米国金利上昇懸念に端を発した世界的な株安の影響を受け、バブル気味だった米WTI原油先物価格は2月9日に今年初めて1バレル=60ドル割れし、その後も59〜60ドル台で推移している。
しかしファンダメンタルズを見てみると、昨年(2017)半ば以降原油価格を押し上げてきたOPEC諸国による減産は相変わらず高い遵守率を誇っている(1月の遵守率は137%)。
生産量を減らしても単価の上昇で原油収入は増え、身を切るような減産が割に合う状態となり、懸念された足並みの乱れを抑えているからだ(2月8日付日本経済新聞)。国際エネルギー機関(IEA)は1月、「OPECの昨年の原油生産量は前年に比べて減少したが、1日当たりの収入は3億6200万ドル増加した」と指摘した。加盟国で最大の減産を続けているサウジアラビアも9800万ドルの増収となった。
OPECとともに協調減産を実施しているロシアは、1月の原油生産量は前年比1.5%減の日量1095万バレルだった。ロシア・サウジアラビア両政府は協調減産を来年以降も続けていく可能性を示唆している。
世界の原油市場は概ね堅調だが……
ベネズエラの苦境も他のOPEC諸国にとって恩恵である。
2月12日にOPECが発表した1月の原油生産量は前月比1%減の日量3223万バレルだった。イラク(日量3万バレル増の444万バレル)やサウジアラビア(同2万バレル増の998万バレル)などが若干増産したものの、混乱するベネズエラの減産(同5万バレル減の160万バレル)が増産分を打ち消すという構図が続いている。ベネズエラの昨年はじめの原油生産量は日量218万バレルだったが、今年は70万バレル減少して143万バレルまで減少する可能性がある(2月8日付OILPRICE)。
マドゥーロ大統領は、年率1万3000%というハイパーインフレ(IMFの推定)に苦しむ経済を立て直すための秘策として、原油資源をアンカーとする仮想通貨を発行しようとしている。ベネズエラ政府は昨年末「独自の仮想通貨『ペトロ』を発行する」と発表していたが、今年に入り1ペトロ=60ドルに設定する(最近の原油価格が1バレル=60〜65ドルで推移していることを参照)ことを決定した。ペトロは1億枚発行される予定だが、ベネズエラ政府は2月20日から約3800万枚を先行販売するという。
世界的な仮想通貨ブームにあやかり「仮想通貨を発行すれば無条件で資金が調達できる」とするマドゥーロ政権の思惑が当たれば、ベネズエラの原油生産量は回復するチャンスが生まれるだろうが、こればかりは蓋を開けてみなければ分からない。マドゥーロ大統領はOPEC全体で同様の仮想通貨の発行を提案している(2月6日付OILPRICE)というが、他のOPEC諸国はさぞ困惑していることだろう。
一方、米国政府はマドゥーロ政権に対する制裁として米国内のベネズエラ産原油の販売禁止を検討しており、同国を巡る状況は混迷の度を深めるばかりである。
原油市場の需要面では、1月の中国の原油輸入量が日量957万バレルとなり(昨年12月は同791万バレル)、昨年3月の921万バレルを超え過去最高を更新したことも好材料である(「茶壺」と呼ばれる民間製油所の輸入増が主要因だった)。
このように世界の原油市場は概ね堅調に推移している。
パーミアン盆地が「第2のサウジ」に?
だが、主要産油国の減産努力に水を差す形で米国のシェールオイルの増産基調が鮮明になってきたことは、原油市場にとって大きな脅威になりつつある。
米エネルギー省は2月7日、「2月第1週の米国の原油生産量は日量1025万バレルとなった」と発表した。週間ベースで1000万バレルを超えるのは1983年の調査開始以来初めてである。2月9日に発表された米国の石油掘削装置(リグ)稼働数が26基増加して791基となったが、1週間の増加幅として2013年4月以降最大だった。
2月12日、米エネルギー省は3月のシェールオイルの生産が増加するとの見通しを明らかにするなど、今年第4四半期の米国の原油生産量が日量1100万バレルを超える可能性が高まっている。米国の原油生産量は既にサウジアラビアのそれを超えているが、ロシア越えも時間の問題なのである。
米国の原油生産の「大躍進」を担っているのはパーミアン鉱区(テキサス州西部からニューメキシコ州東南部にまたがる地区)である。同盆地での生産コストが1バレル=約15ドルと低いため、米国のシェールオイル生産(日量約670万バレル)の半分を占めている。さらに米エクソンモービルは同盆地での原油生産を2025年までに3倍にするため数十億ドルを投資する計画を有しており(1月30日付ブルームバーグ)、パーミアンへの一極集中は続く。
パーミアン盆地の余剰生産能力が日量100万バレルにまで達している(2月5日付ブルームバーグ)ことも驚きである。原油生産国の中で余剰生産能力を有しているのはサウジアラビア1国だった(日量約150万バレル)が、今やパーミアン盆地は「第2のサウジアラビア」になりつつあるのだ。
米国産原油の輸出拡大でサウジに打撃
サウジアラビアは世界最大の原油輸出国(日量700万バレル弱)だが、米国産原油も世界市場でのプレゼンスを拡大している。米国産原油の輸出先は30カ国を越えたが、原油輸出量は現在150万から200万バレルの規模に達しており、2022年までには同400万バレルにまで拡大する可能性がある(2月12日付ロイター)。米国産原油の最大の買い手はカナダだったが、昨年11月以降、中国が首位に躍り出ている。
米国産原油の輸出拡大で最も打撃を蒙っているのはサウジアラビアである。昨年後半に米国がサウジアラビアから輸入した原油は日量71万バレルとなり、1987年以降で最低となった(ピークは2003年の同173万バレル)。中国への原油輸出も米国産原油に押され、昨年第4四半期の伸びは2.3%にとどまっている。
にわかに信じがたいことだが、2月7日付ブルームバーグは中東地域にまで米国産原油が輸出されていることを伝えている。2017年12月、アラブ首長国連邦(UAE)にコンデンセートと呼ばれる非常に軽質な油が70万バレル輸出されたという。UAEは従来カタールからコンデンセートを輸入していたが、断交により調達困難になったことから米国からスポットベースで調達することを余儀なくされたようである。単発とはいえ日量200万バレル以上の原油を輸出しているUAEに米国産原油が輸入されたことは、改めて世界の原油供給構造の激変を象徴する出来事だろう。
米国の原油純輸入量は日量400万バレルにまで減少し(2005年は同1250万バレル)、5年後に原油の純輸出国になるとの見方がある(2月11日付OILPRICE)。また、米国の最新の予算合意案では「戦略石油備蓄(SPR)を2027年までに1億バレル売却する」ことが盛り込まれており、昨年承認された売却分を合わせるとSPRは現在の水準から45%減少し約3億バレルとなる。
「2020年代前半にシェールオイル生産はピークを迎える」との説もあるが、原油価格が再び急落しない限り、米国産原油の増勢傾向はしばらく変わらないだろう。
サウジの減産努力はいつまで続くのか
シェールオイル増産で我が世の春を謳歌し始めた米国に対し、OPECは厳しい状況に追い込まれつつある。昨年はじめに比べて米国の原油生産量は既に日量150万バレル以上増加し、主要産油国の協調減産分(同約180万バレル)を帳消しにする規模にまで達しているからである。
シェールオイルの増産が続ければ、身を切るような減産が割に合わなくなる。OPEC議長は2月12日、「シェールオイル増産は原油過剰解消の妨げにならない」と述べたが、加盟国の間で「減産してもその効果はすべてシェールオイルに持っていかれてしまう」との疑念が再び頭をもたげてきてもおかしくない。
次回のOPEC総会(6月22日)で協調減産が打ち切られる可能性はほとんどない(2月1日付ブルームバーグ)とみられるが、足並みの乱れ(抜け駆け増産)が生じる懸念が高まる。イラン政府関係者がこのところ増産を匂わせる発言を行っているのは、その予兆だろう。ロシアが生産量は抑えつつも輸出量を増加させているのが気がかりである。
特に筆者が関心を抱いているのはサウジアラビアの減産努力がいつまで続くかである。
昨年11月以来、汚職捜査に利用されていたリヤドのリッツ・カールトンが2月10日から営業を再開した(2月11日付ZeroHedge)。大規模な汚職捜査によって1000億ドルの資金が確保できたとされているが、流動性の低い国内資産の換金が容易でないとの見方が強い。
サウジアラビア政府は今年から付加価値税(5%)を導入したことから国内経済が急速に悪化している(2月5日付ブルームバーグ)。1月の景気指数が昨年12月から4ポイント以上も悪化している。政府関係者は「一過性のものにすぎない」としているが、国民の懐を暖めない限り、国内景気はさらにおかしくなりかねない。
大規模な汚職捜査が終了したが、サウジアラビアを巡る投資環境は悪化したままである(1月30日付ブルームバーグ)。サウジアラビア政府は汚職捜査に関する明確な方針をいまだ示していないことから、ほとんどの投資家が「次に何が起こるか分からない」と警戒しており、海外からの資金が先細るリスクは解消されていない。
これまでのコラムでも何度も指摘しているように、サウジアラビアにとっての最大のリスクはイエメン情勢である。イエメンでの軍事作戦においてサウジアラビアと友軍であるUAEとの間で諍いが激化している(2月8日付ブルームバーグ)。イエメンの反政府武装組織フーシがサウジアラビアのミサイル防衛システム「PAC-3」を破壊したとの情報もある。膨らみ続ける軍事予算に加え、イエメンの通貨「イエメン・リアル」が大幅に下落したことから、サウジアラビア政府はなけなしの金である20億ドルをイエメン中央銀行に送金するという皮肉な事態が生じている。
日本ではサウジアラビアの「女性進出」など前向きな報道が再び多くなっているが、カネに困ったサウジアラビア政府が次にどのような暴挙に出るか引き続き要注意である。
2018年2月16日 JBpressに掲載