4月24日の米WTI原油先物価格は、前週末比0.39ドル安の1バレル=49.23ドルに続落した(その後も概ね49ドル台で推移している)。
市場に、原油価格上昇につながる好材料はあった。まず4月21日に、OPECと非加盟産油国から成る協調減産遵守監視委員会がウィーンで会合し、「7月から6カ月の減産延長が必要だ」との結論に至り、5月のOPEC総会での協調減産延長の可能性が高まった。
その後、ガス田開発を巡ってイランと対立するインドがイラン産原油の輸入を年間約20%制限するという方針を打ち出したことから、「イランの5月の原油輸出量が1年2カ月ぶりの水準に減少する」などの観測が流れた。さらに、4月23日のフランス大統領選挙で親EU派がトップとなったことから、世界の市場全体がリスク先行ムードとなった。
しかし、これらは原油価格を押し上げる力にはならなかった。
シェールオイルの生産増が鮮明に
一体、何が原油価格の上値を抑えているのか。その大きな要因は供給過剰である。市場では、今年後半にかけて米シェールオイルの生産増が鮮明になるとの見方が一般的だ。
4月21日時点の米石油掘削装置(リグ)稼働数は前週比5基増の688基と2015年4月以来の高水準となった(前年同時期のリグ稼働数は343基)。5月には原油を輸送するダコダ・アクセス・パイプラインが15日に稼働が開始されることから、ノースダコダ地区のシェールオイルの生産が拡大する見込みである。米エネルギー省は「5月のシェールオイルの生産量は月間ベースで2年ぶりの大幅な増加となる」との見通しを示した。
このところリグ稼働数は毎週2桁のペースで増加している。そのため、現在の日量約920万バレルの米国の原油生産量は、半年後には60万バレル拡大し、過去最高記録(2015年7月の同959万バレル)を更新する可能性も指摘され始めている。
シェールオイルの増産に加え主要産油国が減産実施直前に増産したことで、第1四半期の世界の原油在庫は減少するどころか増加したことも悪材料となっている。
「OPECをはじめとする主要産油国は、『シェール』という荒馬を飼い慣らすことができないのではないか」というパーセプションが広がり、ここにきて「買い材料」がほとんどなくなってしまった。
需要面での懸念材料
市場関係者は需要面での懸念材料にも意識するようになったようだ。
そのきっかけは4月19日に米エネルギー省の統計で「米国のガソリン在庫が2月以降で初めて増加した」ことが明らかになったことである。事前の予想は200万バレルの減少だったが、実際は154万バレルの増加だった。26日発表の統計でもガソリン在庫は337万バレル増加した。
「夏場のドライブシーズンの需要増を見込んで輸入が増えた」との見方があるが、中国をはじめとする新興国の生産能力拡大で世界的にガソリンの供給がだぶつき始めている証左なのかもしれない。
米国の自動車市場はピークに達し今年は縮小することが確実視される一方、米国の4月のガソリン価格は1ガロン=約2.5ドルと昨年に比べて1割ほど値上がりしていることから、米国のガソリン需要は伸び悩む可能性がある(米国の石油製品出荷量は4週連続で前年比マイナスとなっている)。
「第2の中国」と期待されるインドの原油需要も芳しくない。インドの第1四半期の原油需要は2015年第4四半期以来のマイナスとなった。その要因の1つとして挙げられるのが、2016年11月に実施された高額紙幣の廃止である。4月に入っても現金不足のATMが北部地域で90%、南部地域では65%に上っており(4月16日付ZeroHedge)、現金取引がメインであるインド経済の混乱が続いている。
今年は米国を抜いて世界最大の原油輸入国となりそうな中国も、需要の先行きは不透明だ。
中国では、1バレル=60ドル以上とされる生産コストが災いして3月の原油生産量が前年比マイナスとなったこともあり、3月の原油輸入量は前年比19.4%増の日量平均921万バレルとなった。日量900万バレル越えの輸入量は中国にとって初めてである。
3月に原油輸入が急増したのは、今年の輸入枠を獲得した「茶壺」(ティーポット:独立系の中小製油所)の調達が集中したからだった。だが、茶壺は海外への製品輸出がいまだ政府から認められていないため、今後その需要が急減するとの見方がある。
朝鮮半島危機で原油価格は下落する?
ここに来て急激に高まっている朝鮮半島における地政学的リスクは、原油価格にどのように影響するだろうか。
4月に入り米トランプ政権が北朝鮮の核・ミサイル開発に対する軍事的な圧力を急速に高めた。今や朝鮮半島情勢は朝鮮戦争以来の危機であると言っても過言ではない。
4月6日に米国がシリアにミサイル攻撃を行うと、原油価格はバレル当たり1ドル上昇した。しかし筆者は、朝鮮半島で有事になれば、原油価格はむしろ下落すると見ている。
その理由は、(準)戦時状態になれば中国をはじめとする東アジア地域にタンカーが原油を輸送することができなくなり、その結果当該地域の原油需要が減少するからである。
例えば第2次世界大戦の際は、開戦から終戦に至るまで原油価格は一貫して下落していた。当時の原油の大需要地である欧州と日本が戦場となることで原油需要が減少したのに対し、当時の原油生産の6割以上を占めていた米国が無傷だったことで、世界の原油市場は供給過剰になったからだと推測できる。
「地政学的リスクが原油価格を上昇させる」というのが常識だが、原油価格が上昇するのは原油の供給地域で地政学的リスクが上昇する場合であり、原油の需要地域での地政学的リスクの上昇は原油価格を押し下げるのではないだろうか。
東アジア地域で「第2次朝鮮戦争」が勃発するリスクは今のところ極めて低いとされている。だが、緊張状態が続けば、地政学的リスクを懸念して中国から再び資金流出が拡大し、これが引き金となってバブル経済が崩壊する恐れが生ずる。そうなれば市場の関心は「供給」から「需要」に一気にシフトし、主要産油国の「減産延長」程度では原油価格を下支えできなくなるのは必至である。
2014年半ばと現在の類似点
このように原油市場は大きな山場を迎えつつあるが、ここで今後の推移を占うために2014年半ばになぜ原油価格が下落し始めたかを振り返ってみたい。当時と現在の状況がきわめて類似しているからだ。
当時、世界の原油市場は既に日量100万バレル以上の供給過剰状態となっていた。これに加えて「年末までに米FRBが年末までにQE(量的緩和)を終了する」との噂が流れ始めて始めており、中央銀行からのリスクマネーがあてにできなくなった複数の大手プレーヤーが原油先物市場から退場したことが原油価格下落の発端であると言われている。
そのプレーヤーとは「CTA」(商品投資顧問会社)である。CTAは投資家から集めた資金を商品先物市場に投資し、大量の資金を高速のプログラム売買で運用することが特徴である。CTAの最大手が2014年第2四半期にエネルギー分野の投資資金をほぼすべて引き揚げたため相場の地盤が一気に脆弱となった。他のCTA業者もこれに追随すると「売り」が「売り」を呼ぶ展開となったため、原油価格が急落してしまったのである。
現下の世界の原油市場に目を転ずれば、市場関係者の間に供給過剰懸念が出ていることに加え、米FRBが年内にQT(量的引き締め)を実施する公算が高まっている。3月のFOMC(連邦公開市場委員会)の場では、「年内に4.5兆ドルに上るバランスシートの縮小を開始することで一致した」ことが明らかになった。これにより先物市場の大手プレーヤーが、流動性の減少を回避するため、再び市場から退場する事態が生ずるのではないだろうか。
1バレル40ドル割れだとサウジはどうなるのか
原油価格が今後1バレル=60ドル超えではなく40ドル割れするような事態になったら、サウジアラビアはどうなってしまうのだろう。
4月22日、サルマン国王は財政赤字縮小のために20%削減していた公務員や軍人への手当てを復活させる勅令を発した。労働者の3分の2が公務員である同国で、緊縮策に対する不満が国全体に広がったことが、今回の措置の背景にある。サウジアラビア政府は「原油価格が回復し、第1四半期の財政赤字は想定の半分以下に縮小したため、その財源が捻出できるようになった」としている。だが、はたしてそうだろうか。
サウジアラビア政府は4月12日に国際市場で90億ドルのイスラム債を発行している(イスラム債による資金調達としては過去最大)。国債発行による海外での資金調達が今回の措置を実現させるための財源になったのではないだろうか。
仏クレディアグリコルや英RBSも同様の見方をしており、政府が進める「ビジョン2030」の実現を疑問視するとともに、同国の銀行システムが長年抱える脆弱性に警鐘を鳴らしている。
海外から借金をして国民の歓心を得なければ成らない状況下で、原油価格が40ドル割れしたら、サウジアラビアで地政学的リスクが急上昇するのは火を見るより明らかである。
インフラで日露をつなぐ
最後に日本とロシアのエネルギー協力の動向について触れておきたい。
筆者はかねてより、原油をはじめとする化石燃料の中東依存の脱却を図る観点から、ロシアとのエネルギー協力の重要性を主張している。
安倍首相はプーチン大統領との首脳会談を行うため、4月27日からモスクワを訪問しているが、北方領土における「共同経済活動」に加えて、北海道とサハリンをつなぐ天然ガスパイプライン構想の実現が日露間の関係を緊密にするための決め手になると考えているのだ(プーチン大統領は「インフラで日露両国をつなぐ」という発想に多大な関心を示している)。
しかし日本国内では、ロシアに対するステレオタイプなどが災いして、その主張がなかなか理解されない。そこで筆者は日露関係の改善の一助になることを願って、『国益から見たロシア入門 知られざる親日大国はアジアをめざす』(PHP新書)を上梓したところである。等身大のロシアに興味を有する読者が拙書を手に取っていただければ幸いだ。
2017年4月28日 JBpressに掲載