2017年の原油市場は、OPECをはじめとする主要産油国の減産(日量約180万バレル)と米国のシェールオイル増産の綱引きという形で推移してきた。
このところの米WTI原油先物価格は、北海油田のフォーティーズ・パイプラインの亀裂発覚、ナイジェリアの石油労働者のストの動きなどによって1バレル=55ドル超の高値で推移しているが、来年(2018年)はどうなるのだろうか。
2018年上期は1バレル40ドル台に下落?
まず、需給要因から見てみよう。
今年初めからの主要産油国の協調減産によってOECD諸国の原油在庫の過剰分は約1億バレル減少した。協調減産は来年末まで続くことになっており、来年半ばまでにOECD諸国の原油在庫の過剰分が解消するとの期待から、「6月までに市場が均衡化すれば協調減産を早期に終了しよう」との声がOPEC加盟国の間から出始めている。
一方、米国の原油生産量は増加傾向にある。米エネルギー省は「今年は日量平均920万バレルであり、来年は過去最高となる同1000万バレルに達する」と見込んでいる。「米FRBの利上げなどによりシェール企業の資金調達が困難になりつつある」との見方も出ていたが、現在は「資金調達が容易となり、シェール企業の増産は2020年代半ばまで増え続ける」との見方が強まっている(12月14日付ロイター)。
12月14日、国際エネルギー機関(IEA)は来年上半期の国際石油市場について「供給が需要を上回る可能性がある」との見方を示した。「上半期は日量20万バレルの供給超過」(ただし「下半期は同20万バレルの需要超過となり、通年では均衡の取れた市場となる」としている)というIEAのシナリオにしたがえば、来年上期の原油価格は若干下落して1バレル=50〜55ドルの範囲で推移するのではないだろうか。
だが筆者は、来年上期の原油価格はさらに2つの要因を加味して見通すべきだと考えている。
1つ目は、実質的にデフォルト状態にあるベネズエラである。同国の原油生産量はじりじりと減少しており、来年上期に大幅減産という事態を招けば、原油価格は1バレル=60ドル超えの可能性がある。
2つ目は中国の原油輸入量の減少である。
中国の11月の原油輸入量は日量901万バレルと過去2番目の水準となったが、10月は同730万バレルだった。下期全体で見てみると7月・8月と日量800万バレル台で低迷した後、9月には同約900万バレルになるなど乱高下の状態である。乱高下を招く要因となっているのが「茶壺」と呼ばれる民間製油所の存在だ。茶壺は相変わらず原油輸入に意欲的だが、その暴走ぶりを抑えるために、政府は茶壺に対する輸入割当を制限し始めている。数カ月おきに制限が解かれて輸入許可が出ると茶壺が一斉に買い付けに走るため、原油輸入量の増減が激しくなっているようだ。来年から茶壺に対する原油輸入割当が大幅増加となることから、中国の原油輸入量は堅調な伸びが期待できるとの見方がある。しかし、はたしてそうだろうか。
中国汽車工業協会によれば、2017年11月までの新エネルギー車(電気自動車の割合が約9割)の販売台数は約61万台を超え(前年比51%増)、来年は100万台を超えると予想されている。活況を呈してきた道路や橋、地下鉄建設などのインフラ投資も、政府の債務抑制策の影響から大幅に減速すると予測されている(12月5日付ブルームバーグ)。輸送用、産業用共に需要の伸びが鈍化すると見込まれる中、茶壺が一人気を吐いても、中国の原油輸入量は来年半ばまでには減少に転ずるのではないだろうか。そうなれば、原油価格は1バレル=40ドル台に下落する可能性がある。
下期の原油価格については、主要産油国の間で「減産破り」の動きが顕著となり、協調減産の期限が近づく年末に向けて下押し圧力がさらにかかることから、1バレル=40ドル台で推移するだろう(40ドル割れの可能性もある)。
性急すぎるムハンマド皇太子の改革
以上が需給面からの見立てだが、来年の原油価格に最も影響を与えるのは、中東地域の地政学リスクではないだろうか。
筆者はサルマン国王就任直後から懸念を有していたが、日本でも最近になってサウジアラビアの行く末を危ぶむ声が高まっている。最大の波乱要素がムハンマド皇太子(32歳)であることは言うまでもない。
ムハンマド皇太子は、2015年1月に国防大臣や経済開発評議会議長に就任し、軍事や経済制策で実権を得た後、同年4月に副皇太子、今年6月に皇太子に昇格した。
ムハンマド皇太子は、石油依存型経済から脱却するため昨年4月に「ビジョン2030」を発表し、建国以来最大の大改革を実施しようとしている。しかし、内外の不安定要素が急速な勢いで増大している。「石油の時代」の終わりが現実味を帯びつつある昨今、石油依存型経済からの脱却を図るのは正しい方針だろう。だが、明治維新にも匹敵するほどの大改革を一挙に進めようとするのはいかがなものだろうか。サウジアラビア流のこれまでの統治は、問題が生ずれば「ラクダの歩み」のように極めて緩慢なペースで対応するというやり方だった。これに対し「時間がない」と焦るムハンマド皇太子は自らに権力を集中させ、性急に改革を進めようとしてきた。今や高齢のサルマン国王に代わり国の全権を掌握し、「ミスターエブリシング」とも言われている。だが今年11月に汚職容疑で大勢の王子などを強権的なやり方で逮捕したことでサウド家全体の王族を敵に回してしまった可能性が高い。
ムハンマド皇太子は国民からの人気の高さを武器に中央突破を図ろうとしているようだが、ムハンマド皇太子もけっして清廉潔白ではない。同氏は今年11月に約4.5億ドルでレオナルド・ダヴィンチ作の絵画を購入し(12月7日付ウォール・ストリート・ジャーナル)、過去にも高級ヨット(5億ドル)やパリ郊外の豪邸(3億ドル)を秘密裏に手に入れている(12月17日付ニューヨークタイムズ)。その資金はどこから出ているのだろうか(両紙の情報源は米情報機関のようである)。
ムハンマド皇太子の11月の「宮廷クーデター」が行政組織にもたらした混乱により、ビジョン2030の柱である3000億ドル規模の民営計画の円滑な実施が困難となり、海外の投資家も参画に「二の足」を踏む傾向が鮮明になりつつある。
サウジアラビアでは来年1月から付加価値税(5%)が導入され国内のガソリン価格が90%の値上げになるなど、国民の痛みは高まるばかりである。今年の経済成長率は8年ぶりのマイナスになった。サウジアラビア政府は改革で打撃を受ける中低所得者に対する現金支給を含む総額190億ドルの経済刺激策を決定したが、汚職資金の回収を財源として当てにしているふしがある。しかしチュニジアやエジプトなどの前例が示すとおり、汚職資金の回収は容易ではなく、財政状況がさらに悪化する可能性が高い(サウジアラビア政府は財政健全化の時期を2020年から3年先送りすることを決定した)。
米・サウジ蜜月関係の「終わりの始まり」
トランプ大統領は12月6日、「エルサレムをイスラエルの首都と認める」旨の宣言を行い、世界で混乱が広がった。この宣言で最も大きな打撃を受けたのは、米国との親密な関係を梃子に国の改革を進めてきたムハンマド皇太子ではないか。
サウド家は、「メッカとメディナというイスラムの二大聖地の守護者」を統治の正統性の根拠としている。ムハンマド皇太子自身はビジョン2030に対する経済協力やイランに対する軍事連携の観点からイスラエルと接近を図ろうとしてきたが、この問題に沈黙を守っているのは、打撃を受けた証左だと筆者は見ている。
トランプ大統領の宣言に対して、サウジアラビア王宮は「トランプ大統領の宣言は無責任で正当化できない」との声明を出した。その後、サウジ王宮の声明に意趣返しするかのように、ティラーソン国務長官がサウジアラビアの中東戦略(①イエメンの港湾などを封鎖し支援物資の搬入を妨害、②断交したカタールに対する経済制裁、③レバノン首相に辞任を強要)を全面的に批判した。トランプ政権はこれまでサウジアラビアの外交を全くと言って良いほど批判してこなかった。
トランプ大統領が今年5月に訪問した際、サウジアラビアは1100億ドル以上の米国製兵器の購入を決定した。同国の過去10年間の米国製兵器の購入額(約75億ドル、ストックホルム国際研究所調べ)に比べると破格の購入額である。これにより同国はトランプ大統領との関係を盤石にしたとされているが、今回のトランプ大統領の宣言が米・サウジアラビア関係の蜜月の「終わりの始まり」になる可能性がある。
サウジアラビア政府はカタールとの断交解除を要請するクウェートなどに反発して、12月5日、アラブ首長国連邦(UAE)とともに「湾岸協力会議(GCC)を脱退し新たな安全保障機構を創設する」と発言した。サウジアラビアがアラブ世界の盟主の座から降りることになれば、米国のサウジアラビア離れはますます進むだろう。
イスラエルとの接近を図っていたムハンマド皇太子は11月に「パレスチナ自治政府のアッバス議長を首都リヤドに招いて『パレスチナ側に不利な和平案を受け入れなければ財政的な支援を停止すると迫った』」との観測がある(12月8日付東洋経済オンライン)。この観測が事実で、サウジアラビア国内でもこのことが知れわたれば、「同胞であるパレスチナ人の権利を守ると約束してきたサウド家の裏切り行為だ」として、国民のムハンマド皇太子への「期待」が「激しい怒り」へと転じるのは「火を見る」より明らかである。国内で内乱が生ずる懸念すらあるだろう。
12月19日、イエメンのイスラム教シーア派反政府武装組織フーシが発射した弾道ミサイルが首都リヤドのサルマン国王の公邸近くで迎撃された。ムハンマド皇太子のイエメンへの軍事介入が開始されてから2年半が経過したが、サウジアラビア自身の安全保障に悪影響を及ぼすほどまでに事態は悪化している。
ムハンマド皇太子が自ら作り出した危機でサウジアラビアをはじめ中東地域で大混乱が生じれば、原油価格は1バレル=100ドルを突破する可能性すらある。
米国への原油供給に与える影響は軽微になる一方で、日本の原油輸入に占めるサウジアラビア(約36%)とUAE(約24%)のシェアは6割を超える状況が続いている。米国をはじめ非OPEC産油国の増産でその不足の一部を賄えることから、100ドル超えの原油価格は長続きしないだろうが、日本では約40年前に堺屋太一が執筆した小説「油断」で描いた危機が現実になってしまうとの懸念が拭えない。戦後最大の石油危機勃発のリスクが高まる中、官民挙げてその備えを盤石にすべきである。
2017年12月22日 JBpressに掲載