米WTI原油先物価格は、下押し圧力が強まる中で1バレル=60ドル台をなんとか維持している。
下押し圧力の最大の要因はシェールオイルの増産攻勢である。3月12日の米エネルギー省の発表によれば、4月のシェールオイルの生産量は、石油掘削装置(リグ)当たりの生産性向上により前月比13万バレル増の695万バレルとなる見込みである。
シェールオイルは全盛期並みの大増産が行われていることから、米国の原油生産量は現在の日量1037万バレル(1983年の統計開始以来過去最高)から今年(2018年)10月までに日量1100万バレルに達する見通しである。
OPECをはじめとする主要産油国の協調減産が日量180万バレルであるのに対し、シェールオイルの昨年初めから今年3月までの増産は日量150万バレル以上に達している。現在の増産ペースが続けば今年後半には協調減産の規模を上回ることになる。
続けざるを得ない協調減産
国際エネルギー機関(IEA)は3月5日、「米国とブラジル、カナダの生産が世界の原油需要の今後3年間の伸びをほぼ満たす」との見方を示し、「OPECやロシアなどの主要産油国は生産計画を大幅に見直す必要がある」と主張した。
OPECにとっては「悪夢」としか言いようがない予測である。予測が正しいとすると、主要産油国は、最低でも今後2〜3年は現在の協調減産の規模を維持し続けなければならなくなる。主要産油国は昨年後半から「今年後半に世界の原油市場の需給がバランスする」との見通しを有していたが、その期待が露と消えてしまったと言っても過言ではない。
OPECのバーキンド事務局長は3月5日、米国ヒューストンでヘッジファンド幹部と会合した(3月7日付フィナンシャルタイムズ)。OPEC幹部が「石油市場の事情に精通していない」ヘッジファンドと会合を持つようになったのは昨年(2017年)3月からである。ヘッジファンドは昨年後半から「原油価格が上昇する」として市場の先高観をあおり、このところ「売りポジション」を再び増加し始めている。だが、OPEC幹部が彼らに対し「原油価格が引き続き堅調に推移する」材料を提供できたとは思えない。
窮地に追い込まれたOPECの頼みの綱は、皮肉なことに米国である。米国が5月に核合意を破棄すればイランの生産量が日量50万バレル減少し、追加制裁の実施によりベネズエラの生産量が20万バレル以上減少する(3月1日付OILPRICE)からである。
下振れしそうな世界の原油需要
需要サイドに目を転じると、世界の株式市場が落ち着きを取り戻したことで世界の原油需要は引き続き堅調であるとの見方が一般的だ。しかし、はたしてそうだろうか。
まず米国だが、昨年のガソリン消費量は日量932万バレルだった。2012年以来の前年比マイナスとなり、今年のガソリン消費量もほぼ横ばいである。また、欧州の指標原油(北海ブレント原油先物価格)との価格差が縮小し割安感が薄れた米国産原油の輸出量が足元で大幅な減少となっていることから、今後、米国内の原油在庫の増加に拍車がかかる情勢となっている。
昨年世界最大の原油輸入国となった中国では、輸入増を牽引してきた民間製油所(茶壺)に対する脱税取り締まりを当局が強化し始めており(3月1日付OILPRICE)、輸入増に歯止めがかかる可能性が高い。
こうした情勢から、世界の原油需要は今年第2四半期に下振れする可能性も指摘されている(アラブ首長国連邦のマズルーイ・エネルギー相)。
3月7日、エクソンモービルのウッズCEOから「増産が続く一方、需要が後退し始めれば、原油価格は再び1バレル=40ドルへと下落する可能性がある」との衝撃的な発言が飛び出した。当社は「今後5年間は低コストで短期間に成果が得られるパーミアン鉱区でのシェールオイル開発に注力する」としているが、原油市場に再び「冬の時代」が到来してしまうのだろうか。
ムハンマド皇太子が英国訪問、真の狙いとは
原油価格の今後に暗雲が立ちこめる中、「ビジョン2030」を掲げて石油に依存する経済からの脱却を目指すサウジアラビアのムハンマド皇太子が英国を訪問した。3月7日、サウジアラビアと英国政府は「今後10年間で最大650億ポンド規模の相互貿易・投資を目指す」ことで合意した。対象分野は文化・娯楽、医療サービス、生命科学、再生可能エネルギー、防衛など多岐にわたる。
ムハンマド皇太子の狙いは、「ビジョン2030」の主な資金源と目される国営石油会社サウジアラムコの新規株式公開(IPO)のための環境整備だと見られる。つまり、厳しい欧米の情報開示などの上場ルールを緩和させたいということだ。
企業価値2兆ドルとされるサウジアラムコへの誘致意欲が強いロンドン証券取引所は上場ルールの緩和を検討しているという(3月8日付日本経済新聞)。ムハンマド皇太子は英国からの譲歩を突破口にして、ニューヨークをはじめとする世界の株式市場でサウジアラムコ上場を2018年後半に円滑に実施する意向だろうと思われていた。だが3月11日付フィナンシャルタイムズは、「サウジアラムコのIPOは2019年まで先送りされる可能性が高いとサウジアラビア当局者らから通知されている」と報じた。ロンドン証券取引所のルールが緩和されたとしても、サウジアラムコ上場の準備が2018年後半までに間に合わないということのようだ。
では、なぜこのタイミングでサウジアラビアはトップ外交を行う必要があったのか。
ムハンマド皇太子の真の狙いは最新鋭武器の調達だったのではないだろうか。
サウジアラビアと英国の両政府は3月9日、「英航空・防衛大手BAEシステムズが開発した戦闘機タイフーン48機をサウジアラビア側が購入することについて最終調整を進める」ことに合意する文書に署名した。英国に先立ちエジプトを訪問したムハンマド皇太子は3月4日、現地メディアに対し「イランとトルコと過激派が悪の三角形だ」と述べ、エジプト政府との間で「地域の国々の分断を広げようとする試みの阻止に向けて協力する」ことなどを確認した(3月7日付ブルームバーグ)。そのためには最新鋭の武器は必須である。
3月12日にストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が公開した2013〜2017年の武器輸入に関する報告書によると、サウジアラビアの武器輸入量はインドに次ぐ世界第2位となっている(2008〜2012年に比べ225%増)。サウジアラビアに最も多くの武器を輸出しているのは米国(全体の61%)で、その次が英国(同23%)である。昨年5月の米トランプ大統領のサウジアラビア訪問の際、サウジアラビアは米国と110億ドル相当の武器購入契約を締結した。それに続き、ムハンマド皇太子は英国からも巨額の武器購入を強力に進めようとしているのではないだろうか。
財政収入拡大に向けてあらゆる手を打つサウジ
サウジアラビア政府は一連の汚職取り締まりで、1000億ドル相当の資産を没収したという。金回りが良くなったと思ったからだろうか、ムハンマド皇太子ばかりかサルマン国王までもイラク政府に対し「世界最大規模のサッカー競技場」をプレゼントするとの約束をしたようだ。汚職取り締まりについては一件落着したとの印象が強まっている。
しかし、状況は沈静化したわけではない。3月12日付ニューヨークタイムズは、「大規模な汚職取り締まりで身体を拘束された人々が虐待を受けたことにより釈放後も恐怖心や不安感に苛まれている」と報じた。同紙によれば、虐待を受けて少なくとも17人が入院し、拘束中に死亡したある将軍は首の骨が折れていたという。さらに王子や閣僚、大物実業家を含む容疑者381人は依然軍の監視下に置かれており、位置追跡用の足輪の着用を強制されている人もいるようだ。
このような政情を反映してか、1月のサウジアラビアの金融機関の民間セクターへの貸出しが少なくとも20年来で最低の水準となっている(3月5日付ブルームバーグ)。サウジアラビア政府は財政の穴埋めのために今年も国際金融市場から310億ドル規模の借り入れを行う予定だという(3月2日付ブルームバーグ)。昨年はトータルで360億ドルだったが、今年はその規模を上回る可能性がある。汚職取り締まりにより没収した資金の回収の目途が立っていないことから、財政状況はむしろ悪化しているのだろう。
原油生産量を伸ばせない制約下で財政収入を最大化するためには、国内での原油消費量を減らし、できるだけ多くの原油を輸出するしかない。このような観点からサウジアラビア政府は再生可能エネルギー投資を進めている(2月27日付日本経済新聞)。切り札は原子力発電である。前回のコラム(「原油価格70ドルが生命線、苦境のサウジの秘策とは」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52468)で、トランプ政権が核拡散防止の規制を緩めてでも米国産の原子力発電機器をサウジアラビアへ輸出しようとしている動きを紹介した。だが、これに対してはトランプ政権と蜜月関係にあるイスラエルのネタニエフ首相が猛反発している(3月8日付ブルームバーグ)。
財政収入の最大化が至上命題であるサウジアラビア政府は、あらゆる可能性を追求しようとしている。その1つがシェールガス開発である。
サウジアラムコはこれまでシェールガスを投資対象にしてこなかったが、ナセルCEOは3月6日、「米国の最大規模のシェールガス田(テキサス州のイーグル・フォード鉱区)に匹敵するサウジアラビア国内のジャフラー鉱区の開発に着手する」と発言した。サウジアラムコの天然ガス開発の経験は皆無に近いが、国内の原油消費を減らすために2016年3月に発見したシェールガス田の開発を行うという苦渋の決断をしたのだろう。
だが、「ジャフラー鉱区のシェールガスの埋蔵量は膨大だが、地質構造等が複雑で採算ベースにのらない」とする海外の専門家は多い。
サルマンームハンマド親子の傍若無人ぶりが「油上の楼閣」を揺るがす日が近いと言えよう。
2018年3月16日 JBpressに掲載