原油価格のさらなる下落が招く金融危機の懸念
深刻化する米中貿易戦争、英国のEU離脱が新たな火種に

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は12月6日のOPEC総会の結果を受けて前日比2.6%安の1バレル=51.49ドルに下落した。

サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相はOPEC総会の冒頭に「相場均衡を図るため日量100万バレルの減産で十分だ」と述べた。この発言を受け、「少なくとも130万バレル以上減らさないと需給は改善しない」との見方が優勢だったことから、中東産原油の影響を受けやすい北海ブレント原油先物価格は、一時前日比5.2%安となった。

事前予想よりも減産規模の提案が小幅だったことについて、ファリハ氏は「市場にショックを与えたくない」と述べた。だが、前日のトランプ大統領のツイートに配慮したことは間違いない。トランプ大統領は「世界は原油高を必要と考えていない。OPECは原油供給を絞るのではなく現状のままにすることが望ましい」とツイートしていた。サウジアラビア人ジャーナリスト・カショギ氏殺害に対するムハンマド皇太子の関与が米国内で取り沙汰される中でもサウジアラビアを擁護する姿勢を崩さないトランプ大統領の要請を無碍にすることはできなかったというわけだ。

増産の勢いを止めないOPEC、ロシア、米国

小幅な減産提案であったにもかかわらず、サウジアラビアを凌ぐ原油生産国のロシアは提案に難色を示した。ロシアの反応はサウジアラビアにとって誤算だっただろう。

事前の交渉段階で、OPEC側はロシアに対して日量25~30万バレル規模の減産を要求したのに対し、ロシアは「その半分程度しか受け容れられない」と回答していたとの情報がある。ロシア側は「冬場の減産は技術的に難しい」としているが、「減産をして原油価格を上げてもその恩恵に浴するのはシュール企業だ」との思いもあったはずだ。

翌7日のOPEC加盟国とロシアを中心とした非加盟国との会合で合計日量120万バレルの減産が合意された。今年10月の水準を基準として、OPECが日量80万バレル、非加盟国が同40万バレルの減産を実施する。ロシアの減産分は同22.8万バレルだが、削減は数カ月かけて段階的に行う。期間は来年1月から6月までであり、4月に会合を開いて見直しを行うこととしている。

昨年(2017年)1月から日量180万バレルの協調減産を実施してきたOPECとロシアだったが、今年5月以降、米国のイランへの制裁が再開し世界の原油供給量が減少する事態に備え増産に舵を切った。

10月までにイランの生産量は日量約50万バレル減少したが、ロシアの生産量は同約40万バレル、OPECの生産量は同約100万バレル、米国の生産量は同約100万バレル増加した。

11月には、ロシアの生産量は日量1137万バレルと4万バレル減少したが、米国の生産量は同1170万バレルと過去最高を更新し、サウジアラビアの生産量は前月比65万バレル増の同1130万バレルとなった。3大産油国全体の増勢は止まらない状況である。

これにより世界の原油市場は日量約200万バレルの供給過剰になり、11月のWTI原油価格の下落率(22%超)は10年ぶりの大きさとなった。

減産幅が6日の提案を上回ったことからWTI原油価格は一時1バレル=54ドルまで上昇したが、その後「減産が今年半年に生じた産油量の拡大分を相殺できない」との懸念から52ドル近辺まで下落した。

米中貿易戦争の深刻な影響

需要面に目を転じると、米国との貿易戦争が沈静化しないことから中国経済の不振がますます深刻化している。

11月末のG20サミットの際に開催された米中首脳会談では「貿易戦争の一時停戦」が成立したかに見えた。しかし、会談当日(12月1日)に中国の大手通信事業会社である華為技術のCFOが米国のイラン制裁に違反した疑いによりカナダで逮捕されたことが明らかになると、「米中対立の深刻化への恐れ」が一段と強まった。

中国の景況感を示す11月の製造業購買担当者指数(PMI)は50.0に下落し、景況判断の節目となるラインにまで落ち込んだ。

市場アナリストの市岡繁男氏によれば、家計部門への貸出が鈍化したことにより住宅や自動車の販売が低調になっていることから、企業向けの貸出が増加している。

企業向けの大口の貸出先は不動産開発会社だが、高い利回りでの社債発行が常態化し、調達コストの膨張が顕著になっている(11月20日付ロイター)。例えば、中国最大の中国恒大集団は利回り13.75%で18億ドルの社債を発行する事態に追い込まれているが、利回り急上昇の背景には中国不動産市場の冷え込みと米国の金利上昇がある。

市岡氏は「日本のバブル崩壊は日本銀行の利上げと当時の大蔵省の総量規制がきっかけだったが、中国の場合は米国の利上げとトランプ大統領が仕掛けた貿易戦争がその役割を担うのではないか」と分析している。

中国の金融環境が引き締まった影響は、他のアジア諸国から資金が流出する事態も招いている(11月26日付ロイター)。

米国の金融市場も変調をきたし始めている。

12月3日、米国の3年物国債利回りが5年物国債利回りを11年半ぶりに上回った。短期金利は政策金利の動向に影響される一方、長期金利は実体経済のファンダメンタルズを反映すると考えられていることから、短期金利が長期金利を上回ること(逆イールド化)は「ファンダメンタルズの改善を上回る利上げが行われたことにより景気後退が生じる」という解釈が成り立つ。このため「逆イールド」現象を市場関係者は「バブル崩壊のサインではないか」と受け止めたのである。

リスク回避姿勢が強まったことで、株式などのリスク資産からの資金引き上げのムードが高まっている。その中で、原油価格が急落したことでジャンク債市場も動揺し始めている。

米国の好調な株式市場を支える要因として、信用スプレッド(10年物国債とジャンク債の利回り差)が拡大していないことが挙げられていた。だが、ここに来てその信用スプレッドが徐々に拡大しつつある。原油市場に比べて堅調に推移している株式市場だが、原油価格の50ドル割れが続けば、株式市場にも悪影響が出る可能性が高いだろう。市場関係者の間では、2008年9月のリーマン・ショックの2カ月前に原油価格が急落した事実が囁かれ始めている。

原油先物市場におけるヘッジファンドの買越額は、原油価格が1バレル=30ドル割れした2016年初頭の水準にまで縮小している。昨年後半からの米FRBによる量的引き締めの効果が、イラン要因が剥落したことで如実に表れてきており、今後市場では「強気材料」よりも「弱気材料」に反応する傾向が高まることが予想される。

英国のEU離脱が引き起こす金融危機

筆者は現在の原油市場は2016年初頭と同様、金融要因に大きく影響を受ける状況になっていると考えている。特に、目先で最も心配なのは、12月11日に実施される英国のEU離脱案の議会採決である。

メイ首相がEUと合意した案は与党でも評判が芳しくないことから、否決される可能性が高い。それによりEUと何の取り決めもないまま来年3月にEUを離脱した場合、中央銀行に当たるイングランド銀行は、「10年前に発生した世界的な金融危機よりも大きな打撃を受けるリスクがあり、来年の経済成長は最大で8%落ち込む」との見方を示している。

もしこのような事態が発生すれば、世界の金融市場はパニックに陥るのは必至である。

その際、最も深刻なダメージを受けるのは、10年にわたり続いた超金融緩和の恩恵を受けた「ゾンビ企業」だろう。国際決済銀行(BIS)の9月報告によれば、日本を含む世界12カ国の上場企業4万5000社の財務を分析したところ、インタレストカバレッジレシオ(営業利益割る支払利息)が1未満の企業が全体の12%あり、米国ではジャンク級の企業が過半数を占めているという。

米FRBは11月28日に初の金融安定報告を公表し、企業債務リスクに懸念を表明しているが、国際金融市場の不調もあいまって原油価格の50ドル割れが続けばシェール企業の大量倒産が再び生じ、ジャンク債市場とリスク性の高いローン(レバレッジド・ローン)の分野が大混乱する事態が生じかねない。

このような状況下で、リーマン・ショックの際に問題視された債務担保証券(CDO、サブプライムローンの証券化商品などを多数合成した金融商品)が生まれ変わって復活したようだ(11月22日付ブルームバーグ)。今回はジャンク債とレベレッジドローンを裏付けとしたCDOである。前回のCDOは米国の住宅価格が下落に転じると流動性が枯渇し金融危機の引き金となったが、今回も高い利回りを当てにして投資家が新種のCDOを多数保有することになれば、次の金融危機の火種になる可能性がある。

崖っぷちのサウジアラビア経済

最後にサウジアラビア情勢である。

カショギ氏事件以降、ムハンマド皇太子から世界の政治家たちは急速に距離を置き始めたが、民間資本はとうの昔に皇太子の元を離れている(11月27日付ブルームバーグ)。

JPモルガン・チェースによれば、今年のサウジアラビアからの資金流出額は前年比13%増の900億ドルと同国のGDPの10%に達する見込みである。また、11月末に大手建設会社が200億ドル規模のデフォルトを起こす(11月29日付ブルームバーグ)など、雇用環境はますます悪化している。

ムハンマド皇太子のG20出席に合わせてサウジアラビアは米国の新型迎撃ミサイルTHAAD購入(総額150億ドル)に合意したが、台所は火の車のままである。同国の外貨準備は、原油価格が上昇したにもかかわらず一向に増加していない(直近のデータでは5040億ドルであり、ピーク時より2400億ドル以上減少しているままである)。

イエメンへの軍事介入費に加え、ドルペッグ制を採用している通貨リヤル防衛がその要因である考えられるが、このような状況で原油価格が急落したらサウジアラビア経済は「一巻の終わり」になってしまうのではないだろうか。

2018年12月10日 JBpressに掲載

2018年12月17日掲載

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