米国のシリア攻撃が原油価格に与えた影響とは
地政学的リスクの高まりで減産延長に暗雲

藤 和彦
上席研究員

4月10日の米WTI原油先物価格は1バレル=53ドル台に上昇した(その後、サウジアラビアの減産延長の意向が伝えられ、米国の原油在庫の減少が明らかになったが、シェールオイルの増産を嫌気して、原油価格は1バレル=52ドル台に下落した)。

上昇の要因となった国はリビアだ。4月9日、リビア最大のシャララ油田が武装勢力に封鎖されたため生産が再び停止し、輸出港ザウィアからの原油輸出が不可能になったことを受けて、国営石油会社が「フォースマジュール」(不可抗力条項の適用)を宣言したことが価格を押し上げた。フォースマジュールは先月27日に続き今年2回目であり、リビアの原油生産量は再び日量約20万バレル減少したとされている。

先週、米国がシリアの軍事施設を巡航ミサイルで攻撃したことから「地政学的リスク」が意識され始めたことに加え、ドライブシーズンを控えて米国の製油所の稼働率が上昇しているなど、原油価格が上昇しやすい地合いとなりつつある。3月のWTI原油の平均価格は昨年11月以来の1バレル=50ドル割れとなったが、4月に入り「再び元のボックス圏(同50〜55ドル)に戻った」との声も出始めている。

とはいえ、リビアの供給減は世界の原油供給量(日量約9600万バレル)からすればわずかな量に過ぎない。米国で石油製品の需要が増加したとしても、シェールオイルの増産が続いていることから、原油在庫の減少が続くかどうかは不透明な状況だ。

サウジとロシアの溝が鮮明に

現在、原油価格を下支えしているのはなんと言っても主要産油国の協調減産である。だが筆者は、米軍によるシリアへのミサイル攻撃が主要産油国間の協調関係に暗い影を投げかけたのではないかと危惧している。

サウジアラビア政府は4月7日、米軍がシリアの軍事拠点を攻撃したことについて、「トランプ大統領による勇気ある決断である」と全面的な支持を表明した。一方、ロシアのプーチン大統領は「米国のシリア攻撃は侵略」だとして厳しく批判した。シリア情勢を巡って“反体制派を支援するサウジアラビア”と“アサド政権を支えるロシア”との間で溝が生じていたが、米軍の攻撃によりこの構図が一気に鮮明になってしまった感が強い。

サウジアラビアの今年1月から3月にかけての減産遵守率は100%を超えている。それに対し、ロシアは約束した減産目標(日量30万バレル)の半分程度しか実施していない。ロシアのエネルギー相、アレクサンドル・ノヴァク氏は「現行の減産期間の終了までに減産目標を達成する」と繰り返しているが、その実現可能性には疑問符が付き始めている。

元サウジアラビア・エネルギー産業鉱物資源相のアリ・ヌアイミ氏が自伝の中で「OPECが減産しても、ロシアがその分を増産してしまう」と過去の苦い経験を吐露しているように、サウジアラビアのロシアに対する警戒感は根強い。その疑心暗鬼が日に日に高まっていてもなんら不思議ではない。

サウジアラビアのエネルギー産業鉱物資源相、ハリド・ファリハ氏は3月末の米国での講演で「サウジアラビアはただ乗りを許さない」と語った。その警告は、シェール企業とともにロシアにも向けられているとみて間違いないだろう。

欧州市場に注目し始めたサウジ

欧州市場におけるサウジアラビアとロシアのつばぜり合いも激しくなりそうである。

サウジアラビアは近年中国・インド・日本の市場でのロシアの原油売り込みに防戦一方だったが、このところ欧州への自国産原油の売り込みを強化し始めている(4月6日付OILPRICE)。2017年7月から欧州向け原油価格の体系を改めるなどして欧州の需要開拓に努める意向だ。

これまで欧州市場はロシア産原油の独壇場であった。欧州の原油需要量は世界の約14%(日量約1350万バレル)を占めるが、ロシアは長年にわたり最大の原油供給者だった(2016年のシェアは約32%)。

サウジアラビアは従来欧州市場への関心が低かった(2016年のサウジアラビアのシェアは8%)。しかし、成長著しいアジア市場での競争激化やシェール革命による米国での原油需要の減少により欧州市場に注目し始めており、既に欧州市場へダンピング価格で原油輸出を始めていると言われている。

日本ではあまり知られていない欧州市場でのロシアとサウジアラビアの間のシェア争いに安全保障上の問題が加われば、ロシアとサウジアラビア間の歴史的な協調関係が瓦解する可能性がある(昨年4月のドーハ会合の失敗はサウジアラビアとイランの間の安全保障上の緊張の高まりが原因だった)。

OPECが抱える地政学的リスク

OPEC内でも、米軍のシリア攻撃で協調減産に関する不協和音が高まっている。

まず、イラク政府は「年内に原油生産能力を現在の日量440万バレルから同500万バレルにまで引き上げるプロジェクトを進めている」ことを明らかにした。イラク政府はIS(イスラム国)との戦闘で軍事費が増大し財政危機に陥っているが、米軍のシリア攻撃後ISが反転攻勢に出ていることから、軍事費がますます嵩む状況になっている。財政危機を忌避するため、イラク政府は年後半増産することはあっても減産を延長することは考えにくい。

また、減産実施後の期間で原油生産量が日量約380万バレルにまで増加したイランも、米軍の攻撃後のシリアにおけるアサド政権支援のため、年後半に減産を受け入れる余地はなくなりつつある。

OPEC内にはもう1つの「地政学的リスク」がある。ベネズエラの政情不安だ。

ベネズエラは減産合意に基づき原油生産量を日量207万バレルから同197万バレルに減少することになっているが、原油収入に依存する財政構造が破綻しかかっている状況では減産を実施できるわけがない。

国営石油会社「PDVSA」の4月の債務返済額は25億ドルである(国全体の返済額は約30億ドルと言われている)。ベネズエラは「融資を受けてその返済を原油で行う」契約を中国などとの間で結んでいるため、生産される原油量の4分の1以上が融資の返済分に回り、原油売却代金が徴収できなくなっている。外貨準備高は10億ドルにまで落ち込んでおり、デフォルトを防ぐためには原油を増産することがあっても減産することはありえないだろう。

このように地政学的リスクの高まりは、主要産油国の減産体制の維持・延長にとって大きなマイナスである。

地政学的リスクなどで原油価格が復帰したことにより、米国における石油掘削装置(リグ)の稼働数は毎週2桁のペースで増加している。「フラックログ」(掘削したものの生産を開始していない油井)からも日量30万バレル分の原油が供給される見通しが高まっている(3月29日付OILPRICE)。

台頭する「第3勢力」

2014年後半以降、世界の原油市場は“OPECを始めとする主要産油国”対“シェール企業”という構図となっているが、ここに来て「第3勢力」がさらに加わるという事態が現実味を帯び始めている。

国際エネルギー機関(IEA)のビロル事務局長は3月末、「協調減産により原油価格が上昇すれば、米国産にとどまらずブラジル産やカナダ産の原油が市場に流入するだろう」と述べた。ブラジル産の今年の増産分は日量23万バレル(海底油田開発)、カナダ産は日量15万バレル(オイルサンド)とされている。

前回のコラム(「いよいよ切れた『減産ゲーム』の神通力」)でブラジル沖の「プレソルト」(原油を含むことができる炭酸塩から成る多孔質の岩石)の海底油田開発の状況を紹介したが、ブラジルの2月の原油生産量は前年比15%増の日量268万バレルとなり、輸出量は前年比94%増となった。

ブラジル政府は近年プレソルトの鉱区を海外大手企業に開放しており、英蘭シェルなどが既に活動を開始している。4月に入ってからは、エクソンモービルが当該地区に本格的に参入する意向を示した。これにより、ブラジル政府が「2020年の原油生産量を日量400万バレルとする」目標の実現性が高まっている。

海底油田の開発が活発化しているのはブラジル沖だけではない。メキシコ湾沖でも油田開発が活発化している。

その理由は生産コストの大幅な低下である。技術革新により海底油田の1バレル当たりの生産コストが50ドル以下、場合によって40ドルと低下しており、生産コストがシェールオイル並みになっているとの評価も出始めている(4月3日付OILPRICE)。

こうした海底油田の開発が活発化により、米国への原油の流れは拡大するばかりである。

世界の原油市場は構造的に供給過剰

OPECやロシアが減産を続けたとしても、世界、特に米国市場を巡る原油の状況は以上のように構造的に供給過剰である。そのため、原油在庫が大幅に減少するとは思えない。原油市場には今後長期間にわたってデフレ圧力が続くとすれば、原油価格は長期にわたって大幅上昇することはないだろう。

原油価格に関してはいまだ強気な見通しが主流であるが、「4月に55ドルを明確に超えるような状況にならなければ、今年末に向けて35ドルまで下落するシナリオが有力になる」との見方も出始めている(エモリキャピタルマネジメントの江守哲氏、4月4日付東洋経済オンライン)。

主要産油国の協調減産監視委員会は4月中に開催される予定だが、減産の延長とともに減産幅の拡大に関する合意が成立するだろうか。

この微妙な時期に米国が中東地域に落とした「一滴」が、世界の原油市場に「売り」圧力の洪水をもたらさないことを祈るばかりである。

2017年4月14日 JBpressに掲載

2017年4月21日掲載

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