5月25日のOPEC総会以降、産油国の期待に反して原油価格は低迷している。
6月5日の米WTI原油先物価格は、中東の地政学リスクの高まりにもかかわらず、前週末比0.26ドル安の1バレル=47.4ドルに下落した。
「カタールと断交」の影響は?
サウジアラビア、エジプト、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンの4カ国は6月5日、「ムスリム同胞団などのテロ組織を支援した」ことを理由に挙げ、カタールと国交を断絶すると発表した(その後、イエメンとモルディブが加わった)。
カタールはOPEC加盟国の一員であり、世界最大のLNG消費国である日本はカタール産の天然ガスに大きく依存している。
断交の背景には、イランとの関係を模索するカタールの外交姿勢もあるとされている。このニュースが配信されると、「中東諸国の関係が緊迫化し原油供給が減少する」として原油価格は1.6%上昇した。だが、カタールからの原油供給に影響がないと分かると「むしろOPEC加盟国の間で協調減産に対する足並みがそろわなくなる」との懸念が浮上し、原油需給が緩んだ状態が続くとの見方が大勢を占めた。
米エネルギー省が6月7日に発表した統計で原油在庫とガソリン在庫が予想外に増加したことが判明したことから、原油価格は1バレル=45ドル台に急落した。
効果が薄いサウジの「戦力の逐次投入」
産油国、特にサウジアラビアは、協調減産を来年3月まで延長しても原油市場における供給過剰感を払拭できない状況に頭を悩ませている。
協調減産にもかかわらず米国の原油在庫が予想通り減少しないことから、サウジアラビアは米国への原油輸出を減少させることを決定した(5月26日付ブルームバーグ)。サウジアラビアは米国への原油輸出第2位(日量約140万バレル。第1位は同約170万バレルのカナダ)であるが、今月以降、その輸出量を日量100万バレル以下にする。ドライブシーズン入りした米国の原油在庫の減少を加速させる狙いである。
このところ米国の原油在庫は原油価格に大きな影響を与えてきた。しかし、5月最終週に米国の原油在庫が大幅に減少したのにもかかわらず、原油価格は下落した。その要因については後述するが、サウジアラビアの「ピンポイント攻撃」が効を奏するとは思えない。
サウジアラビアが次に講じたのはロシアとの「歴史的接近」である(6月3日付ロイター)。両国は原油政策に関して長年対立してきたが、6月1日にサウジアラビアでロシア国営石油会社ロスネフチのイゴール・セチンCEOとサウジアラビア国営石油会社サウジアラムコのアミン・ナセルCEOが、アジア市場での協力関係の可能性など幅広い分野で協議を行った。
しかし、その後がいけなかった。ロシア側からの不協和音が相次いだからだ。
まず1日、ロシアのオレスキン経済発展相は「原油価格は1〜2年以内に大幅な下落する可能性があるが、ロシアは1バレル当たり40ドル以下の原油価格水準でも永遠に行き残る準備ができている」と発言した(6月2日付ブルームバーグ)。サウジアラビアとの会談に出席したセチン氏も追い打ちをかけた。協調減産への参加に消極的であり最終的に政府の決断にしぶしぶ従った同氏は、2日、サンクトペテルブルグ国際経済フォーラムで「シェールオイルの生産は2018年に日量約150万バレル増加する」との予想を明らかにしたのだ。セチン氏のこの発言により、市場関係者の間で協調減産延長の効果に対する懐疑的な見方が強まった。
サウジアラビアはさらに「OPEC加盟国と非加盟の産油国は、11月に減産幅拡大について検討する可能性がある(ファリハ・エネルギー産業鉱物資源相)としている(6月2日付タス通信)」。だが、「戦力の逐次投入」では勝算が薄いのではないだろうか。
メキシコ湾海底油田がシェール増産鈍化を帳消しに?
OPECをはじめとする主要産油国を追い詰めているシェール企業の状況はどうだろうか。米石油サービス会社ベーカーヒューズによれば、6月2日時点の掘削装置(リグ)稼働数は前週比11基増の733基と7週ぶりの2桁増となった。ただし、主要鉱区で掘削設備当たりの原油生産量の減少傾向が鮮明になるなど生産性の改善が鈍化し始め(5月29日付日本経済新聞)、シェール企業の増勢に陰りが見えてきている。
ところが一方で、フラッキング技術を海底油田開発に応用しようとする動きも活発化してきており、これによりメキシコ湾での開発コストが1バレル当たり40ドルにまで低下すると言われている(5月2日付OILPRICE)。メキシコ湾の海底油田が増産すると、サウジアラビアの輸出減少、シェールオイルの増産鈍化が帳消しとなり、米国の原油在庫は減らないかもしれない。
このように供給サイドの動きを見ると、原油価格が上昇する要素は少ないと言わざるを得ない。
中国金融当局の動きに要注意
さらにここに来て、「今後の原油価格に影響を与えるのはOPECではなく中国だ」として需要サイドへの関心が高まっている(5月24日付OILPRICE)。
関心の的は中国の「戦略石油備蓄」(SPR)である。2014年以降、世界の原油在庫は約9億バレル増加したが、その3分の1以上が中国のSPRに「吸い込まれた」とされている(米国の原油在庫の増加より大きい)。原油安を利用して大量の原油を飲み込んできた中国だが、4月以降、施設容量の限界などから原油積み増しのペースが鈍化している(3月は日量160万バレルだったが、4月は136万バレル)。
さらに見逃せないのは中国当局の金融引き締め策である。
中国銀行業監督管理委員会は3月末よりインターバンク取引の抑制をはじめとする銀行に対する規制強化を立て続けに打ち出している。シャドーバンキングの急拡大によるリスク拡大に対処するためだが、銀行がインターバンク取引の縮小に向かった結果、国内の金融市場において流動性不足が深刻化するなどの副作用が生じている。一例を挙げれば、中国最大の検索エンジン提供企業である百度が「シャドーバンキングとの取引の多さからデフォルトの危機にある」と噂されている(5月31日付ZeroHedge)。
米格付け会社ムーディーズが5月24日に中国の格付けを引き下げたことも「泣き面に蜂」だった。資金の海外流出を抑えるため金融当局はやむなくさらなる強硬策を採らざるを得なくなったからである。具体的には、6月1日、オフショア人民元の香港銀行間取引金利翌日物の金利を約43%と急上昇させた。これにより世界の金融市場で元資金が「払底」することになった。
6月1日、トランプ米大統領が地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」から離脱すると表明すると、「米石油企業が増産しやすくなる」との観測から原油価格は一時1バレル=46ドル台に急落した。だが筆者は、原油価格急落の原因は、前述した中国の金融要因にあると見ている。
米WTI原油先物市場におけるネット・ロング(買いと売りの差分)件数が2010年以降10万枚から30万枚以上と急拡大しているが、この動きは中国の原油輸入量の拡大の動き(1150万トン→3500万トン)と相関性が高いという分析がある(5月30日付ZeroHedge)。
2014年後半の原油価格の急落は、金融面では米FRBの量的緩和の縮小によるところが大きかった。中国は2014年後半以降、米FRBに代わって世界の金融市場に流動性を供給してきており、現在は原油先物市場におけるチャイナマネーのプレゼンスが飛躍的に高まったとされる。引き締めを加速させている中国金融当局の動きには要注意だろう。
中国の実体経済は減税措置の終了から自動車販売が急減速している。また、中国メディアによれば5月の北京市の中古不動産の取引価格が前月に比べて最大20%下落している。
ムーディーズの格下げ以降、「中国の格下げ、日本のバブル崩壊を想起」(5月25日付ウォール・ストリート・ジャーナル)や「中国は日本化しつつあるのか? 日本の株式・不動産バブル崩壊と同じ運命をたどる恐れ」(5月29日付フィナンシャル・タイムズ)など悲観的な論調が相次いでいる。「中国当局は市場の想定を上回る痛みとサプライズを受け入れる」とする見方も出てきている(5月31日付ブルームバーグ)。
もし中国経済のバブル崩壊が生じれば、原油価格は通常の分析では想定できないほどの規模で下落するのは間違いない。
サウジ国民の「痛み」がますます深刻に
最後にサウジアラビアに話を戻そう。
最盛時に7300億ドルだった同国の外貨準備高は4月についに5000億ドルを割り込んでしまった。「今年第1四半期に900億ドルのイスラム債を発行したのに、なぜ外貨準備が減少するのか」と疑問の声が上がっている。現在の外貨準備が保有している資産についての流動性を懸念する声もあり、サウジアラビアの「カネ不足」は深刻さを増している。
サウジアラビアが主導した断交によりカタールの通貨リヤルは急落しドルペッグ制廃止のリスクが生じているが、今後、投機マネーの攻撃がサウジアラビアのドルペッグ制廃止に向かう懸念もある。
サウジアラビア政府は6月10日からタバコなどに対して100%の税率、ソフトドリンクに対して50%の税率を適用するが、原油価格が急落すれば国民の「痛み」はこの程度で済むわけがない。
中東湾岸諸国のカタールとの断交で中東地域の地政学リスクの認識が高まっているが、最も警戒すべきはやはりサウジアラビアである。
2017年6月9日 JBpressに掲載