原油市場のかく乱要因を生み出した米朝首脳会談
会談の“成功”でトランプ大統領の「米国第一」政策が先鋭化

藤 和彦 上席研究員

米WTI原油先物価格は1バレル=60ドル台半ばで推移しているが、OPEC総会(6月22日からオーストリア・ウィーンで開催)についての思惑から値動きが激しくなっている。

ロシアのプーチン大統領とノヴァク・エネルギー相は6月17日、モスクワで行われたサッカー・ワールドカップ(W杯)ロシア大会の開幕戦前に、サウジアラビアのムハンマド皇太子およびファリハ・エネルギー産業鉱物資源相と会談した。会談後、ノヴァク・エネルギー相は「ロシアとサウジアラビアは2018年第3四半期の原油生産量を日量150万バレル引き上げるようOPECに要請することを決定した」と述べた。増産の期間は今年(2018年)の第3四半期に限ったもので、9月に市場動向を見直した上で今後の方針を決定する。2017年から実施されている協調減産幅が日量180万バレルであるのに対し、増産幅が同150万バレルなのは、経済危機に陥っているベネズエラに加えアンゴラやメキシコが増産できないからだとされている。

サウジアラビアとロシアは既に増産態勢に入っているようだ。サウジアラビアの5月の原油生産量は前月比16万バレル増の日量1003万バレルとなり、ロシアの6月の生産量は日量1110万バレルになる(協調減産合意は同1095万バレル)見込みである。

しかし、協調減産の見直し提案に対して、イランは直ちに猛反発した。イランは5月から「OPEC総会で、米国の対イラン制裁に関する協議を行ってほしい」と要請してきたが、6月8日、OPEC事務局は「総会の議題は既に最終決定しており修正できない」と断った。一方、OPECの雄であるサウジアラビアが、イランの「敵」である米国からの増産要請に易々と応じようとしている態度に腸が煮えくりかえっているのだ。米国は「イランの原油輸出が減少した場合に補完できるよう増産してほしい」とOPECに要請していた。

イランと同様、米国による制裁による原油生産の影響を緩和したいベネズエラや、復興資金の確保に苦しむイラクも、より高い原油価格を求めて反対の意向を表明した。その後、OPEC総会の成功に尽力する事務局が「今後数カ月、日量30万〜60万バレル増産するという妥協案を協議している」との報道が流れている。

ここで気になるのは米国の原油生産の動向である。米国の直近の原油生産量は日量1090万バレルに達し、過去2年間で生産量は3割増加、直近ではベネズエラの減産を上回るペースで増産が続いている。

OPEC総会では、OPECとシェール企業トップとの意見交換が行われる見通しだという(6月16日付ロイター)。OPECとシェール業界は今年に入り既に2回話し合いの場を持っている。シェール業界は反トラスト法によって生産面での協調を禁じられているが、OPECとシェール業界は協調する姿勢をアピールすることで原油相場の急激な変動を抑えたいとの望みを共有している。OPEC総会では「OPECと、ロシアなど非加盟の産油国は原油市場を監視し、必要に応じて対応する連携の枠組みを無期限で延長すること」も議論される見通しである。

協調減産の見直し案はぎりぎりまでもつれ込む可能性があるが、過去1年半にわたる主要産油国間の協調関係が効を奏し、OPEC総会が原油市場にとってサプライズとなる結果が生じるリスクは低そうだ。

米国の制裁関税に中国が対抗措置、原油も対象に

むしろ筆者が気にしているのは、米朝首脳会談の「成功」によりトランプ大統領の「米国第一」政策が先鋭化することである。

6月12日の原油価格は米朝首脳会談に反応しなかったが、その後のトランプ大統領の対中強硬策によって大きく揺さぶられている。

6月15日、トランプ大統領が約500億ドル相当の中国からの輸入品に対する制裁関税(25%)を7月6日から発動することに承認すると、米中貿易戦争の激化で中国の原油需要が減少するとの不安から投機家の手仕舞い売りが活発化した。

6月初旬の協議では中国側が700億ドル規模の輸入拡大策を示し、貿易摩擦が沈静化するとの期待が高まっていた。だが、トランプ政権は中国に対して強硬姿勢に転じる。「北朝鮮と直接コミュニケーションをとる手段が確保できたため、中国の北朝鮮に対する影響力が対中関税を控える理由にはもはやならない」とトランプ大統領が考えるようになったからである(6月15日付ロイター)。

北朝鮮の非核化を進め朝鮮半島の緊張が緩和されることを自国の利益と考える中国も、米朝首脳会談をなんとしてでも成功させたかった。このため事前に北朝鮮との間で2回も首脳会談を行い、金正恩労働党委員長がシンガポールに移動するための飛行機を提供した。その裏に「米国との関係を改善に資する」との思惑があったことは想像がつく。

だが、あろうことか、米国は中国に対して恩を仇で返した。いきり立った中国は500億ドル規模の米国への制裁案を即座に発表したが、従来の案になかった「原油」への制裁が加わったことは意外だった。米国の非礼に対する感情的な反発(虎の子のシェールオイルへ打撃を与える)からだろうが、中国の米国産原油の輸入量は日量30万〜40万バレルに拡大しており、安い米国産原油が調達できなければ中国国内でインフレを招くリスクを抱えることになる。代わりにイラン産原油の輸入を増加させれば、米国との関係は一層悪化するだろう。

金正恩氏との間にホットラインができたと豪語するトランプ大統領は6月18日、中国の報復措置を踏まえ、「新たに2000億ドル分の輸入品に対して10%の関税を上乗せする」よう指示した。米中貿易摩擦の拡大は、国際エネルギー機関(IEA)が指摘したように「世界の原油需要にとって最大のリスク」となっている。

中国の原油輸入は今後鈍化か

主要産油国の協調減産とともに原油価格を下支えしてきたのは、中国の旺盛な原油需要である。5月の原油輸入量は日量平均923万バレルを記録するなど今年に入ってもその堅調さを維持している。

だが専門家の間では、「中国に大量に輸入された原油はどこに消えたのか」という疑問が浮上し始めている。

中国の需給バランス(原油純輸入量と国内生産量の合計から原油処理量を差し引いたもの)はこのところ供給余剰が続いており、直近1年間の累計余剰量は4000万トン以上に達している。これまでその余剰分は備蓄に回っているとされてきたが、政府の戦略石油備蓄の容量はその間に400万強しか増えておらず、商業在庫も2014年6月をピークに減少傾向にある。

筆者は「茶壺(ティーポット)」と称する民間製油所がその鍵を握っていると見ている。2016年に原油輸入が解禁された茶壺の原油輸入量はうなぎ登りで上昇し、現在の中国全体の原油輸入量の2割を占めるに至っているが、その活動は不透明な部分が多い。地方政府が地域活性化の観点から茶壺を応援しているが、その一環として原油処理量を過少に申告することで茶壺に税制上のメリットを享受させているのではないだろうか。だが、茶壺の急成長で経営が圧迫されている大手国有企業の訴えに応じて中央政府が茶壺に対する規制を強化しつつあり(6月13日付OILPRICE)、茶壺が税制上のメリットを失えば、中国の原油輸入量は今後鈍化する可能性が高い。

中国ではこのところ「米中貿易戦争の末、バブル崩壊に直面する」との懸念が広まっている(5月9日付日経ビジネスオンライン)。トランプ大統領は中国の対米貿易黒字額を1000億ドル減らすことを目指している。この額は中国の2017年の貿易黒字額(4225億ドル)の4分の1に相当する。債務急増に悩む中国経済にとっての生命線は海外からの巨額のマネー流入であるが、このマネーの流入が大幅に減少すれば、資金繰りに窮した企業の大量倒産を招くことは必至である(貿易摩擦の激化により中国の株式相場は急落している)。

中国は今のところ米国への対抗姿勢を強めているが、米国と協力して新たなグローバル貿易秩序を制定できなければ、中国経済のハードランディングが現実のものとなり、これにより原油価格は大幅下落するだろう。

本性を現したトランプ大統領の「米国第一」政策

トランプ大統領の「米国第一」政策は中東地域でも現れ始めている。

米朝首脳会談後の記者会見でトランプ大統領は、「とてもお金がかかるし、挑発的だ」として米韓合同軍事演習の中止を示唆した(6月19日、米韓両政府は8月の演習中止を正式決定した)。中東でも米軍の海外での展開を縮小する兆しが現れている。米朝首脳会談の翌日、サウジアラビアが率いるアラブ連合軍が、イエメンの反政府武装組織フーシ派の支配下にある港町ホデイダへの大規模な攻撃を開始した。その際、アラブ連合軍の期待に反し、米軍は自らが保有する掃海艇の提供を断ったのだ(6月15日付CNN)。

アラブ連合軍は軍用機と沖合に停泊する軍艦から複数の拠点を攻撃したが、フーシ派が沿岸部に機雷を設置していため、ホデイダ奪還のためには掃海艇の運用が不可欠であった。サウジアラビアは、米国内のガソリン価格を下げるために原油の増産要請に応じることで、米軍の支援を当てにしていた。しかし、「空振り」に終わってしまった。

アラブ連合軍は、急遽フランスから掃海艇を確保するなど躍起になっているが、フランスが要請に応じるかどうかは分からない。アラブ連合軍はホデイダの空港を占拠した(6月20日付AFP)が、フーシ派もアラブ連合軍の兵站部隊に攻撃を加えたとの報道(6月18日付ブルームバーグ)があり、米軍の支援なしにはホデイダ奪還作戦の先行きはおぼつかなくなくなっている。

サウジアラビアはイエメンへの軍事介入で既に1200億ドルを支出したとされている。ムハンマド皇太子が頼みとする外国からの直接投資額は2016年の75億ドルから昨年は14億ドルに減少した。昨年11月の反汚職キャンペーンの悪影響が続いており、国内の投資マインドも冷え切ったままである(6月15日付ブルームバーグ)。昨年マイナス成長となった国内経済は、一向に回復する兆しを見せていない。

泥沼化するイエメン情勢に加え、国内経済の悪化により、「ムハンマド皇太子に対する国民の熱烈な支持が失われ、サウジの政治体制に激震が走る」日は遠くないかもしれない。そうなれば原油相場は未曾有の地政学リスクに見舞われることになる。

米朝首脳会談の「成功」で本性を現したトランプ大統領の「米国第一」政策が、原油市場に今後どのような影響を与えるか、予断を排して注視していくことが肝要である。

2018年6月22日 JBpressに掲載

2018年6月29日掲載