8月末のハリケーン「ハービー」襲来以来、原油市場は強気ムードに転じ、9月26日に米WTI原油先物価格は1バレル=52ドルを突破した。だが、その後下落に転じ、10月4日には9月20日以来2週ぶりに節目の同50ドルを下回った(その後OPECなどが原油需要見通しを上方修正したことで原油価格は1バレル=51ドル台に上昇した)。
価格下落の要因としては、ハリケーン襲来で操業停止していた製油所の稼働率が通常の水準に戻ったことに加え、米エネルギー省が10月4日に発表した9月最終週の米国の原油輸出量が日量平均198万バレルと前年比4.5倍になった(前週比同49万バレル増)ことのインパクトが大きかった(日量約200万バレルの原油輸出量はイランのそれとほぼ同じ規模である)。
「ハービー」襲来直前の米国の原油輸出量は日量平均100万バレル前後だったが、製油所停止による国内需要の減少と、WTI原油先物価格に比べブレント原油先物がバレル当たり6ドル以上も割高となっていたことで、欧州地域を中心に米国産原油の輸出が急拡大した。夏場のドライブシーズンの終了でガソリン需要が減少し、米国の原油需要量が減少し始めていることから、米国の原油輸出量はしばらくの間、高水準で推移する可能性がある。
OPEC加盟11カ国の9月の減産量が日量平均104万バレルであるのに対し、直近2週間の米国の原油輸出量は日量平均106万バレル増加している(10月5日付ブルームバーグ)。これを受けて市場関係者の間からは、「OPECやロシアによる減産努力にもかかわらず、世界の原油供給が潤沢である」というため息が漏れた(10月5日付ロイター)。
米国の原油輸入量も記録的な低水準となっている。米国の原油輸入量はこのところ日量平均約800万バレルの水準だったが、9月に入るとハリケーンの影響で同570万バレルと21世紀に入ってからの過去最低水準となり、9月末には同520万バレルにまで落ち込んだ。ハリケーンの影響が沈静化すれば原油輸入量は若干増加するだろうが、原油の輸入依存度が4割から3割未満にまで低下したことで、米国のエネルギー安全保障政策、特に中東政策のフリーハンドが拡大するのは間違いない。
中国で原油在庫が積み上がり輸入にブレーキ
世界の原油市場について、国際エネルギー機関(IEA)は「需給バランスは大きく改善した」としていたが、9月29日、「米国でのシェールオイルの増産見通しや、中国の原油輸入に関する不透明感を背景に、2018年のOECD加盟国の原油在庫が増加する可能性がある」としてこれまでの見方を変更した。
米国の石油掘削装置(リグ)稼働数は750基程度と安定しているが、来年のシェールオイルの生産量は日量110万バレルと大幅増加すると見込んでいる。
また、注目すべきは「中国の今年の原油輸入規模をみる限り、原油在庫はかなり積み上がっているとみられ、今年に入り順調に減少してきたOECD加盟国の原油在庫は今後6〜9カ月間で再び増加に転じる可能性がある」とするコメントである。
中国の今年上半期の原油輸入量は日量平均855万バレルとなり、米国を抜き世界一の原油輸入国となったが、その後7月は同818万バレル、8月は同800万バレルと減少傾向にある。原油在庫が積み上がっているため、輸入にブレーキがかかっているとみられる。
また、中国政府は9月28日、「2019年に自動車メーカーに対し10%の新エネルギー車の製造・販売を義務付ける」規則を導入すると発表しており、上半期に低迷したガソリンや軽油の需要が回復する見込みは低いと言わざるを得ない。
10月18日に開催される共産党大会後に中国経済が急減速する懸念がますます高まっているが、経済のハードランディングが生じなくても、中国の原油輸入量の減少が続き、同国での在庫増加が抑制されれば、行き場を失った原油がOECD加盟国内に滞留し、中国に代わって在庫を積み上げることになるだろう。
最近まで原油価格の先行きについて強気だったヘッジファンドをはじめとする投資家の間では、再び弱気モードが生じつつある(10月9日付ZeroHedge)。独立系石油商社であるトラフィギュラは9月末に「軟調な原油価格が続き時期は需要拡大と供給縮小で終わりを迎えつつある」との見解を示していた(9月26日付ブルームバーグ)。これに対し同業他社であるビトルのテイラーCEOは10月5日の英王立国際問題研究所のイベントで「世界的に電気自動車への移行など化石燃料離れが加速していることから石油業界は衰退していく」「原油需要は2028〜2030年頃にピークを迎える」という極めて悲観的な見方を示した。
サウジとロシアが減産延長について協議
このような情勢の中で足元の原油市場は「OPECをはじめとする主要産油国の減産が来年3月以降も延長されるかどうか」に関心が集中している。現在の原油価格の水準には減産延長の決定が織り込まれている。そのため、11月のOPEC総会で減産延長が決定されなければ原油価格が大幅に下落するリスクが生じている。
OPECのバルキンド事務局長は10月8日、「産油国は供給過剰気味の市場を再び需給均衡へ向かわせることに成功しつつあるが、この回復を来年も維持していくにはさらなる措置が必要となる可能性がある」として、来年3月までの減産合意の延長について協議を行っているサウジアラビアとロシアの両国首脳の直接対話に期待感を示した。
10月4日夜、サウジアラビアのサルマン国王はロシアを訪問した。サウジアラビア国王がロシアを訪問するのは歴史上初めてである。プーチン大統領がサルマン国王との会談の前に「主要産油国の減産合意は2018年末まで延長される可能性がある」と示唆すると、サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は「合意があれば2018年末まで減産を延長する準備がある」と前向きに応じた。そして5日、サルマン国王とプーチン大統領は会談し、「世界の原油市場の安定に向けロシアとの協力を継続する」と表明した。
サウジアラムコ(サウジアラビアの国営石油会社)上場の成功を悲願とするサウジアラビア政府は、原油価格の上昇のために、世界の原油市場における同国のシェアが縮小しようが、今年の上半期の経済成長率がマイナスになろうがお構いなしに、合意された原油の減産をひたすら遵守している(国の政策に経営が左右される国益会社の上場を制限している米国の反トラスト法の抵触を避けるため、サウジアラビアはOPECから離脱するのではないかとの憶測もある)。IMFは10月5日、サウジアラビア政府に対し「改革を闇雲に急ぐべきではない」との異例の声明を出したが、サウジアラビア政府は11月の原油輸出量を前年に比べ日量平均56万バレル削減し同715万バレルにすることを決定するなどその姿勢を変えていない。
米国に背いてロシアから防空システム購入
サウジアラビアとロシアの間では、「原油価格安定のための協調」の他、2国間の経済協力の拡大について様々な取り決めがなされた。中でも武器取引に関する合意、すなわちサウジアラビアがロシアからS-400防空システムを購入することに世界の関心が集まった。
S-400防空システムの射程距離は米パトリオットミサイルシステムの2倍以上を誇り、400キロメートル先の6つの目標を同時に処理する能力を有するとされている。サウジアラビアは中国、インド、トルコに続いて4番目の供給国になる可能性が高い(4つのS-400防空システムの購入額は約20億ドル)。
しかし、サウジアラビアのS-400防空システム購入に対して、米国防総省は、米国による湾岸地域のミサイル防衛網の構築に齟齬をきたす恐れがあることから、懸念の意を表明した(10月6日付露スプートニク)。
長年の同盟国である米国の意向に背いてまでS-400防空システムの購入にサウジアラビア政府が踏み切った理由として、ロシア側が同システムに関する技術移転と現地生産を認めたことが挙げられている。「ビジョン2030」(ムハンマド皇太子が主導する経済改革)の主要目標の1つ「国内軍需産業の育成とそれによる雇用の創出」の達成に向けて大きな追い風となることから、ムハンマド皇太子にとって極めて魅力的な取引であったことが想像できる。
今年5月にトランプ大統領がサウジアラビアを訪問した際、サウジアラビア政府は米国史上最大規模となる1097億ドルの武器購入に合意した。ロシアからの防空システム購入の報を受けるやいなや、米国務省は5月の武器合意の一部である地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の売却(総額150億ドル)を決定した。
それでもロシアからの武器購入を決定した背景には、欧米諸国の中東地域への影響力低下に加え、人道問題などを理由に武器移転を躊躇する欧米諸国への不信があるのだろう(10月5日、国連はイエメンで戦闘を行っているサウジアラビア主導の有志連合を「子供たちを殺害している」としてブラックリストに追加した)。
サウジアラビアにとってロシアはソ連時代「『無神論』を掲げる不倶戴天の仇敵」であり、直近ではシリア情勢を巡っても激しく対立してきた。その両国が接近した背景には様々な思惑が見え隠れするが、両国が握手したことにより、「ロシアが米国に代わり中東地域のバランサーになる」との見方が浮上している(10月7日付OILPRICE)。
米情報機関がムハンマド皇太子を排除?
9月26日、サルマン国王が「女性による車の運転を来年6月に解禁する」旨の勅令を発表した。それを受けて日本では「サウジアラビア国内で開明的な動きが進んでいる」との印象が強まっている。だが、「国王は宗教保守派の逆鱗に触れ、サウジアラビアのみならず中東地域全体に混乱が広がる懸念が高まっている」との指摘もある(10月2日付ZeroHedge)。
サウド家はイスラム・スンニ保守派であるワッハーブ派の「お墨付き」によりサウジアラビア国内を統治してきたが、改革の障害となっているワッハーブ派の宗教指導者への弾圧の動きを強めている。この行為はサウド家自身の国内統治の正統性を大きく揺るがせる劇薬でもある。
トランプ・ファミリーとの蜜月ぶりをアピールするムハンマド皇太子の権勢を嫌う米情報機関が「ムハンマド皇太子がさらなる独断専行を進めれば同氏を排除する」との憶測も出始めている(10月2日付ZeroHedge)。そうなれば中東地域は大混乱に陥り、世界の原油供給に大きな障害が生じるリスクが高い。にわかには信じがたい話だが、原油供給における対外依存度が格段に低下した米国にとってありえない選択肢ではなくなっているのではないだろうか。
「米国がサウジアラビアを見捨てる日が来る」との前提でエネルギー政策の大転換に着手しなければならない時期に来ているのかもしれない。
2017年10月13日 JBpressに掲載