

OPEC第2位の原油生産国であるイラクは昨年12月生産量・輸出量ともに増加させている。イラクは2017年からの協調減産で合意枠を上回る生産を行ってきた。

協調減産の適用除外となっているリビアやナイジェリアも増産攻勢を強めている。リビアは1月に入り2021年までに原油生産量を日量210万バレルと現在の2倍にする計画を発表した(1月7日付OILPRICE)。ナイジェリアも今年から現在の原油生産量の1割に相当する日量20万バレル相当の増産計画を開始した(1月2日付OILPRICE)。

イランやベネズエラの原油生産量は減少を続けているが、原油市場に大きなインパクトを与えるような規模には至っていない。

OPEC第3位の原油生産国であるアラブ首長国連邦(UAE)のマズルーイ・エネルギー相が指摘するように、米国のシェールオイルの動向も気がかりである。WTI原油価格が1バレル=50ドル割れしても米国の原油生産量は日量1190万バレルと過去最高記録を更新した。昨年12月中旬にはシェールオイルの主要鉱区であるパーミアン産原油が200万バレル規模の超大型タンカーで初めて出荷される(従来は50万バレル規模)など世界の原油市場における米国産原油のプレゼンスも高まっている。

財政赤字の穴埋めに必死のサウジ

このような状況の中でサウジアラビアは、一国でOPEC全体の減産量(日量80万バレル)を賄い、原油市場に需給タイト感を生み出そうと躍起になっている。その背景に、同国が今年の予算編成時の想定(1バレル=80ドル)に少しでも実際の原油価格を近づけたいとの思惑があることは明らかである。

サウジアラビア政府は1月9日、同国の原油埋蔵量に関する米国のエネルギー関連企業の調査結果を発表した。原油埋蔵量を長年にわたり「国家機密」扱いしてきたサウジアラビアが外部の企業に原油埋蔵量の調査を委ねたのは史上初めてである。

今回の調査に基づくサウジアラビアの原油埋蔵量は2685億バレルであり、この数字はサウジアラビア政府が1980年代に発表した埋蔵量の2663億バレルを小幅に上回る。サウジアラビアの原油埋蔵量は30年以上にわたり変更されてこなかったことからその信憑性に疑問が生じていたが、第三者企業の埋蔵量調査により疑念を払拭することでサウジアラムコの上場計画を再浮上させる狙いがあるのは間違いない。

ファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は「同国の原油生産コストは1バレル=約4ドルである」とサウジアラムコの競争力の高さを誇った上で「サウジアラムコのIPOを2021年に予定している」と述べた。

サウジアラビア政府は原油埋蔵量の調査結果を発表すると同時に、国債発行により75億ドルの資金を調達した。政策転換を行ってまでサウジアラムコの企業価値の評価にこだわるのは、サウジアラムコのIPOであてにしていた資金を国際金融市場から借り入れでまかなう必要に迫られているからである。

2018年10月にトルコのサウジアラビア総領事館で記者が殺害されて以来初めての国債発行だったが、発行予定額に対し3倍以上の応募が殺到した。リターンの大きい新興国の債券は投資家にとっていまだ魅力的であり、直接投資とは異なり債券投資は投資家の身元が表に出にくいというメリットもある。だが原油価格が期待通りに上昇しなければ、国債発行額が急膨張するリスクがある。

財政赤字の穴埋めのために国際金融市場で多額の借り入れを行わざるを得ない状態に追い込まれたサウジアラビア政府の必死の取り組みが功を奏し、一時「WTI原油価格は持続的に上昇する」との見方が強まった。

総人口が減少し始めた中国

だがその後、原油価格は再び下落に転じた。

第1の要因は、中国の12月の輸出入が予想外の減少となったことから中国経済の急減速懸念が高まったことである。

全体の輸入が低調だったにもかかわらず、中国の12月の原油輸入量は過去最大を記録した11月と同様日量1000万バレル超となった。その要因は輸入枠を消化するための「茶壺」の駆け込み需要によるものであり(1月14日付OILPRICE)原油需要が引き続き堅調であるとの証左とは言えない。中国の精製能力拡大が続きアジア市場全体でガソリンまでが供給過剰となっている(1月9日付日本経済新聞)ことにかんがみ、ゴールドマンサックスは「中国の原油需要はまもなく軟化するはずである」と指摘する。

中国の昨年の自動車販売は前年比6%減の2270万台と20年ぶりに前年割れとなり、1月に発表された経済指標から今年第1四半期の景気が急減速する可能性が指摘されている(1月10日付ブルームバーグ)が、筆者が注目するのは「人口動態」である。

中国社会科学院は1月9日、「同国の人口は2027年にも減少に転じる可能性がある」との予測を公表した。この予測は従来見通しよりも3年早いが、米ウィスコンシン大学は「中国の昨年の人口は70年ぶりに減少した」という驚くべき研究結果を発表した(1月4日付AFP)。

14億人という世界最多の人口を誇る中国は過去40年近く「一人っ子政策」を実施してきた。社会の高齢化に対する懸念が高まったことから、2016年以降2人目の子どもを持つことが認められるようになったが、出生率の向上につながっていない。

「昨年の中国全体の出生数は前年から79万人増加するとの予測に反し、実際は250万人減少したことが原因で総人口が127万人減少した」とするウィスコンシン大学は「中国は人口動態上の危機にある」と警告を発している。

中国の中位年齢(全構成員の年齢の中央値)も、日本でバブルが崩壊した直後の1992年の中位年齢(38.5歳)に追いついており、日本のように労働力人口の減少が国内の消費需要も縮小させる可能性が高まっている。

21世紀の中国は奇跡の高度成長を謳歌してきたが、いよいよその幕を閉じようとしている。今年の原油価格を左右する最も大きなファクターは中国経済ではないだろうか。

アルゴリズム取引が原油暴落を引き起こす?

原油価格が下落に転じたもう1つの大きな要因はFRBの金融政策である。

FRBのパウエル議長は1月10日の講演で世界的な株安を受けて利上げを一時停止する考えを改めて強調したが、バランスシートについて「現在よりもかなり小さくなる」との認識を示し、引き続き保有資産を大きく縮小させる方針を表明した。

FRBがバランスシートを縮小する目的は、リーマンショック時に景気てこ入れ目的で導入された刺激措置(市場からの債券の買い取り)から脱却することである。

FRBは2017年10月からバランスシート(約4兆2000億ドル規模)の縮小に着手し、月額100億ドルから徐々にその額を増やした。昨年10月からは月額500億ドルにまで拡大させ、FRBは金融政策正常化の最終的な重大局面に入ったようだ。

FRBは現在に至るまで米国債やモーゲージ証券の保有額を3800億ドル超圧縮したが、このことは3800億ドル相当のリスクマネーが市場から消えたことを意味する。FRBが利上げを停止したとしてもバランスシートの縮小を続けている限り、リスク資産の下押し圧力は強まることはあっても弱まることはない。

金融市場ではフラッシュクラッシュ(瞬間暴落)が以前より頻繁に起きるようになってきているが、その犯人とされているのはアルゴリズム取引である。

アルゴリズム取引とはあらかじめ定めた条件(要人発言やニュースの見出しなどのキーワードに反応)にしたがってコンピュータープログラムが自動で売買を繰り返す取引のことだ。アルゴリズムに煽られる形で市場が大幅に変動する事態が頻発しつつある(1月4日付ブルームーバーグ)。

このような状況下でFRBによるリスクマネー回収がさらに進めば、アルゴリズム取引の支配力はますます高まるのではないだろうか。

アルゴリズム取引を主に手がけるのは商品投資顧問(CTA)は、昨年10月から大量の「売り」を出し原油急落を招いたと言われている(原油市場では5回フラッシュクラッシュが生じた)。CTAは1月に入るとサウジアラビアの減産の取り組みを材料に「買い」に転じた(1月9日付ZeroHedge)が、原油価格の持続的上昇を続けるためには材料不足であるのは否めない。

そのCTAが「中国経済の急減速」という材料に反応して再び「売り」に転じれば、原油市場で再びフラッシュクラッシュが生じるのは時間の問題なのかもしれない。そうなればサウジアラビアの努力が徒労に終わり、原油価格が再び暴落してしまうのではないだろうか。

2019年1月18日 JBpressに掲載

2019年1月25日掲載

この著者の記事