「脱炭素」が石油危機を招く! 回避する手立てはあるか
石油産業への投資不足を悪化させる「緑の圧力」

藤 和彦
コンサルティングフェロー

米WTI原油先物価格はこのところ7年ぶりの高値(1バレル=80~85ドル前後)で推移している。OPECとロシアなどの非OPEC産油国で構成するOPECプラスが協調減産を続けていることで、経済協力開発機構(OECD)加盟国の8月時点の原油在庫は過去5年平均を大幅に下回り、需要期の冬場を前に逼迫の懸念が警戒され始めている。

在庫の減少が特に意識されているのが米国だ。米国全体の在庫はこのところ増加基調にあるが、WTI原油の受け渡し拠点のオクラホマ州クッシングの原油在庫は3年ぶりの低水準となった。昨年(2020年)4月にWTI原油の在庫を持てあましたトレーダーたちが投げ売りをしたことで価格が一時マイナスになるという異常事態が発生したが、今は様変わりの状況だ。今年初めに6100万バレルあった在庫が半分以下に減少しており、「このままのペースで行けば、あと2カ月で在庫が底をついてしまう」との懸念が生じている。

世界最大の原油消費国である米国の石油製品需要は日量約2000万バレルと強く、原油価格が1バレル=80ドルを超えても需要が圧迫される兆候が見られない。

投資縮小で伸び悩む原油供給

需要とは対照的に供給は伸び悩んでいる。米国の直近の原油生産量は日量1150万バレルとコロナ禍以前のピークよりも約150万バレル少ない状態が続いている。石油掘削装置(リグ)稼働数が増加基調にある(約440基)ものの、コロナ禍以前の水準(約700基)にはほど遠い。

何より問題なのは、「脱炭素の実現」という社会的な圧力が強まり、石油産業への投資が縮小していることだ。

米議会下院の監視・改革委員会は10月28日、石油メジャー4社(エクソンモービル、ロイヤル・ダッチ・シェル、シェブロン、BP)の幹部らを招聘して、公聴会を開催した。与党の民主党議員は「石油業界は、気候変動における化石燃料の役割について一般の人々に間違った情報を流し続けている」と激しく批判、業界側がこれを全面否定するという展開が6時間近く続いた。

石油業界に資金を提供してきた米ウオール街にも圧力がかかっている。米大手投資会社ブラックストーン・グループのシュワルツマンCEOは10月26日、「私たちは本当の意味でエネルギー不足に陥るだろう」と悲観的な考えを吐露した。ESG(環境・社会・企業統治)を重視する投資家たちが、投資会社に対して石油・ガス関連の資産を売却するように迫っていることから、米国の石油企業は新たな採掘のための資金が調達しにくくなっており、供給不足は解消しないとの見立てだ。

「緑の圧力」とも言える逆風を受け、シェールオイルは数年前のようには原油価格が上昇すれば速やかに増産するという状況にはない。「世界の原油市場におけるスイングプロデューサー(価格の安定を図るための調整役)」ではなくなりつつある。

このためだろうか、ドライブシーズンが過ぎたにもかかわらず、10月下旬の米国のガソリン価格は1ガロン=3.7ドルと7年ぶりの高値となっている。特に深刻なのはカリフォルニア州だ。10月下旬、米サンフランシスコでガソリンの平均店頭価格が1ガロン=4.75ドルに達した。2012年に記録した4.743ドルを超え、過去最高を更新した。2012年の価格高騰は「製油所の火災」という特殊要因による短期的なものだったが、今回は世界の原油価格の高騰が続く限り、高止まりする可能性が高い。1ガロン=5ドル台という歴史的な高値も視野に入っている。現在、サンフランシスコ住民の給油1回当たりの平均支出額は60ドルを超えるという。

環境政策重視のエネルギー政策が招いたガソリン高と言っても過言ではないが、自家用車が名実ともに足代わりとなっている米国のガソリン価格の上昇は、消費者の懐を直撃する。支持率が急落しているバイデン政権にとって「弱り目に祟り目」だ。

投資不足をさらに悪化させる「緑の圧力」

だが原油価格が1バレル80ドル超えになっても、OPECプラスは慎重な姿勢を崩そうとはしない。11月4日の閣僚級会合では「原油市場のバランスは十分とれている」として、予定通り12月の増産幅を日量40万バレルにとどめることで合意した。

インフレ圧力にさらされる原油輸入国にとっては期待外れの対応だったが、OPECプラス側にも事情がある。新型コロナウイルスの感染再拡大の懸念が残っており、安易な増産加速には二の足を踏まざるを得ない。加えて「OPECのメンバーに増産余力がない」という問題も浮上している。10月のOPECの増産予定量が日量25.4万バレルだったのに対し、アンゴラとナイジェリアの生産量が減少したことで実際は日量14万バレル増にとどまったという。欧米の石油メジャーが開発を進めるアフリカの産油国でも投資不足の事態が生じている。

ロシアの石油大手ロスネフチのセチンCEOは10月28日、「今年の世界の原油や天然ガスの上流部門への投資は2014年の半分の水準となる見込みだ。投資不足のせいで需要に見合った供給を続ける能力が脅かされる状況が今後も続く」との見解を示した。

世界の石油開発投資の不足は米国のシェールオイルの大増産で原油価格が暴落した2015年頃から始まっていた。これにコロナ禍が重なり、昨年の投資額は3500億ドルと15年ぶりの低水準にまで落ち込んだ。5年以上続いた投資不足の状況は現在も変わらないどころか、「緑の圧力」でさらに悪化している有様だ。

プーチン大統領が10月下旬に「原油価格は1バレル=100ドル超えになる可能性が高い」と述べたように、急速な「脱炭素」の動きの影響で「原油価格は100ドルを突破する」との予測はもはや当たり前になりつつある。原油価格が100ドルを超えれば、米国のガソリン価格が4ドル超えになるのは必至だ。

ガソリン高に危機感を抱く米国のバイデン大統領は、10月30日に開幕した20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の場で、「他のエネルギー消費国とともにOPECプラスに対して改めて増産を要求する」ことを明らかにした。

米国務省でエネルギー安全保障を担当する上級顧問のエイモス・ホクスタイン氏は10月下旬に「今の状態は石油危機だ」との認識を示している。

思い起こせば、1973年の第1次石油危機は、中東地域を中心とした産油国が価格引き上げを目論んで原油の供給を大幅に減らしたことで発生した。これに対し、現在世界で起きつつあることは、性急な「脱炭素」の動きが結果として原油供給の大きな妨げになっているという現象だ。「気候変動に対する取り組み」という複雑な問題が絡んでいるだけに、今回の方が厄介であり、長期化するように思えてならない。

日本は備蓄原油を利用する手も

日本でもガソリン価格が1リットル当たり170円に迫っている。日本経済がコロナ禍からの回復期に入った矢先に水を差された形になったことに慌てた政府は、米国やインドとともに産油国への増産要請を行っている。

萩生田経済産業大臣は10月26日、UAEのエネルギー担当大臣に原油の増産を要請したことを明らかにした。原油価格が1バレル=140ドルを超えた2008年以来のことだ。会談では「緊密に連携する」ことで一致したものの、要請への返答は芳しいものではなったという。要請だけでは、増産に慎重な産油国の態度を変えさせるのは難しい。

あまり知られていないが、石油危機を教訓に日本も原油の国家備蓄制度を構築している。現在保有する原油は輸入量の105日分に相当し、全国10カ所の備蓄基地などに約3億バレルの原油が貯蔵されている。世界的に見ても手厚い対策が施されているが、「原油供給の途絶」という厳しい条件が付けられており、これまで一度も市場に放出されたことはない。

だが今後新たな石油危機が勃発する兆しが出てくるようであれば、この備蓄原油を利用しない手はない。「米国をはじめ国際社会と協調して備蓄原油を放出する」とのメッセージを発出することで、増産に慎重な産油国の態度を翻意させるための交渉手段として有効活用すべきではないだろうか。

2021年11月6日 JBpressに掲載

2021年11月15日掲載

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