米国の外交政策に揺さぶられる原油市場
皇太子外遊中のサウジ、事態がますます深刻化

藤 和彦 上席研究員

米国政府のイラン核合意破棄を巡る思惑などの高まりにより、米WTI原油先物価格は1バレル=60ドル台半ばで堅調に推移している。

3月14日に対イラン強硬派のポンペイオCIA長官がティラーソン氏に代わって国務長官となり、22日には超タカ派のボルトン元国連大使が大統領補佐官(国家安全保障問題担当)に就任することが決まったからだ。トランプ大統領は既に5月12日を期限に核合意からの離脱をほのめかしているが、その決定に障害となる要人がワシントンからすべて排除されたと言っても過言ではない。

2015年の核合意後、イランの原油生産量は日量約100万バレル増加している。しかし米国が核合意から離脱すると、その生産量が50万バレル程度減少するとの見方がある。

米国政府はベネズエラに対する追加制裁も検討している。ベネズエラの2月の原油生産量は前月比18万バレル減の日量159万バレルである。サービス会社への支払い遅延から石油掘削装置(リグ)稼働数は2016年半ば以降急減し(2017年10月時点の稼働数は39基、増産に転じるためには100〜110基必要)、石油産業従事者も2015年末から2017年にかけて55%が離職し、その穴埋めができていない。ロシア企業に仮想通貨で借金を返済しようと必死になっている(3月28日付OILPRICE)。

苦境に陥ったベネズエラの最大の支援国は中国だった。2007年以降の支援額は600億ドル以上に達したが、ベネズエラの現状が好転しない状況に「堪忍袋の緒」が切れかかっている。2017年11月、中国国有石油会社Sinopecは米国連邦地方裁判所にベネズエラ国営石油会社PDVSAを提訴した。PDVSAの子会社がSinopecから4万5000トンの鋼鉄を購入したものの1年以上経っても代金が未払いだからだ。このような状況に加え米国のベネズエラへの制裁が強まれば、米国との摩擦激化を恐れる中国がベネズエラへの支援を手控えるようになる可能性がある。

現在、OPECには手詰まり感が出ている。シェールオイルの増産が、2017年1月から実施している協調減産(日量180万バレル)の規模を超えることが確実視されているからだ。そのため、OPECをはじめとする主要産油国は、協調減産の終了時期の先送りを画策している(3月13日付ロイター)。そうした状況の中での米国の強硬な外交政策は、主要産油国にとって「思いがけない贈り物」であることは間違いない。

中国との対決に舵を切ったトランプ政権

しかし米国の外交政策は主要産油国にとってプラスの効果ばかりではない。

トランプ大統領は3月22日、「中国が米国の知的財産権を侵害している」として600億ドル相当の中国製品に対する追加の関税賦課を決定した。トランプ大統領はその理由として「中国側の不公平な貿易慣行が原因で米国内で6万の工場が閉鎖に追い込まれ、600万人の雇用が失われた」と述べた。「中国を市場志向型の主要経済国に仲間入りさせよう」という半世紀近くに及ぶ試み(積極的関与)が失敗したと判断したトランプ大統領が「アメ」ではなく「ムチ」を選んだ(3月24日付ブルームバーグ)ということだろう。

これに対し中国商務部は3月23日、米国からの果物や豚肉、鋼管などの輸入製品に対して30億ドル規模の追加関税を課すことを発表した。ただし、中国政府の「貿易戦争も辞さす」とする居丈高な口調とは異なり、追加関税の規模は米国の5%に過ぎない。

トランプ大統領の側近はほぼ対中強硬派となり、巨額の対中貿易赤字削減に関しては共和党も民主党もトランプ政権を支持している。米国が一枚岩となって中国を敵視することを中国政府はなんとしてでも回避したいところであろう。「中国政府は米国債の売却という切り札を持っている」との指摘もあるが、米国債の売却は米国経済よりも中国経済に大きな打撃を与えかねない。米国債の売却に伴い、中国当局は米ドルを人民元に替える必要があることから、人民元高・ドル安が進み、輸出主導の中国経済にとって大きなマイナスとなる。

米中貿易戦争で打撃を受けるのは中国側

3月26日、上海先物取引所の子会社である上海国際エネルギー取引センターで人民元建ての原油先物取引が開始された。上海先物取引所は2001年から原油先物取引の検討を始め、2012年頃から本格的な上場準備に入り、2015年には秒読みとの観測が出たが、その後延期になったという経緯がある。取引開始日が米国が追加関税を発表した直後だったことから、「米国経済の強さを支える『ペトロダラー体制』に中国が風穴を空けようとしている」との憶測が出ている(取引開始前の式典で中国側は対米貿易交渉のキーパーソンである劉鶴副首相の名前をわざわざ挙げて米国を牽制する素振りを見せた)。

世界全体の原油輸入総額が6701億ドル(2016年、原油の平均価格は1バレル=約44ドル)のうち、中国の原油輸入額は1166億ドルである。「原油取引決済の約2割がドルから人民元に代わる」というわけだが、わけだが、ストレージコスト(倉庫保管費用)が高い上「中国当局がいつ介入してくるか分からない」との疑念も強い(3月26日付OILPRICE)ため、人民元建て原油先物価格が国際指標の1つに順調に成長するとは言えないだろう。中国側は恒例の「はったり」戦略を採ったに過ぎず、ハードカレンシーとはお世辞にも言えない人民元でペトロダラーの座を奪おうという野望を本気で持っているとは思えない。

 2017年に世界最大の原油輸入国となった中国(日量840万バレル)にとって自前の原油先物取引所を持つのは自然の流れだろう。とはいえ、「米中貿易戦争の一環の措置である」と米国側が認識すれば、中国にとっては「百害あって一利なし」である。

「米中間の貿易戦争の勃発で中国側がより深刻な打撃を受ける」ことは専門家の間では衆知の事実である。債務の急増など深刻な難題を抱えている中国経済がなんとか持ちこたえているのは、巨額の貿易黒字がもたらす対外マネーの膨大な流入のおかげである。「米国の対中政策の歴史的な転換により中国の貿易黒字が減少する」との認識が広まれば、バブル崩壊を恐れた資金の大規模な流出が発生し、経済ばかりか共産党政権の崩壊にもつながりかねない危機となるだろう。中国の原油需要は急減すれば、主要産油国にとって悪夢以外の何ものでもない。

経済危機の中で訪米したムハンマド皇太子

主要産油国と言えば、サウジアラビアのムハンマド皇太子が米国に到着した3月19日、在米サウジアラビア大使館は「皇太子の米国での滞在日程は大幅に延長される」と発表した。当初は22日までの滞在予定だったが、3月30日に西海岸に向かい(アップルやグーグル、アマゾンなどの最高幹部にサウジアラビアへの投資を要請する)、4月7日に帰国の途に就くという。3週間を超える長期にわたる米国滞在である。

ムハンマド皇太子と会談したトランプ政権は、「サウジアラビアに6700基の対戦車ミサイルなど10億ドル分の武器を売却する」方針を明らかにした。ムハンマド皇太子はさらなる武器購入でトランプ大統領の歓心を得られたようだ。

一方、ビジョン2030の主要な資金源となるサウジアラムコの株式公開(IPO)について米国の投資家の関心は低かったという(3月19日付OILPRICE)。サウジアラムコのIPOは当面国内の株式市場で実施されるようだが(3月21日付日本経済新聞)、サウジアラビアの証券取引所タダウルの取引時価総額は6000億ドルに満たないことから、政府が見込む調達額(1000億ドル)は大幅に縮小される。

サウジアラビア経済へのカンフル剤注入の希望がしぼむ中で、3月16日、ドルペッグ制を採用するサウジアラビア政府は米FRBの利上げに先立ち、約10年ぶりに主要政策金利を引き上げた。資金流出阻止のための措置だが、これにより2017年11月以降の汚職騒動で冷え切ったサウジアラビア経済の不況はさらに深刻化するだろう。

サウジアラビア政府は2018年1月、イエメンの通貨リヤルの暴落が自国通貨の引き下げ圧力につながることを恐れ、イエメン中央銀行への資金協力(20億ドル相当)を約束していた。だが、その資金がいまだに支払われていないことからイエメン中央銀行は資金不足で閉鎖に追い込まれるという異常事態が発生している(3月22日付アルジャジーラ)。2016年に投機筋がサウジアラビア・リヤル「売り」攻勢をかけたが、その再来が近いのかもしれない。サウジアラビアがドルペッグ制廃止を余儀なくされれば、通貨急落から生じる輸入インフレで経済はますます混迷することになる。

未曾有の経済危機の恐れにもかかわらず暢気に米国での外遊を楽しむムハンマド皇太子は、米TVのインタビューの中で、高まるイランの脅威に対して「国内が戦場になる前に対処する」と述べている。だが、「時既に遅し」かもしれない。サウジアラビアのイエメンへの軍事介入が開始されてから3年となる3月25日、イエメンのイスラム教シーア派武装組織フーシが発射した弾道ミサイル7発が首都リヤドを襲い、軍が迎撃したものの落ちてきた破片に当たりエジプト人1人が死亡した(首都リヤドでの死者発生は初めて)。反転攻勢が強めるフーシはサウジアラビア南部の空港や軍事施設への攻撃も行い(サウジアラムコの石油施設も攻撃対象)、イエメンでの空爆を続けるF15戦闘機を再び撃墜したとの情報もある。フーシ派は26日「イエメンへの空爆が続けるならサウジアラビアへのミサイル攻撃を強化する」と鼻息が荒い。

国防相でもあるムハンマド皇太子が、米国滞在中にマティス米国防相に対し軍事支援を要請する事態となれば、原油価格が高騰するのは火を見るより明らかである。

2018年3月30日 JBpressに掲載

2018年4月6日掲載