原油市場に「暴落」の兆し、防ぐ手段はあるのか
地政学リスク上昇も「後の祭り」か

藤 和彦
上席研究員

6月19日の米WTI原油先物価格は、前週末比0.54ドル安の1バレル=44.20ドルと7カ月ぶりの安値に低下した。「主要産油国の減産幅拡大の協議に入った」「米国の在庫が減少した」との報道があったのにもかかわらず、21日の原油価格は続落し、10カ月ぶりの安値を付けた(同42.05ドル)。

直接的な要因となったのは、リビアと米国の生産増への警戒感である。

OPECが6月13日に公表した月報によれば、減産が適用除外されているナイジェリア(17万バレル)とリビア(18万バレル)の生産量が増加したため、OPEC全体の5月の原油生産量は日量33.6万バレルの増加となった。1日当たりの生産量が80万バレルに達したリビアは7月末までに100万バレルを超える見通しである。

また、6月16日に米石油サービス会社ベーカーヒューズが発表した稼働中の石油掘削装置(リグ)は前週比6基増の747基となり、22週連続の増加となった。米国の7月のシェールオイルの生産量は日量約548万バレルとなり、2015年3月の546万バレルを超え、過去最高となる見込みである(米エネルギー省)。

伸び悩む米国のガソリン需要

原油価格は、「減産延長の決定」を行ったOPEC総会(5月25日)をピークに下落を続け、週間ベースでは2015年8月以来で最長の4週連続安となっている。その大きな原因は、減産にもかかわらず在庫が高い水準にあるため市場関係者が強気になれないからである。

米国では、6月に入りガソリン在庫に異変が生じている。ドライブシーズンが始まっているにもかかわらず、ガソリン在庫が2週連続で増加しているのだ。ガソリン在庫は2億4200万バレルに達し、過去5年平均と比べてかなり高い水準にある。5月末まで拡大していたガソリン需要が6月に入ってから伸び悩むのは、2001年以来の現象である。

米国のガソリン需要が変調をきたしているのは、サブプライム自動車ローンの焦げ付き増加で新車販売が低調であることに加え、実質賃金が伸びない中で米国の消費を支えてきた消費者ローンの「蛇口」を金融機関が締め始めているからだろう(家計の債務残高がリーマンショック前のピークを上回っている)。トランプ政権の取締り強化で運転を控える不法移民が増加しているのがその要因であるとの観測もある(6月21日付ZeroHedge)。

シェールも在来型も在庫拡大の可能性

原油在庫の高止まり傾向は、今後も続くのだろうか。

米国の原油在庫を地区別に見てみると、2014年以降、急激に増加したのはメキシコ湾岸(1.7億→2.8億バレル)と中西部(0.8→1.6億バレル)である。

メキシコ湾岸の在庫が増加した理由は、同地区の原油(シェールオイル)生産が増加したためである。

メキシコ湾岸の原油生産量は日量約600万バレルと米国全体の約6割を占めるが、その内訳はパーミアン鉱区などのシェールオイル(約60%)、メキシコ湾の在来型(約30%)。WTI原油(在来型、約10%)である。

シェールオイルは1バレル=50ドルで収支のバランスをとっており(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)、原油価格が40ドルに下落すればシェール企業のリグ稼働数の伸びが止まる可能性が指摘されている(6月14日付ブルームバーグ)。

しかし増産はなかなか止まらないだろう。リグ稼働数の増加と生産量の増加の間には半年程度のラグがあるため、今後半年間は増勢が続くからである。

さらに、「待機井戸(DuC)」の存在がある。DuCとは地面深く掘ったもののフラッキングを行っていない未完成の油井のことを指し、その数は米国全体で約5500基と増大している(日量約40万バレルの生産能力を有する)。

DuCに関する井戸掘削費は既に経費として処理されており、シェール企業がDuCを完成させる費用は1バレル当たり約20ドルと格安である(フラッキング関連費用のみ)。直近1年間にシェール企業の増産を支えた主な資金調達手段はジャンク債の発行とプライベートエクイティからの投資である(6月19日付ZeroHedge)が、新たな資金提供者は短期での利益追求の傾向が強いため、原油価格が1バレル=30ドル割れし赤字操業の状態になっても、ぎりぎりまで生産を続けるのではないだろうか。

増産を続けるのはシェールオイルだけではない。メキシコ湾の在来型原油も、シェールオイル採掘技術であるフラッキング技術の導入でコストダウンが見込まれ、今後増産される可能性が高い。メキシコ湾岸の原油在庫は、今後減少するどころか増加する可能性すらあるのだ。

一方、中西部の原油在庫が増加している要因は、カナダからの輸入増である。輸入量は2014年の日量約200万バレルから約300万バレルに拡大している。最近の原油安で停滞していたオイルサンドの生産がコストダウンに成功したことにより、今後3年間の生産量が急増するとの見通しが出ている。これにより中西部の原油在庫は再び増勢に転じる可能性がある。

サウジアラビアは米国の原油在庫を減少させるため、7月の米国への輸出量を過去30年で最低の水準にする(通常の水準に比べ日量30万バレル減の約85万バレル)ことを決定した。しかしイラクが米国の輸出を増加させており(6月は日量110万バレル)、サウジアラビアの懸命の努力が徒労に終わる懸念が生じている。

市場関係者のセンチメントは悪化の一途

以上のとおり米国の原油在庫がなかなか減少しない中、6月半ばからファンドの「売り」が目立ち始めるなど市場関係者のセンチメントは悪化するばかりである。

2014年の原油価格下落を的確に予測した専門家は、「OPECは在庫を減らすために、減産幅を90日間に限ってさらに日量100万バレル拡大すべきだった。主要産油国は千載一遇のチャンスを逃した」として、原油価格の上昇はありえないとの口ぶりである(6月16日付ブルームバーグ)。

関係者の間で重苦しい空気が広がる最中の6月13日、金融情報サイトのZeroHedgeは「原油市場で2014年9月以来初めて『デスクロス(Death Cross)』が現れた」と報じた。「デスクロス」とはチャート分析の用語であり、「50日移動平行線が上から下へ200日移動平均線を交差した点」を指すが、デスクロスの出現は相場が「弱気入り」を示すとされる。原油市場では6月20日に「弱気相場入りした」との認識が広まったが、足元の原油価格と200日移動平均線の乖離は広がり続けており、「暴落」のリスクが高まっている。

2014年9月当時の原油価格は1バレル=93ドルだったが、その後、弱気相場入りし、同年11月のOPEC総会で「減産見送り」が決定されると、原油価格は2015年1月に同48ドルに半減した。

現在の原油市場は、「ロボトレーダー」(コンピュータがアルゴリズムに従って市場の動きに高速で反応し自動で売買注文を繰り返す)が支配しているが、「その動きは市場関係者が予想も付かない激しい動きをする」と言われている(6月14日付ZeroHedge)。今年11月のOPEC総会で「減産幅の拡大」が決定されなければ、原油価格は30ドル以下に急落するのではないだろうか(6月15日付OILPRICE)。

「地政学リスク」は万能ではない

原油価格上昇の材料が枯渇しつつある中、それでも価格上昇を期待する関係者にとっての「最後の望み」は、中東湾岸地域の地政学リスクの上昇である。

6月頭にサウジアラビアなどが「テロ組織を支援している」としてカタールを一方的に断交したが、現在に至るまで混乱収拾の兆しが見えない状況にある。域内の対立発生時に仲介役を果たしていた米国のトランプ大統領がサウジアラビアへの肩入れを鮮明にしていることが問題の解決を困難にしている。また、トルコがカタールを擁護し、イランが食料の空輸で支援するなど、中東地域を二分する形で対立の構図が広がりつつある。

イランの影響力を削ぐことを目的としたサウジアラビアの突然の行動は、国際的な理解をほとんど得られなかった。むしろ、カタールがイランに接近したことで、結果的にイランの影響力が拡大させる結果となっている。

6月21日、サウジアラビアのムハンマド副皇太子が皇太子に昇格し名実ともに権力基盤を確立したが、原油価格下落による国内の不満をそらすためにイランとの対立をエスカレートさせるのは時間の問題であろう。これにより中東地域全体で地政学リスクが上昇し、原油価格を押し上げる可能性があるというわけだ。

しかし筆者は、イラン・イラク戦争の前例から地政学リスクは万能ではないと考えている。

イラン・イラク戦争は当時のOPEC生産量第2位と第3位のイラクの間で紛争が生じたため、両国合わせて日量560万バレルの原油供給が削減された(当時の世界の原油供給の8.6%)。ペルシャ湾では400隻以上のタンカーが攻撃され、300名以上の乗組員が命を落とすなど両国の間でタンカー攻撃が相次いだが、逆オイルショックで急落した原油価格は高騰することなく、2004年頃まで1バレル=20ドル前後で推移した。

デスクロスが現れた原油市場で原油価格が再暴落すれば、オイルマネーの劇的な縮小により世界の金融市場が変調をきたすのは間違いない。そうなれば地政学リスクが上昇しても「後の祭り」で、原油価格は高騰しないのではないだろうか。

2016年2月に1バレル=26ドルの安値を付けて以降、原油価格は主要産油国の「減産」期待だけで回復してきた。だが、シェール革命により世界の原油市場のファンダメンタルズが「不足」から「過剰」に転じた現在、価格を再び上昇させる「特効薬」はもはや残っていないのではないだろうか。

2017年6月23日 JBpressに掲載

2017年6月30日掲載

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