7月3日の米WTI原油先物価格は8日連続で上昇し、1バレル=47.07ドルで引けた。先週米国でガソリン在庫が減少したことに加え、稼働中の石油装置(リグ)が1月以降初めて減少し(758→756基)、原油生産量も昨年8月以降で初の減少を記録した(日量935万→925万バレル)ことが買い材料となった。
このところ下落を続けていた原油市場で「米国の生産増」がいかに大きな重しになっていたことが明らかになった形である。
だが、この強気材料では上げ相場は長続きしないだろう(「ロシアが減産幅拡大に否定的だ」と報じられると、原油価格は1バレル=45ドル台に下落した)。
第1に、リグ稼働数と原油生産量が減少した最大の要因は、熱帯低気圧(シンディ)が先週米国最大の原油生産地域であるメキシコ湾岸を襲ったことによるものだった。現地では順調に生産が回復しており、この影響はすぐに消えるだろう。
また、ガソリン価格が2005年以降最低水準で推移しているにもかかわらず、米国のガソリン需要はトランプ政権の「悪政(後述)」のせいで盛り上がりを見せていない。今年上期の自動車販売台数も8年ぶりにマイナスとなった。
悪材料が積み重なる原油市場
そもそも原油市場を巡るファンダメンタルズは、一向に改善していない。
米国の原油生産ではシェールオイルばかりが注目されてきたが、今後の供給増要因で最も心配すべきは、メキシコ湾の海底油田の生産が加速していることである(6月24日付「日本経済新聞」)。海底油田開発は、シェールオイルと異なり、価格水準に応じて頻繁に生産を止めることができない。そのため、原油価格が40ドル割れしても生産が増加し続ける可能性が高い。
OPECは、6月の原油生産量が今年最高となった(日量3255万バレル)(7月4日付ブルームバーグ)。注目すべきは減産の適用除外となっているリビアやナイジェリアの増産に加えて、サウジアラビア(同9万バレル)やアラブ首長国連邦(同4万バレル)も増産に転じていることである。
米FRBの利上げなどによる保管コストの上昇で今年上半期に再び増加したタンカーの洋上備蓄の取り崩しも始まっている(7月1日付日本経済新聞)。
悪材料が積み重なる状況下で世界の原油市場の均衡を回復するため、米ゴールドマン・サックスは「OPECは減産を拡大すべきである」と指摘している。だが、7月24日にロシアで開催される主要産油国による減産遵守監視委員会で「減産幅を拡大する」との決定が成される可能性は前述したとおりゼロに近い情勢である。
「エネルギー覇権」確立を目指すトランプ政権
話題を米国のトランプ政権に移すと、大手メディアとの確執は深まるばかりだが、エネルギー政策については自信を持ち始めているようだ。
トランプ大統領は6月29日、米エネルギー省で演説し、「米国が中東産原油など海外のエネルギーに依存した結果、エネルギーが『経済兵器』となって弱みを握られてきた」という現状認識を示し、その上で「シェールオイルなどの生産を規制緩和などにより拡大し、米国を『エネルギー純輸出国』へ転換させ、輸出拡大により世界の『エネルギー覇権』を握ることを目指す」と表明した。
エネルギー版の「アメリカ・ファースト」である。だが、果たしてそれは可能だろうか。
シェールオイルをはじめとする米国の原油輸出量は、2015年1月の輸出解禁以降、着実に増加し、日量60万バレルの水準に達している。この規模はサウジアラビアの輸出量(日量約700万バレル)には遠く及ばないが、OPEC加盟国のリビアやアルジェリアなどの輸出量を超えている。輸出先についても、輸出解禁以前は例外扱いだったカナダへの輸出が9割以上を占めていたが、カナダのシェアは6割以下に低下し、多様化が進んでいる。
一方、輸入だが、国内の原油生産が急激に増加したとはいえ、輸入量は日量約800万バレルであり、そのうちOPEC加盟国からは同約300万バレル輸入している。米国だけで限ってみれば、原油の「完全自給」にはほど遠い状況である。
とはいえ、南北米州大陸まで範囲を拡大すれば、カナダ(オイルサンド)やブラジル(深海油田)の増産が見込まれていることから、「原油の完全自給はいずれ達成できる」との楽観論が高まっていることは間違いないだろう。
移民の取り締まり強化でガソリン需要が低迷
米国の「エネルギー覇権」確立にはシェールオイルの増産が不可欠である。だが、ここに来て「大きな落とし穴」があったことが明らかになっている。
それは、「トランプ政権が移民の取り締まりを強化していることで、不法移民が車の運転を控えガソリン需要が伸び悩んでいる」というものである(6月22日付「ブルームバーグ」)。
シェールオイルが今後とも順調に増産するためには、1バレル=50ドルの原油価格が必要である。原油価格がその水準まで上昇するためには、ガソリン需要の増加が不可欠となる。しかし、ドライブシーズンに入ってもなかなかガソリン需要が伸びてこない。
トランプ大統領が就任した1月以降、地方の警察が必要な証明書類を持たない移民を見つけ、国外退去処分とするケースが増加している。それに伴い、取り締まりを回避するために自動車を利用しない移民が増えていると言われている。その最たる証拠は、トランプ大統領が就任した週のガソリン需要が前年比5%近く落ちていることである。英バークレイズは「この理由(移民の取り締まり強化)だけで1月〜4月のガソリン需要は最大0.8%減少した」と推計している。ドライブシーズンに入り、今後ますますその傾向が鮮明になっていくのではないだろうか。
これが事実だとすれば、トランプ大統領が「エネルギー覇権」を確立するためには、1100万人にも上る不法移民に対する取り締まりを緩めるしかない。
中東は混乱している方が好都合?
トランプ大統領が中東地域に対する関心を下げていることも気にかかる。
トランプ大統領は5月にサウジアラビアを訪問し、オバマ政権下で冷え込んでいた両国関係が回復したと言われている。しかし内実は、サルマン家内で王位継承を目論む親子の「大盤振る舞い」を前に、ビジネスマンであるトランプ大統領が貢ぎ物に対してリップサービスをしたということに過ぎないようだ。
石油危機以降、歴代の米国の大統領は中東地域の安定のために細心の注意を払いながら外交を行ってきた。だが、中東地域からの原油依存脱却を図ろうとするトランプ大統領にとって、中東地域はむしろ少しばかり混乱した方が良いと考えていてもおかしくない。
トランプ大統領の訪問以降、6月に入りサウジアラビアは湾岸協力国(GCC)の1つであるカタールに対して一方的に断交する「暴挙」に出た。当初、トランプ大統領はサウジアラビアのこの行動に理解を示していた。その後、紛争が長期化する様相を示したためトランプ大統領は仲介の労を示す構えを見せ始めているが、カタールが米国のことを「中立的な第三者」とみなすことはもはや困難である。
暗雲が漂うサウジアラビアの「行く末」
中東情勢の地政学リスクの高まりが今後原油価格に反映されるとの見方が高まる中で、筆者が最も心配しているのは、やはりサウジアラビアの「行く末」である。
今年第1四半期のサウジアラビアのGDPは0.5%減となり、2009年以来のマイナス成長となった。原油生産量を減産合意に従い日量1006万バレルから980万バレルに減少するとともに、非石油分野の成長も芳しくなかったからである。経済の減速は年後半に向けてさらに強まる可能性がある(6月30日付ブルームバーグ)。
外貨準備の減少にも歯止めがかからない。2014年8月に7370億ドルに達した外貨準備は、原油安により発生した巨額の財政赤字を穴埋めするため、今年4月には5000億ドルを割ってしまった。昨年約700億ドルに上った財政赤字を今年約530億ドルにまで減少させる計画だが、頼みの原油価格が昨年の原油価格に接近しているため収入の見込みが大幅に減少する可能性が高い。
加えて、6月21日の新皇太子任命に関連する施策で、サウジアラビアの労働者の3分の2を占める公務員の給料カットを遡って撤回しており、今年も外貨準備が大幅に減少するだろう。「減ったとはいえ、まだ4年分の輸入額に相当する外貨準備があるから大丈夫」との見方が一般的だが、残っている外貨準備のうち相当額が換金性の低い物件に投資されているとの観測がある。サウジアラビア通貨リヤル売りの圧力が再び高まることも否定できない。
日本では報道されていないが、「ニューヨークタイムズ」(6月28日付)の記事は衝撃的だった。内容は、「皇太子を解任されたナイフ氏がジッダの宮殿に幽閉されている」というものだ(サウジアラビア政府は即座にこの記事を否定している)。
「国王〜皇太子の親子での権力承継を、今回限りにする」ことを基本法を改正して定めるなど、ムハンマド皇太子の就任は円滑に進んだとされてきたが、ムハンマド皇太子が国王になるためには、なお強力な反対勢力(アブドラ前国王の息子たちなど)との戦いに勝利しなければならないようだ(6月29日付「ZeroHedge」)。
新皇太子が副皇太子に着任した2015年4月の原油価格は1バレル=65ドル強だった。原油価格はその後一度もその水準に回復していない。
新皇太子が目指すサウジアラムコの上場のためにも、自らが祝福されて国王になるためにも、原油価格の上昇が不可欠である。しかし、これが実現できるのは「サウジアラビア内での内戦勃発でしかない」(6月29日付「ZeroHedge」)のだとしたら、あまりに皮肉である。
2017年7月7日 JBpressに掲載