OPEC総会よりも心配なサウジのメルトダウン
絵空事ではない原油供給ストップ、日本の備えは大丈夫か

藤 和彦
上席研究員

キーストンパイプライン(カナダからサウスダコダ州、オクラホマ州などを経てテキサス州へ輸送)の原油漏れ事故の影響で11月17日に1バレル=56ドル後半に上昇していた米WTI原油価格は、今週に入り11月20日に1バレル=56.09ドルへと反落した。買いポジションの手仕舞い売りの増加が下げを招いたことが要因だった(米商品先物取引委員会が17日に発表した建玉報告では、投機筋による原油先物の買い持ち高は過去最高だった)。

その後原油価格は1バレル=57ドル台に上昇しているが、市場では「11月30日のOPEC総会で主要産油国による協調減産が来年末まで延長される」ことが既に織り込まれており、OPEC総会の結果が期待外れに終われば「失望売り」が加わるのは確実である。

「ロシアが減産延長の判断を来年3月末まで留保する」ことを懸念する見方があるが、仮にロシアが11月末に決断しなくても、OPEC総会で減産期間の来年末までの延長がすんなりと決まるのではないだろうか。

大きな理由は、ベネズエラにおける原油生産の不調がここに来て好材料となっているからだ。

ベネズエラの原油生産量は、国営石油会社PDVSAの資金不足により、OPECが定めた生産目標を下回っている。10月の原油生産量は28年ぶりの低水準となり、OPECによれば今年の原油生産量は少なくとも日量25万バレル減少する見通しである。資金不足が早期に解決する見込みがないことから、来年さらに減少するのは確実な情勢だ。これに乗じてイラクなどが米国やインドへの原油輸出量を増加している(11月20日付ロイター)が、OPECの原油生産量が生産目標を上回るプレッシャーが弱まっていることから、OPEC総会ですんなりと減産期間の来年末までの延長が決まるのではないか。

減産期間延長でも原油価格は上昇しない?

ただし、減産期間の延長が決定されても原油価格は上昇しないだろう。新鮮味がないことに加え、米国のシェールオイルが増産基調にあることから、原油価格はむしろ下落する可能性が高い。

前週末の米国の石油掘削装置(リグ)稼働数は増減はなかった(738基)が、過半数のシェール企業が「売りヘッジ」により来年の原油価格を1バレル=約50ドルで確定していることから、シェールオイルの生産が今後も増加する見込みである。

需要サイドを見てみても好材料は乏しい。OPECは11月9日、「インドの原油需要量が2040年までに世界最大になる」との見通しを出したが、インドの足元の情勢は芳しくない。原油処理能力にボトルネックが生じ、インド企業のデフォルトリスクが過去最大になる(11月17日付NNA)などの悪材料が重なっており、当面の需要は弱含みであろう。

今年世界最大の原油輸入国となる可能性が高い中国も、10月の原油輸入量が日量約730万バレルと激減している(昨年の原油輸入量の日量平均約840万バレル)。国内の原油精製能力の過剰状態はますます深刻になっており、予断を許さない状態となっている。

国際エネルギー機関(IEA)も11月4日に発表した月報で「来年第1四半期に需給バランスが再び悪化する」との見方を示している。

にわかに勃発したサウジアラビアの政変

筆者は協調減産延長への期待から原油価格は1バレル=約50ドルの水準を保ち、これに地政学要因が加わって同55ドル超えの相場になっていると見ているが、今後は「地政学要因」がますます強まっていくのではないかと懸念している。

その原因がサウジアラビアであることは言うまでもない。

筆者は2年前からサウジアラビア情勢を心配していたが、このところのサウジアラビアの「ドタバタ劇」により日本でも危機意識が高まってきたようである。

11月18日付日本経済新聞は「サウジ政変 国王退位の影」と題する記事を1面トップに掲載し、その中で「サルマン国王はこの1カ月あまり不機嫌だった。生前に譲位する考えを周囲に打診したが、予想外に慎重な反応が返ってきた」と報じている。

(日本経済新聞の現地記者が連日配信しているレポートは非常に参考になっているが、残念ながら欧米のメディアに比べていまだ踏み込みが足りないと言わざるを得ない。)

9月頃からムハンマド皇太子への譲位が噂されていたが、障害となっているのは「ムハンマド皇太子が実施を決断したイエメンへの軍事侵攻」だと筆者は考えている。

ムハンマド皇太子が国防大臣に就任した直後の2015年3月に、サウジアラビアが主導するアラブ連合軍のイエメンの空爆が開始された。だが当初の目的であるイスラム教シーア派反政府組織フーシの勢力を駆逐することができず、軍事費が増大するばかりである。イエメンでは700万人以上の市民が飢餓の恐れに直面していることから、国連安全保障理事会がサウジアラビア政府に対して「イエメンの国境封鎖を解除せよ」との声明を出す始末である。サウジアラビアの国際社会からの評判は悪化する一方である。

ムハンマド皇太子が率いる国防軍(約10万人)はイエメン人傭兵を多数擁するなどの「アキレス腱」を抱えており、フーシ派を排除するための地上戦を展開できる状況にない。「戦果を挙げられずにイエメンへの軍事介入を止めれば、自らの権威が地に落ちる」と焦ったムハンマド皇太子は「国家警護隊」に頼らざるを得なくなったようだ。

国家警護隊は国防軍と同規模の兵力を擁し、古くからサウド家に仕える超エリート部隊であると言われている。遊牧民「ベドウィン」のラクダ部隊の伝統を受け継ぐ勇猛果敢な国家警護隊であればイエメンでの地上戦に耐えうる、と考えたムハンマド皇太子は、兵士投入用の輸送ヘリ「ブラックホーク」などを米国から購入するなど国家警護隊の能力拡大を急いでいた(「選択」2017年11月号)。

だが、泥沼化しているイエメンへの地上戦を、国家警護隊が引き受けるとは到底思えない。ムハンマド皇太子からの度重なる要請に反発した「国家警護隊をはじめとする軍部がクーデターを画策している」との噂も出ていた。

王族を含む約50人の政府関係者が逮捕されたのは、その矢先の11月4日だった。

拘束されたムトイブ前国家警備相は、独善的なムハンマド皇太子に批判的だったとされている。尋問中に軍による殴打や拷問を受け、現在は病院で治療を受けていると言われている(11月19日付時事通信)。

11月20日付ブルームバーグは、「サウジアラビア国防省関係者14人が違法な金融協定の締結に関与したとして逮捕されたが、情報筋は『イエメン戦争における軍司令官の作戦失敗が真の逮捕の理由である』と述べた」と報じている。ムハンマド皇太子と軍部との関係は悪化の一途を辿っているように思えてならない(軍関係者によるムハンマド皇太子暗殺未遂事件が起こったとの未確認情報もある)。

「濡れ手に粟」の喜びは束の間

当局は、逮捕された王子たちとの間で「『不正に得た』財産を放棄すれば釈放する」との合意を成立させたようだ(11月20日付ロイター)。逮捕された王子には、著名な投資家であるアルワリード王子も含まれており、サウジアラビア政府は、これにより最大1000億ドルの資産を確保できるのではないかとみられる。

原油価格は上昇しているものの、サウジアラビアの原油輸出量は約655万バレルにまで減少しているため、原油売却収入が伸び悩んでいる。また、ムハンマド氏が今年6月皇太子に就任した「ご祝儀」として、昨年6月に実施した公務員給与の削減を遡って撤回したため、国家財政は「火の車」だったはずである(今年10月「サウジアラビア政府は2000億ドルの外貨準備を取り崩した」との情報が流れていた)。

サウジアラビア財務省は「濡れ手に粟」だと喜んでいるかもしれないが、そうは問屋が卸さない。王族らが多数拘束された事件を契機に投資家が警戒感を強めているからだ(11月20日付日本経済新聞)。サウジアラビア国債への売り圧力が強まっていることから、今後、国際市場で国債を発行して資金調達を図ることが困難になる。

さらに「王子たちが保有している巨額の金塊が没収される」との噂が飛び交っており(11月20日付日本経済新聞)、疑心暗鬼となった王子たちが個人資産を海外に移転しようと躍起になっている。汚職逮捕劇はいつ収拾がつくのか予測できない状況だ。

ドイツ、米国、中国の反応

国民の関心を海外に逸らす目的のためか、サウジアラビア政府は最近レバノンにおけるイランの勢力拡大を声高に叫んでいる。これに対しドイツのガブリエル外務大臣は、11月17日、「サウジアラビア政府の挑発行為を欧州は黙って見ているわけにはいかない」と批判的なコメントを出した。

2015年12月、メルケル首相直轄の情報機関が「ムハンマド氏は中東地域のトラブルメーカーになる」とのレポートを国会議員に配布するなど、ドイツの政府関係者はムハンマド皇太子に対して警戒的だった。腹を立てたサウジアラビア政府は18日、駐ドイツ大使の召還を決定したが、ドイツのムハンマド皇太子への批判は強まるばかりだろう。

一方、米国のトランプ大統領は、王族らの汚職逮捕について即座に「支持する」と表明した。しかし、米国務省の元外交官は米フォーリンポリシー誌最新号に「サルマン国王と皇太子の親子に露骨に肩入れするトランプ大統領の無防備さが米国と中東の未来をリスクにさらした」と警告する内容の論文を投稿している。米CIAは、アルカイダ掃討作戦の戦友だったナイーフ前皇太子を今年6月に解任したことに激怒していると言われている。

このような情勢下で中国外務省は11月16日、「習近平国家主席はサウジアラビアのサルマン国王を支持する」旨を電話で表明したことを明らかにした。サウジアラビア政府高官は10月30日、「核開発計画の一環としてウラン濃縮に着手する」意向を明らかにしている。中国はサウジアラビアに独自の原子炉を売り込むなど、最大のサポート役となる可能性が高い。

国王就任を強行すると何が起きるのか

11月に入りサルマン国王は皇太子への譲位に理解を求めるために、実弟であるアハマド王子を呼び出した。そうした異例の行動があったため、汚職逮捕劇後に「48時間以内に王位継承が行われる」との憶測が流れた。だが、その予想は再び外れた。

王位継承が行われなかったのは、「イエメン」問題をはじめムハンマド皇太子がこれまでの失政を反省する姿勢を示さないからではないだろうか。

ムハンマド皇太子は国内では数千人に及ぶ王族の大半を敵に回し、海外では「核疑惑」を含め欧米の情報機関から問題視されている。そんな皇太子が国王就任を強行すれば国内で内乱が勃発する、との懸念は「杞憂」ではなくなっている。そうなれば原油価格は1バレル=100ドルを超え、最悪の場合、サウジアラビアからの原油供給がストップすることもありうる。日本はその備えが万全だろうか。

2017年11月24日 JBpressに掲載

2017年12月7日掲載

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