中国で大停電、「脱炭素」の動きがもたらすエネルギー危機
中国を襲う深刻な電力不足、欧州では天然ガス価格が高騰

藤 和彦
コンサルティングフェロー

深刻な資金難に陥っている不動産開発大手の中国恒大集団の経営危機で大きく揺れる中国経済だが、「深刻な電力不足」という次なる危機が発生しつつある。

中国政府が環境対策として石炭を主燃料とする火力発電所の抑制に動いたことが主な要因で、全国の約3分の2の地域で電力供給の制限が実施される異常事態となっている。

全産業、市民生活に及び始めた電力不足の影響

中国政府は、二酸化炭素の排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までに実質ゼロにする目標を掲げている。この目標達成に向け、今年のエネルギー強度(GDP1単位当たりのエネルギー消費量)を前年に比べて3%削減する目標を設定した。だが、今年(2021年)前半に目標を達成したのは30の省や地域のうち10省・地域にとどまった。このため目標未達の地方政府は最近、二酸化炭素排出量削減措置を強化した。電源構成で約7割の比率を占める石炭火力発電所が次々と操業停止に追い込まれたことから、深刻な電力不足が生じてしまったのだ。

特に影響が大きいのは鉄鋼・アルミニウム・セメント産業だ。生産抑制措置が採られ、アルミニウムの生産能力の7%、セメントの生産能力の29%に影響が出ている。韓国ポスコのステンレス鋼生産工場も一時生産中止を余儀なくされている。

電力不足の影響は全産業に及び始めている。米アップルや米テスラ向け部品を生産している工場が操業を停止した。自動車や家電を生産する日系企業にも影響が出始めている。

東北部の黒竜江省や、吉林省、遼寧省では工場だけでなく、市民生活にも影響が及んでいる。信号灯が消えて大渋滞となり、至るところで停電や断水が起きている。

地域別に見てみると、広東省が最も深刻だ。同省では今年初め頃から電力不足となっていたが、最近、省内各市は計画的な操業停止を各企業に通達した。多くの工場は週4日の操業停止、場合によっては週5日の停止を命じられているという。

中国政府は9月26日、冬場にエネルギーの十分な供給を確保するため、石炭・天然ガス開発企業に生産の拡大を要請したが、来年2月の北京冬季五輪に向けた「青空」確保の対策を緩めるわけにはいかない。早期に電力不足が解消する目途は立っていないと言わざるを得ない。

政府の環境対策に加え、石炭価格の上昇による火力発電所の稼働率低下も電力不足の原因となっている。中国政府は昨年10月、豪州産石炭を外交上の理由で輸入停止としたが、代替輸入先が見つからず、このことが輸入石炭価格の上昇を招く結果となった。中国の石炭在庫量は今後2週間で底を突くとの憶測も出ている。国際的にも石炭価格が1年前に比べ3割以上も上がっており、欧州では13年ぶりの高値となっている。天然ガス価格が高騰したことから、相対的に価格が安い石炭への需要が急増したのである。

欧州の天然ガス高騰と英国のガソリン不足

欧州では、冬の需要期を迎える前に天然ガス価格が急騰している。天然ガス相場は世界的に春先から右肩上がりとなっていた。天然ガス先物取引価格は昨年6月に100万BTU(英国熱量単位)当たり1.482ドルで底を打ってから上昇し始め、今年9月14日には同5.26ドルを記録した。3.5倍以上もの上昇である。

価格上昇の原因は、欧州各国が石炭や石油よりも温暖化ガスの排出が少ない天然ガスに切り替えていることにある。欧州の天然ガスの在庫が昨年冬の寒波で大きく減少し、次の冬が近づいても例年より低い水準にあることも影響している。

再生可能エネルギーの不安定さも天然ガス価格を押し上げている。英国では9月に入り風が弱く風力発電が十分に機能しなかった。これを補う形で天然ガス需要が増加した。

英国では中小のエネルギー供給企業の経営破綻が相次ぎ、過去2カ月で10社が事業を停止した。天然ガスの高騰でスポットでの調達価格が跳ね上がる一方、販売価格は上限規制などのせいで引き上げることができなかったからだ。

英国では1990年代後半に電力・天然ガスの小売が自由化された。2200万世帯が天然ガス供給を受け、うち1500万世帯は供給会社が請求できる価格の上限が定められているため、天然ガス価格が上がると供給企業は赤字に転落する。天然ガス価格の高騰が続けば、大手企業の倒産も懸念され、今年初めに50社以上あった供給企業は冬には6~10社に淘汰されると言われている。

クワーテイング英国ビジネス・エネルギー・産業戦略相は9月22日、議会下院の公聴会で天然ガス価格高騰について「我々は長期的な高価格に備える必要がある」と発言した。

「弱り目に祟り目」ではないが、英国では深刻なガソリン不足も起きている。英国の主要都市では9月27日、最大9割のガソリンスタンドで燃料在庫が底をついた。トラック運転手の不足により、製油所からの燃料輸送が困難になっており、これにパニック買いが加わった。直接的な原因ではないが、欧州の天然ガス価格の高騰によるエネルギー価格の上昇が消費者の不安を煽っている側面も見逃せない。

メデイアの取材に応じたタクシー運転手は「テレビやラジオでは燃料不足などないかのように言っているが、実際はガソリンが全然ない。人々はガソリンを買わなくちゃと心配になる」と話していたが、この光景は既視感がある。1970年代の石油危機の際に世界各国で生じた出来事だからだ。

天然ガス高騰が押し上げる原油価格

このように世界的に「脱炭素」の動きが加速化する中で、中国では石炭、欧州では天然ガスが原因となってエネルギー危機が生じつつある。

幸いなことに今のところ日本ではエネルギー危機は発生していない。だが今後、「世界の工場」である中国の生産制限でIT・家電製品などの価格が上昇し、欧州の天然ガス価格上昇と連動する形で液化天然ガス(LNG)価格が上がることが懸念される。

最も気になるのは原油価格だろう。

OPECと非OPEC主要産油国で構成されるOPECプラスはこのところ月ごとに日量40万バレルずつ増産している。OPECプラスは昨年5月に日量970万バレルの協調減産を開始し、その後需要の回復に合わせて生産量を拡大してきたが、それでも今年の世界の原油需給はなおタイトな状態が続くという。国際エネルギー機関(IEA)は14日「10月の世界の原油需要が4カ月ぶりに増加する」との見通しを示した。新型コロナウイルスのワクチン接種の進展に伴い、アジア地域を中心に感染対策で累積していた需要(日量160万バレル)が顕在化するとしている。

欧州で天然ガス価格が高騰していることも原油価格の上昇を後押しする可能性がある。一部のOPEC加盟国は「天然ガス価格の高騰による原油への代替需要は日量100万バレルに上り、原油価格は今後バレル当たり10ドル上昇する」としている(9月23日付ブルームバーグ)。

欧米先進国の主要開発企業が原油や天然ガスなど資源開発への投資を縮小していることも災いしている。米シェブロンのCEOは9月15日、「新規の開発プロジェクトが抑制されていることで世界はしばらくの間、高いエネルギー価格に直面する」との見通しを示した。

原油価格100ドル超えの可能性も

世界第1位と第2位の原油需要国である米中は原油価格高騰への牽制を強めている。

財務体質の改善を迫られるシェール企業は引き続き探鉱投資に慎重なため、米国の原油生産量はコロナ禍以前よりも日量約200万バレル少ない状況が続いている。バイデン大統領は9月16日、国内のガソリン価格が下落しないことの理由を政権内のチームが調査していることを明らかにした。

中国も9月に入り「原油の国家備蓄を初めて放出する」と発表したが、原油価格が下落することはなかった。

関係者の間では今年は厳冬になるため、原油価格は大幅に上昇するとの見方が出ている。

バンク・オブ・アメリカは9月に入り、「今年の冬が例年より寒くなれば原油需要が拡大し、供給不足が進む可能性がある」として、「来年半ばに1バレル=100ドルとなる」とする予測は「半年前倒しされる可能性がある」との見方を示した。例年の冬よりはるかに寒くなれば世界の原油需要は最大で日量200万バレル増加し、冬季の供給不足が同200万バレルをはるかに上回る可能性があるというのがその理由だ。

この上、中東地域での地政学リスクが上昇することになれば、原油価格の100ドル超えの可能性は格段に高まる。1リットル当たり150円台で推移している日本国内のガソリン価格が200円を超える事態になるかもしれない。

石炭や天然ガスに続き原油まで高騰するような事態になれば、2度の石油危機が起こった1970年代のように世界経済は、物価圧力が高い中で景気回復が減速する、いわゆるスタグフレーションに陥ってしまうのではないだろうか。

2021年10月1日 JBpressに掲載

2021年10月8日掲載

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