「アラブの春」が起きる可能性が出てきたサウジアラビア
経済危機のサウジを原油価格「40ドル割れ」が直撃か

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は、米国の株式市場をはじめとする国際金融市場の動揺から、1バレル=40ドル前半から半ばにかけて大きく変動している(12月31日の終値は1バレル=45ドルとなり、年間では約25%安と3年ぶりにマイナスに転じた)。

市場の関心は「今後の世界の原油需要の減退」に移ってしまった感が強いが、まず供給サイドの動向から見てみたい。

協調減産の効果はますます限定的に

供給サイドの動きとしてまず挙げられるのは、今年(2019年)1月から実施される主要産油国の協調減産である。昨年12月7日の会合でOPECは日量80万バレル、ロシアなどが同40万バレル減産することで合意したが、いまだに各国ごとの減産枠が決まっていない。

サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業資源鉱物相は12月19日、「世界の原油在庫は今年第1四半期までに減少する」との見通しを示した。アラブ首長国連邦(UAE)のマズルーイ・エネルギー相も23日に「OPECと非加盟主要産油国は12月に合意した減産が市場の需給均衡につながらなかった場合、臨時会合を開いて必要な措置を講じる用意がある」と述べるなど「口先」で相場の安定化を図ろうとしているが、軟調な流れは変わっていない。

OPECのバルキンド事務局長は21日に「各国の減産枠を公表する予定がある」と発言したが、次回のOPEC総会は今年4月であり、その間に臨時会合が開催されるという動きはないようだ。

昨年12月の減産合意の実効性が疑問視されている状況下で、ロシアのノヴァク・エネルギー相は「OPECとその他産油国による機関の創設は、煩雑な手続きをさらに生むほか、米国が独占禁止的観点から制裁を科す恐れがあり、可能性は低い」との認識を示した(2018年12月27日付ロイター)。ロシアはOPECの雄であるサウジアラビアとの間で「現在の『OPECプラス』を正式な機関とすべき」との見解で基本合意したとされていたが、ロシア側はここにきてその合意を一方的に翻してしまったのである。

ノヴァク氏が「昨年12月の減産で合意したのは、米国が一部の国に対しイラン制裁の適用を一定期間猶予したことが主な要因だ」と語ったことから察するに、ロシアは予測不可能なトランプ政権への対応に辟易としており、「OPECとの間でカルテルまがいの組織を作ったら、トランプ政権からどんな難癖がついてくるかわからない」と危惧したのではないだろうか。

ロシアとOPECとの協調路線の綻びが生じてしまったことで、今年1月からの協調減産の価格押し上げ効果はますます限定的なものになってしまったと言えよう。

大幅に積み上がりそうな世界の原油在庫

「OPECプラス」にとって悩みの種はトランプ政権ばかりではない。

原油価格が50ドル割れしても米国のシェールオイル生産が鈍化しない(12月20日付OILPRICE)ことから、米国の原油生産量の増加分が今年末までに「OPECプラス」の減産分を穴埋めする見通しが出てきている(12月24日付ロイター)のだ。

米エネルギー省によれば、今年初めにシェール層での生産が増加するほか、年後半には以前から開発が進んでいたメキシコ湾の海洋油田の生産が本格化するため、原油生産量が今年末までに118万バレル増加する見込みである。

米エネルギー省の予測が正しければ、サウジアラビアの見通しとは異なり、今年の世界の原油在庫の大幅な積み上がりを防ぐことはできないだろう。

この問題は今年に限ったことではない。国際エネルギー機関(IEA)は「米国の原油生産量は2025年にサウジアラビアとロシアの原油生産量の合計に匹敵する規模にまで拡大する」との予測を出している(12月22日付OILPRICE)ように、「OPECプラス」の取り組みは世界最大の原油生産国となった米国との協調なしではますます効果が薄れることになることは必至である。

実体経済に加え金融面からも価格に下押し圧力

供給サイドに加え、需要サイドも不透明性が高い。

国際エネルギー機関(IEA)は今年第2四半期にも需給がタイト化に向かうと予測しているが、その前提は原油需要の伸びが続くことが前提である。「OPECプラス」が今年から減産を開始しても、需要見通しが下方修正されるのでは、需給バランス予測は供給過剰の状態から抜け出すことができない。

世界の自動車業界はリーマンショック以降で初めての継続的な生産減に向かっており(12月20日付ブルームバーグ)、今年は世界経済が貿易戦争の痛みを感じる年になりそうだ(12月26日付ブルームバーグ)。

米国の足下の原油需要は引き続き堅調だが、昨年12月の米国の自動車販売も6カ月連続で前年比割れとなりそうだ(12月22日付ロイター)。今年の米国経済は金融市場の変調から景気後退の瀬戸際にまで追い込まれる可能性がある。

世界経済の成長センターであるアジアでも、流動性の引き締まりや貿易戦争などの影響でデフォルトが増加すると予想する声が高まっている(12月27日付ブルームバーグ)。

中国経済は12月に入っても低迷が続いているが、12月16日、中国のマクロ経済学者は人民大学で行われた改革開放40周年経済フォーラムで「中国経済はマイナス成長に陥った可能性がある」という衝撃的な発言を行った。中国の足下の原油需要は堅調に推移しているが、今後一気に悪化する可能性がある。

世界第3位の原油需要国であるインドでも変調の兆しが出ている。昨年11月の原油輸入量は前年比11.4%減となった。

実体経済のマイナスの影響に加え、金融面からも原油価格に対する下押し圧力が継続している。ヘッジファンドによるWTI原油先物の買い越し幅が縮小が3カ月以上にわたって続いているが、その要因は米FRBの量的金融引き締めである。FRBのバランスシートは最大時に4兆2500億ドルに達していたが、「金融市場への関与を弱めるべき」との政治的な要請を受けて、過去1年間でバランスシートを3兆9000億ドルにまで縮小した(12月20日付ロイター)。これにより市場から累計で3500億ドルに及ぶリスクマネーが吸い上げられたことから、原油を除く世界の商品価格が下落。1人気を吐いていた原油価格も、昨年11月のイランファクターが拍子抜けとなったことで11月以降大幅な下落に見舞われた。

FRBは12月19日の連邦公開市場委員会(FOMC)で、今後も引き続き毎月500億ドルのペースでバランスシートを縮小し続ける方針を堅持している。このことから、需給面に大きなインパクトを与える事案が発生しない限り、原油価格は今後下がることはあっても上がる可能性は低い。

経済危機でムハンマド皇太子が株価操作?

筆者は今年前半に原油価格は1バレル=40ドル(北海ブレントなら50ドル)割れする可能性が高いとみているが、そうなれば中東・アフリカ地域の産油国への打撃は計り知れない。

フランスのマクロン政権に対する「黄色いジャケット運動」に刺激されてチュニジアやレバノンで抗議活動が起きている。スーダンやモロッコ、リビア、イラク、ヨルダン、アルジェリア、エジプトでも経済状態の悪化に対する抗議運動が広まっており、中東メディアは「時あたかも2011年のアラブの春が広がった季節と同じである」と報じている。

当時、サウジアラビアをはじめとする湾岸産油国は、潤沢な原油収入を財源にして公務員や軍人の給料を2倍にするなどの「大判振る舞い」を行ったことで、アラブの春の自国への波及をなんとか食い止めた。

サウジアラビアの今年の予算は前年比7.3%増の約33兆円と史上最大である。昨年1月に導入した5%の付加価値税導入に伴う負担を緩和するための公務員や軍人への特別手当の支払いを今年も続ける方針などから、当初予算ベースで多額の赤字が見込まれており、320億ドル規模の国債を発行する予定である(12月20日付ブルームバーグ)。歳入全体の3分の2以上を占める原油の想定価格は1バレル=80ドルであることから、ブレント価格が50ドル割れしたら、今年の予算執行は困難になってしまうだろう。

海外からの投資が冷え込み、800万人規模とされる外国人労働者のうち100万人以上が給料未払いなどを理由にサウジアラビアを出国しており、原油関連事業以外は目も当てられない状況となっている。

実体経済の急速な悪化により金融機関もかなり痛んでおり、銀行再編の動きが活発化している(12月25日付ブルームバーグ)が、「喉から手が出る」ほど金がほしいサウジアラビア政府は、銀行に対し45億ドル規模のイスラム税を徴収することを決定した(12月21日付ブルームバーグ)。「弱り目に祟り目」である。

マクロ経済が悪化しているにもかかわらず、サウジアラビアの株式指数はなぜか堅調に推移している。UAEのドバイ株価指数は原油価格の下落などで25%下落し世界の主な株式指数の中で最悪のパフォーマンスとなっているにもかかわらずに、である。その理由について12月18日付英紙オブザーバーは「ムハンマド皇太子が株価操作を行っている」と報じているが、これが正しいとすればサウジアラビア経済はかなり危険な状態にあるのではないだろうか。

「ない袖を振れない」サウジアラビア

国連の仲介によるイエメン内戦の停戦が12月18日から実施されたことによりサウジアラビアの軍事予算の拡大に歯止めがかかると思われた矢先の19日、シリアからの米軍撤退を決定したトランプ大統領はツイッターで「サウジアラビアは米国に代わってシリアの再建費用を賄うことに合意した」と述べた。

サウジアラビアを巡る現状への不満の高まりを反映して「予算の大半がトランプ大統領とサウド家によって使われている」と揶揄する内容の風刺画が国内外で拡散している。

筆者が驚いたのは中東メディアが「在サウジアラビア米国大使館がツイッターに動画メッセージを寄せ、『変化を起こす最も効果的な手段は平和的な抗議デモである』とサウジアラビア国民にデモ開催を呼びかけた」と報じたことである。

このメッセージについて「サウジアラビア国内での騒乱を起こすためのゴーサインだ」「米国式の虚偽の民主主義は抑圧された人々の流血をもたらしただけだ」などの様々な反響が生まれているが、非常にタイミングが悪いのではないだろうか。

米国大使館の意図は定かではないが、今後「第2のアラブの春」が生じた場合、「ない袖を振れない」サウジアラビアが再び「対岸の火事」でいられる保証はない。

2019年1月4日 JBpressに掲載

2019年1月11日掲載

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