昨年(2017年)末の米WTI原油先物価格は、2015年半ば以来初めて1バレル=60ドル台で取引を終了した。その要因として挙げられるのは、OPECをはじめとする主要産油国の協調減産(日量約180万バレル)が予想以上にうまくいったことである。
堅調な原油需要も原油価格の下支えとなった。地政学リスクや保護貿易主義の脅威拡大にもかかわらず、先進国が主導する形で世界経済が予想外に好調だったからだ(IMFによれば昨年の世界経済の成長率は3.6%増の見込み)。
だが、このまま原油価格が順調に上昇するとみるのは早計だ。
OPECは協調減産の期間を今年末まで延長することを決定したが、昨年末から「出口戦略」の策定に着手した(12月21日付ロイター)。イラクのルアイビ石油相は12月25日、「今年第1四半期までに市場の需給が均衡し、原油価格の上昇につながる」との楽観的な見方を示しており、イスラム国との長期にわたる戦闘で悪化した財政を建て直すために約束した生産枠を超えて増産に踏み切る可能性がある(「抜け駆け増産」の発生?)。
また、今年の世界経済は引き続き好調との見方が一般的だが、昨年来から懸念されていたリスクが顕在化する恐れがある。
一層大きくなるシェールオイルの影響力
まず世界最大の原油需要国である米国では、サブプライム自動車ローンの延滞率がますます上昇している(12月22日付ブルームバーグ)。特にノンバンクによるサブプライム自動車ローンの延滞率は2009年以降で最も高い水準となっており、米国における新車販売に今後急ブレーキがかかりそうだ(昨年の新車販売は8年ぶりに減少した)。
生産面ではシェールオイルの影響力が一層大きくなる見通しである(12月22日付ロイター)。石油大手が、高コストで長期間にわたるプロジェクトを抑制し、低コストで短期間に増産が可能なシェールオイルにシフトする姿勢を鮮明にしているからだ。
昨年下期から米国の原油在庫は順調に減少しているが、米国産原油の輸出拡大に起因する要素が大きい。米エネルギー省は12月28日、「昨年10〜12月期の米国産原油の輸出量は日量平均約150万バレルとなり、前年同期の約3倍になった」と発表した。米国は2015年12月に原油輸出を解禁したが、昨年9月以降WTIと北海ブレントとの価格差が急拡大したことから、割安となった米国産原油の輸出が急増したのである。米国からの原油輸出量が前年に比べて1日当たり約100万バレル増加すれば、米国内の原油在庫量は1週間で合計約700万バレル減少する計算になる。米国の原油在庫はこのところ毎週のように400〜500万バレルの規模で減少しているが、米国産原油の過剰供給分が他国に回っているだけで原油市場の需給が均衡に向かっているとは言えない。このことを市場関係者も今後織り込んでいくことになるだろう。
中国に立ち塞がる景気減速と貿易制裁
次に昨年世界最大の原油輸入国となった中国である。中国国家統計局は12月29日、「9カ所の国家石油備蓄基地が完成した(備蓄量は2億7500万バレル)」と発表した。昨年後半からの原油高で、国家石油備蓄の積み増しのペースは鈍化したようである(12月31日付OILPRICE)。中国国内の原油生産量は低油価のあおりを受けて2年続けて減少したが、原油価格が1バレル=60ドル台に達したことで再び増産態勢に入る可能性がある。今年の原油輸入量の伸びが鈍化するのは間違いないだろう。
需要面では、景気減速が予測される中で当局が金融引き締めの方針を明確に打ち出していることが心配である。中国人民銀行幹部は昨年末に「米デトロイト市の破綻のようなケースが起きれば、『地方政府に暗黙の保証が与えられている』という投資家の見方を改めることができる」との認識を示した(12月25日付ブルームバーグ)。なかなか解消しない過剰債務問題に業を煮やした末の発言だろうが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」。ハードランディングの引き金になるとの懸念もある。
さらに心配なのは、米中貿易摩擦の悪化である。トランプ大統領はツイッターで「中国が北朝鮮への石油輸出を許していることに失望した」と中国への不満を露わにしている。今年秋の中間選挙を前に、中国に対して厳しい貿易制裁を課すとの観測が出始めている。
ユーラシア・グループが年初に発表した「今年の10大リスク」は、「2008年の金融危機に匹敵する予想外の大きな危機が今年起こる可能性がある」との見方を示している。米中貿易摩擦がエスカレートすれば、為替市場をはじめ世界の金融市場が動揺することは必至である。
原油価格を押し上げたイランの政情不安
世界経済にとっての不安要因は他にもある。最大の要因は、中東地域の地政学リスクが高まることだ。
実際に年初来の原油価格は、OPEC第3位のイラン(生産量は日量約380万バレル)の政情不安を材料に上昇している(現時点で同国の原油生産や輸出に影響は出ていないとされている)。
イランで12月28日に始まった市民らによる反政府デモは沈静化の兆しが見えない(4日に入り「デモが沈静化しつつある」との報道が出始めている)。1月3日までに40を超す都市に広がり、治安部隊との衝突でデモ参加者20人以上が死亡、数百人が拘束された。一部では最高指導者ハメネイ氏への批判が出始めている。
事の発端は、イラン政府が12月に発表した今年度予算案の中で福祉費の削減と燃料価格の引き上げが盛り込まれていることに市民らが反発したことだとされている(冷遇されている少数派スンニ派地域で暴徒化が始まったとの情報がある)。
イラン国民は1979年の革命に伴う混乱、1980年代の8年に及ぶイラクとの悲惨な戦争、そして現在も続く米国による制裁と何十年にもわたって苦境に耐えてきた。だが、「国がそれに報いていない」というのが多くの国民の実感だろう。ロウハニ大統領は2013年の就任以来、核合意を成立させ国際社会の制裁を解除させるなど景気のてこ入れに取り組んでいるが、その進捗は芳しくない。
デモ参加者の一部が暴徒化したのは「海外からの介入があったからだ」との指摘もある。具体的にはイスラエルと米国である。イスラエルにとって、イラン(革命防衛隊)が中東各地に供給し続けるミサイルは頭の痛い問題だ。イランからのミサイル供給をなんとしてでも阻止したいイスラエルや米国にしてみれば、イラン国内の不満の高まりを利用しない手はない。
米ニュースサイト「アクシオス」は12月28日、「米国とイスラエルの政府高官が12月12日にイランによる核兵器開発の再開を阻止するための秘密工作を検討するなどの『共同戦略作業計画』に合意した」と報じた。米国とイスラエルは複数の作業部会を設置し、イランの弾道ミサイル開発や同国が支援するレバノンのヒズボラやパレスチナ自治区のハマスに対抗する方策を協議するとされている。米国情報機関が昨年末にイスラエル情報機関によるイラン革命防衛隊トップの暗殺計画を承認したという情報もある(1月1日付ZeroHedge)。
建国以来最大の王族内対立が起きているサウジ
だがイランも防戦ばかりしているわけではない。米国の同盟国であるサウジアラビアなどで争乱を企てるのは自然の流れではないだろうか。いわば「目には目を」というわけだ。
サウジアラビアではこれまで国民の財政負担を求める税の制度はなかったが、今年1月から付加価値税(5%)を導入した。燃料価格もさらに引き上げられ、公共事業が大幅に削減されて失業者は増加するなど、ムハンマド皇太子が主導する経済改革は国民に痛みを伴うものばかりである。国民への政治への参加を求める声が高まるのは当然といえよう。
サウジアラビア政府は不満を和らげるために2018年の予算では最大規模の支出を見込んでいる。頼みにしているのは、汚職容疑で拘束している王族の個人財産の没収である。だが資産総額180億ドルとされる著名投資家のアルワリード王子からの資産没収は難航している(12月22日付ウォール・ストリート・ジャーナル)。当局は釈放の条件として少なくとも60億ドルを要求しているが、アルワリード王子は「要求に応じれば、罪を認めるばかりか25年かけて築いた金融帝国を壊すことになる」と話しているという。
汚職騒動がいまだ沈静化しないなか、ムハンマド皇太子への譲位を切望するサルマン国王は年明け早々に訪米すると言われている。だが、サウジアラビアの巨額の米国製武器購入の見返りにトランプ大統領がムハンマド皇太子の国王就任を認めたとしても、国内の反発は高まるばかりで、その譲位はおぼつかないだろう。
このようにサウジアラビアは建国以来最大の王族内の対立が起きている状況であり、今後何が起きるか分からない。特に注目すべきは、サウジアラビアで長年冷遇されてきた少数派シーア派住民の動向である。少数派シーア派が多数を占める東部地域では、これまでも小規模なデモが散発的に生じていた。同国の大油田が存在する当該地域で今後大規模な騒乱が起きないという保証はない。
中間選挙が行われる今年のトランプ外交の重点は、ユダヤマネーが望む「イラン潰し」になるのではないかと筆者は考えている。国内の政治的関心でのみ動くトランプ外交によって、中東地域はメルトダウン状態に陥ってしまうのではないだろうか。
2018年1月6日 JBpressに掲載