需要低迷の暗雲が漂う原油市場
米中経済がともに低調、原油の供給削減は「焼け石に水」か

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は12日連続の下落(史上最長)を経た後、1バレル=50ドル台前半から半ばのレンジで推移している。

原油価格が10月上旬から30%下落したことに慌てたサウジアラビアをはじめとするOPEC諸国は12月6日の総会で減産を協議する意向を表明したが、上値が重い展開が続いている。

世界の原油市場は来年いっぱい供給超過に?

まず足元の供給の状況を見てみたい。

世界第1位の原油生産国となった米国の原油生産量の伸びが止まらない。10月の生産量は前月比10万バレル増の日量1170万バレルと史上最高を更新し、来年の生産量は同1210万バレルになる見通しである。

次にロシアだが、10月の原油生産量は前月比5万バレル増の日量1141万バレルとソ連崩壊後の最高を更新し、来年初めにかけて同30万バレル増産する構えを見せている。

OPECの10月の原油生産量はほぼ横ばいだった。イランの生産量が前月比日量15万バレル減の329万バレルとなったものの、サウジアラビアの生産量は減産前の水準を上回り(日量1063万バレル)、アラブ首長国連邦(UAE)の生産量は過去最高となっている。減産の適用除外となっているリビアの生産量は2013年6月以来の日量110万バレルにまで回復した。OPEC第2位のイラクは2019年の生産能力を現在の日量460万バレルから500万バレルする計画である(11月6日付ロイター)。

イラン制裁の再開を材料に1バレル=77ドルまで上昇したが、米国の予想外の適用除外措置に加え、米国産原油の予想外の増加で急落した原油価格、乱高下した要因はすべて米国発である(11月15日付OILPRICE)。

米国の要請で増産したサウジアラビアやロシアも気付いてみれば供給過剰に逆戻り。国際エネルギー機関(IEA)は11月14日、「世界の原油市場は来年いっぱい供給超過になる」との見通しを明らかにした。

世界の原油在庫も再び増加に転じている。OECD加盟国の9月の原油在庫は前月比1210万バレル増の28億7500万バレルとなり、第3四半期全体では5810万バレルと2015年以来の高い伸びとなった。

原油価格に最も影響を与える米国の原油在庫も8周連続で大幅に増加したことから、2017年12月以来の高水準となった。米国の在庫増を食い止めるためだろうか、サウジアラビアの米国への原油輸出量は、8月の日量100万バレル超から11月に入ると同60万バレル台に急減している。

協調減産に前向きではないロシア

OPECをはじめとする主要産油国は11月11日、「日量100万~140万バレルの減産を検討している」とのメッセージを市場に発し、原油価格の下落に歯止めをかけた。だが、反転上昇に至る状況にはなっていない。

11月8日、「サウジアラビア政府系の有力研究所が、OPECを解体した場合の原油市場への影響を研究している」と世界のメディアが報じた。産油国を反トラスト法違反で提訴することを可能にする米国の「石油生産輸出カルテル禁止法案(NOPEC)」の存在がその背景にあるのだろう。NOPECについては歴代大統領が拒否権を発動する意向だったため、長年成立しなかった。だが、「トランプ大統領だったらNOPECに署名してしまうのではないか」との懸念がOPEC内で高まっている。

サウジアラビアとしては、トランプ大統領に睨まれているOPECではなくロシアと単独で協力すれば「世界の原油市場はコントロールできる」と考えている節がある。しかし、その思惑が外れてしまいそうである。ロシアが協調減産に前向きでないからである。

ロシアのノヴァク・エネルギー相は「原油市場は来年(2019年)の中盤以降逆に供給不足の状態になる可能性がある」と発言している。これには、イランへの制裁発動により同国産原油と油種が近いロシア産原油に対する引き合いが強いとの事情がある。加えて国内に複数の大手石油企業が存在するロシアでは、民営企業中心に増産への要望が強まっている。

ロシアの国家予算で想定されている原油価格は1バレル=約40ドルであり、急落したとはいえ現在の水準であれば財政が直ちに火の車になるわけではない。「減産して原油価格を維持しても得をするのは米国のシェールオイルだけ」との思いもあるだろう。月間ベースで既にロシアを抜いて世界一の原油生産国となった米国に対してこれ以上「塩を送る」必要はないと考えていたとしても不思議ではない。

原油価格が急落したものの、米国のシェール企業は生産抑制の姿勢を示していない。主要な産地である西テキサス地区の採算ラインは1バレル=36ドル、バッケン地区は同43ドルまで下がっているからだ。IEAが「米国のシェールオイルの生産は2025年にかけて世界の原油供給の増加分の4分の3を占める」と予測しているように、シェールオイルの増産圧力は当分続くのではないだろうか。

中国経済のバブルはついに弾けたのか

足元の状況に戻ると、原油市場の供給過剰量は日量約200万バレルとされているのに対し、ロシアから協力を得られて主要産油国の減産量が最大同140万バレルとなったとしても、市場から「失望売り」が出る可能性がある。2017年初頭と比べて金融市場が動揺し始めているからである。

11月13日、原油価格は7.1%下落して過去3年で最大の下げとなった。シェール企業のヘッジの相手方である金融機関の「売り」が原因のようである(11月15日付ブルームバーグ)。米FRBがベースマネーの供給を減らしている中でファンドの買い越し幅の縮小の勢いも増しており、「1バレル=100ドルになる」と見込んでいたプレイヤーが慌てて損切りした可能性もある。20日も原油価格が7%近く下落したが、その原因はCTAの「売り」である(11月20日付ZeroHedge)。CTAはアルゴリズムを活用して多額の資金を運用しているヘッジファンドの一種だが、2014年からの原油価格急落を招いた主役とされている。

米国の長期金利は、中間選挙後のトランプ政権の財政拡張リスクから上昇し、原油からドルの債券へマネーが流れやすくなっている(11月19日付ダイヤモンドオンライン)。

米国のレバレッジド・ローン(信用度の低い企業への融資)は過去6年で2倍に膨れ上がった(1.1兆ドル)。その成長ぶりは金融危機以前のサブプラムローンを彷彿させるまでの状態となっている(11月19日付ロイター)。

世界の原油需要の2割を占める米国の需要は引き続き堅調であるが、投資家のリスク選好を後押しする原油価格が回復しなければ、ハイリスク・ハイリターン市場の変調により好調な株式市場への大打撃となる可能性を秘めている。

世界の原油需要の1割を占める中国の10月の原油輸入量は日量961万バレルと過去最高だった。しかし、素直には喜べない理由がある。米国のイラン制裁を恐れて11月分の輸入量を前倒しで調達した可能性が高いからである(11月12日付OILPRICE)。

中国の実体経済を見てみると、気になるのは10月の新規人民建て融資が9月の1兆3800億元から6970億元に半減したことである。社会融資総量も2兆2100億元から7299億元に急激に鈍化した。米中貿易摩擦の影響などから企業の利益の伸びが著しく鈍化したことが融資抑制につながったようだ(11月14日付ロイター)。動車販売が不振に陥り、高額商品の売れ行きも悪化し、消費者が財布のひもをこれまでになく引き締めている。実体経済に対する融資需要が急速に縮小したという事実は「中国経済のバブルがついに弾けた」ことを意味するのではないだろうか。

世界の原油需要の3割を占める米中経済がともに低調となれば、主要産油国が供給削減をしたところで「焼け石に水」である。2014年後半からの原油価格急落はこれまでシェールオイル増産による供給過剰が主要因とされてきたが、今後は世界の原油需要の縮小がメインテーマになろうとしている。

厳しい逆風にさらされるムハンマド皇太子

「原油価格は1バレル=40ドルまで下落する」との予測が出始めており(11月8日付OILPRICE)、原油市場は再び冬の時代となってしまうかもしれない。原油価格のさらなる下落は、先進国の金融市場のみならず、産油国の政情を直撃する。

とりわけ厳しい状況に置かれているのが、原油価格が1バレル=80ドル以上でないと安定的な国家運営ができないとされるサウジアラビアである。

サウジアラビアが直面している問題は原油価格だけではない。10月上旬のカショギ氏殺害事件に端を発したムハンマド皇太子への国際的批判は一向に収まる気配はない。国内の株価の下落も続いている。ムハンマド皇太子からイランやイスラム原理主義者とともに「悪のトライアングル」と非難されたトルコのエルドアン大統領は、必死に幕引きを図ろうとしているサウジアラビアをあざ笑うかのように当局の音声記録を西側諸国に提供するなど異例の行動を続けている。

11月16日付ワシントンポストは、「トルコ当局から提供された殺害時の音声記録や米国独自の情報からムハンマド皇太子の指示による犯罪であることにCIAが深い確信を持っている」と報じた。これに対しサウジアラビア側は「事実無根だ」としているが、米共和党のグラハム上院議員が「ムハンマド皇太子は不安定で信用できない」と断ずるなどサウジアラビアへの支援停止などを盛り込んだ法案を数週間以内に採決する可能性が出ている(11月13日付ロイター)。最近の世論調査によれば「サウジアラビアを同盟国とみなしている」米国民は4%に過ぎない(10月22日付ZeroHedge)。

米議会が特に問題視しているのはサウジアラビアのイエメンへの軍事介入である。カショギ氏殺害事件を契機に米国務・国防両長官が10月末に「イエメンの30日以内の停戦」を呼びかけたが、サウジアラビアはUAEとともにシーア派反政府武装組織フーシの拠点であるイエメン西部のホデイダ港などへの攻撃を再開した。両軍で多数の死傷者が出たが、サウジアラビアの目的であるホデイダ港の奪還には至っていない。

11月19日、フーシ派は「敵対するサウジアラビアやUAEへのミサイル攻撃などを停止する」と発表し、「サウジアラビアが和平を望めば、すべての前線で軍事作戦を停止する用意がある」と国連の仲介を受け入れた。サウジアラビアが主導するアラブ連合軍も当初の目標を達成できないまま内戦後初の停戦に応じたようだ。だが、これにより軍事介入を決定したムハンマド皇太子への責任問題が発生しかねない状況となっている。

国内では皇太子に対する権限抑制工作が進んでおり(11月14日付フィナンシャルタイムズ)、皇太子への王位継承に反対する声も高まっている(11月20日付ロイター)。

国内外の逆風にもめげずムハンマド皇太子は11月末にG20サミットに出席する意向だが、国際社会の信頼を回復することができるのだろうか。

2018年11月23日 JBpressに掲載

2018年12月7日掲載