岸田新政権が向き合うべき「孤独」という社会問題
国民が求める「新しい日本型資本主義」とは何か

藤 和彦
コンサルティングフェロー

10月4日、岸田新内閣がスタートした。総理は「新しい日本型資本主義」を構築するとして、所得の再分配を経済政策の基本に据える方針だ。所得の再分配という方向性を否定する向きは少ないだろうが、総理が主張する「令和版所得倍増計画」についての具体的な道筋がはっきりしていないのが気がかりだ。

構想の大元にあるのは総理が所属する宏池会の創設者、池田勇人元総理の所得倍増計画があるのは言うまでもない。

岸田総理は「分配なくして次の成長はない」と主張しているが、昭和版所得倍増計画の中には国民一人ひとりの所得を倍増させる直接的な施策はなかった。むしろケインズ的な思想を取り入れ、日本経済の潜在成長力を最大限に引き出すためのサプライサイドの政策の要素が強かった。

1961年からわずか7年間で日本の実質国内総生産(GDP)は2倍となり、目標は前倒しで達成された。拡大したGDPは農村を中心とする勤勉な労働力(いわゆる出稼ぎ労働者)を通じて日本全体に配分されたことから、国民の間に「一億総中流」の意識が生まれたというのが実情だ。

だが足元の状況はまったく異なる。かつてのように経済全体が高成長しているのであれば分配の原資は比較的容易にみつかるだろうが、現在の日本経済の実力を示す潜在成長率は1%未満のままだ。

総理は「アベノミクスは中間層への恩恵は不十分だった」と指摘しているが、アベノミクスの下で金融緩和と機動的な財政出動で、企業業績は回復し、株価が上昇して雇用も増えた。第2次安倍内閣が2012年12月に発足した時のGDPは約515兆円だったが、コロナ禍前の2019年は558兆円に増加した。回復した企業業績を広く均霑(きんてん:等しく利益を得ること)するため、当時の安倍政権は大企業を中心に賃上げを再三要求したが、期待できる成果が得られなかった。アベノミクスによる「あぶく銭」が増えても、将来見通しに自信が持てない企業の経営陣たちの財布のひもが緩むことはなかったのだ。

「分配」のための具体的政策は?

岸田内閣が分配のための具体的政策として想定しているのは、(1)子育て世帯の教育費・住居費の支援強化、(2)看護師や介護士らの所得引き上げなどだ。子育て支援は以前から大学無償化などの支援策が立案されていることから、看護師や介護士などの賃金アップが目玉政策ということになる。

看護師・准看護師は約160万人、介護士は約180万人従事している。仮に年収を1割上げるとすれば1兆円以上の所得増となるだろうが、その財源はどうするのか。

総理は「今後10年間は消費税を上げない」としていることから、一時的には国債発行で対処するだろうが、長期的な財源確保のために保険料や金融所得課税の引き上げが検討される可能性がある。だが自民党内をまとめるのは難航が予想される。総理がリーダーシップを発揮するためには「国のかたち」を示す明確なビジョンが不可欠だ。

総理は10月4日夜の記者会見で「新しい資本主義実現会議を立ち上げ、ポストコロナ時代の経済社会ビジョンを策定し、具体的な政策を作り上げる」と表明した。新型コロナウイルス対策として弱い立場の人への現金給付を検討するとしている。

「孤独」という社会問題

パンデミックは経済面だけではなく、メンタルヘルスの点でも悪影響を及ぼしている。野村総合研究所が今年(2021年)7月に実施した世論調査によれば、20代から30代の若い世代の2人に1人が日常的に孤独を感じているという。

若者の脳は新たなつながりを求めるようにできていることから、外出制限などの影響が大きく出ているのだろうが、「孤独」は若者だけの問題ではない。「孤独」は誰もが経験する可能性がある人生上のリスクの1つになりつつある。

かつて個人の問題と思われてきた「孤独」は、今年2月に菅前首相が孤独・孤立対策担当大臣を任命したように、政策課題として認識されるようになってきた。

日本は先進的な産業国家になったことで生存のために必要な物質的な不足に悩まされることはほとんどなくなったが、その代わりに国際的に見て「孤立した社会」になってしまったことが内閣府の国際調査で明らかになっている。

日本でも「社会関係資本(ソーシャルキャピタル)」という概念に注目が集まったことがある。「社会問題に関わっていく自発的団体の多様さ」や「社会全体の人間関係の豊かさ」を意味する概念だ。ソーシャルキャピタルが低下した日本にとって喫緊の課題は社会保障費が急増することが予想される2025年問題への対処だ。団塊世代が全員75歳以上になるからだが、団塊ジュニアを始めとする就職氷河期世代の子どもたちがこれを担うことができるかどうか危惧されている。下田裕介日本総合研究所主任研究員は「親の介護で生活不安定に陥る団塊ジュ二アは33万人に達する」と指摘する。

団塊世代の「介護難民」を生み出さないために、医療や介護の公的制度の強化が大切なのに待遇の悪さなどから特に介護士の人手不足は深刻な状態となっており、コロナ禍がこれに拍車をかけた。

総理が掲げる看護師や介護士などの公的賃金の引き上げは時宜にかなった政策だが、国全体のソーシャルキャピタルを向上させる施策を併せて講じていかなければならない。政府は今年の「骨太の方針」で「人と人のつながりを実感できる包摂的な社会を目指す」としている。これを具体化する政策や予算措置が早期に講じられることが大切だ。

重視すべき「ソーシャルキャピタル」

欧米では相互扶助とケアで成り立つ「コモンズ」(人々が共同で管理し共有する資源や生活システム)をベースにして社会を再構築しようと動きが出てきている。その対象は土地や水などにととまらず、医療や介護、子育てなどに及んでいる。興味深いのは「コモニング」という言葉が生まれていることだ。コミュ二ケーションや実験などを重ね、互いに支え合い、衝突があれば話し合いながら、共有の資源をつくり、維持し、享受していくプロセスを指している。

筆者が注目しているのはコロナ禍で脚光が浴びつつある「協同労働」という働き方だ。協同労働では労働者1人1人が出資(一口3~5万円)をして、経営方針について話し合い、みんなの意見を反映させて働いている。日本で行われている協同労働は、子育てや介護、農業などの分野が多く、事業規模は1000億円程度、約10万人が従事している(5月26日付NHK)。昨年12月に「労働者協同組合法」が成立し、福利面での整備がなされ、さまざまな事業でも適応可能となった。

日本版コモニングとも言える協同労働を通じて、現在の日本に必要なコモンズが次々とできるようになれば、日本のソーシャルキャピタルの水準は確実に向上する。コモンズの誕生は多くの日本人が抱える「孤独」の解消に資するばかりか、豊かな人間関係がもたらす幸福感(ウェルビーイング)は代えがたいものになるだろう。

分配ももちろん大切だが、ウェルビーイング抜きで国民の政治に対する信頼は回復しない。ソーシャルキャピタルを重視することが、国民が求める日本型資本主義への近道なのではないだろうか。

2021年10月10日 JBpressに掲載

2021年10月18日掲載