アフガン情勢悪化で高まる中東の地政学リスク
米国の「対テロ戦争」撤退が日本に及ぼす影響

藤 和彦
コンサルティングフェロー

米WTI原油先物価格は1バレル=60ドル台後半で堅調に推移している。

足元の原油価格を下支えしているのは、8月末に米ルイジアナ州に上陸した大型ハリケーン「アイダ」の影響だ。米メキシコ湾の海上油田の操業が停止し、同海域の7割以上に相当する日量約140万バレルの原油が消失したままの状態が続いている。

ハリケーン襲来以前の米国の原油生産量は日量1150万バレルだった。財務体質の改善を迫られるシェール企業が探鉱投資に慎重であることや熟練労働者の不足などの影響で生産量は微増にとどまっていた。

原油価格下落の要因

次にOPECの動向だが、8月の原油生産量は前月比21万バレル増の日量2693万バレルと昨年(2020年)4月以来の高水準だった。サウジアラビアの生産量が18万バレル増加した。

OPECと非OPEC主要産油国で構成されるOPECプラスは9月1日、引き続き生産量を月ごとに日量40万バレルずつ増加させることで一致した。前回の会合ではアラブ首長国連邦(UAE)が協調減産の延長に反対し、交渉が一度決裂したが、今回は1時間足らずで終了した。次回会合は10月4日に開催される。

バイデン米政権は8月、国内のガソリン価格の高騰を警戒し、OPECプラスに増産を要請したが、今回の閣僚協議で7月に決定した方針が変えられることはなかった。

OPECプラスは昨年5月に日量970万バレルの協調減産を開始し、その後、需要の回復に合わせて生産量を拡大してきた。今回の決定で減産量の約半分が復活することになる。OPECプラスによれば、減産幅を縮小しても今年の世界の原油需給はなおタイトな状態が続くという。ただし来年から需給バランスが逆転し、年平均で日量250万バレルの供給過剰になると予測している。

需要面に目を転じると、新型コロナの感染拡大が引き続き下げ要因となっている。8月の原油価格は今年3月以降で初の値下がりとなった。中旬にはデルタ株の感染拡大で世界各国が制限措置を強化したことから、原油価格は一時60ドル割れ寸前の状況となった。

世界最大の原油輸入国である中国の輸入量が急減していることも下げ要因だった。6月、7月、8月と3カ月連続で前年に比べて大幅減となったが、中国当局が環境対策に問題がある地方の独立系製油所への輸入割当量を減らしたことや景気減速の影響などが指摘されている。

原油価格が大幅に下落したさらなる要因は、米連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨で年内のテーパリング(量的緩和の縮小)が示唆されたことである。米連邦準備制度理事会(FRB)による資産購入額が減少すれば、原油市場へのリスクマネーの供給が先細りするとの懸念からだ。2014年後半の原油価格の大幅下落もFRBの量的緩和縮小の影響が指摘されていた。その後FRBが「テーパリングに慎重である」との観測が広がり、原油価格は再び安定を取り戻した。

警戒すべきIS-Kの動き

このように原油価格はしばらくの間安定的に推移するとの見方が一般的だが、気になるのは地政学的な要因である。

米国をはじめとする国際社会が支援してきたアフガニスタンのガニ政権が8月15日、事実上崩壊した。崩壊直後の世界の注目はイスラム主義組織タリバンに集まっていたが、その直後の首都カブール空港での自爆テロを契機に、世界が警戒する対象はタリバンからイスラム過激派組織ISに変わった。

アフガニスタンで活動しているISの地方組織は「イスラム国家ホラサン州(IS-K)」である。IS-Kの拠点はパキスタンとの麻薬密輸や密入国ルートに近い東部ナンガルハーレル州にある。2015年1月に設立されて以来、アフガニスタン各地でテロを繰り返してきた。約2000人のジハード(聖戦)戦士が活動中との情報がある。

タリバンはアルカイダをかくまったせいで権力を奪われた苦い経験から国内政治に集中すると言われているが、IS-Kは国際的なテロネットワークの一部であり、攻撃対象はアフガニスタンにとどまらない可能性が高い。

タリバンは経済的な理由から中国との関係を強化しようとしているが、IS-Kは中国におけるウイグル族の弾圧について見逃さないだろう。中国新疆ウイグル自治区の独立を目指す組織である東トルキスタン独立運動(ETIM)の戦士たちは、シリアなどでISのグループとともに活動しているとされているからだ。

サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)では今年に入り、ウイグル族の人々が失踪する事件が頻発している。両国政府が中国政府の要請に応じてウイグル族の人々を強制送還している(2021年6月10日付CNN)。UAEにウイグル人を拘束する中国の拘置所が存在することも明らかになっている(8月25日付AP)。

サウジアラビアではムハンマド皇太子が国の近代化を推進し、UAEは経済面からイスラエルとの関係を急速に強化している。チャイナマネー欲しさのあまりスンニ派イスラム教徒を保護しない両国をISが攻撃対象にするのは時間の問題なのかもしれない。

今年末に米軍撤収が予定されているイラクでも大きな混乱が起きることが懸念されている。イラクではこれまでイラン系の民兵組織が米軍への攻撃を行ってきたが、ISの動きが活発化しつつある。ISは8月中旬、イラク北部のクルド人自治区の油田に対するテロ攻撃を行い、9月に入ると北部キルク-クの検問所を襲撃した。

「対テロ戦争」から手を引く米国

なにより心配なのはアフガニスタンでタリバンの支配が復活したことで、「米国は弱い」という危険なシグナルが世界に発信されてしまったことである。世界中のジハード主義者たちが勢いづき、戦闘集団への新兵加入を活発化させている(8月30日付英エコノミスト)。

スンニ派と対立関係にあるイエメンのシーア派反政府武装組織フーシは8月29日、イエメン暫定政権のアナド空軍基地に無人機などによる攻撃を行い、40人以上を死亡させた。サウジアラビア主導の連合軍が拠点を置く同基地が攻撃されたことは大きな痛手だ。フーシは9月5日にもサウジアラビア東部の油田地帯などに無人機などで攻撃を行った。石油施設に被害はなかったとされているが、サウジアラビア東部は2019年9月に石油施設が攻撃され、原油生産量が一時大幅に減少する事態となった。今年3月にはラスタヌラ石油積み出し港が攻撃の標的となっている。

6年目に入ったイエメン内戦では、暫定政権を支えるサウジアラビアが有志連合を組み、イランが支援するフーシと泥沼の戦闘を続けてきたが、バイデン米政権はトランプ前政権と異なり、今年2月に停戦を要求するなどサウジアラビアとの距離を取り始めている。米軍は今年6月から中東に配備しているミサイル防衛システムなどの大幅な削減を進めているが、撤収される兵器のほとんどがサウジアラビアに配備されていたものだ。

2001年の米同時多発テロから20年になるのを前に、米司法省は機密指定されている同時テロ関連の文書の開示についての作業を進めている。「サウジアラビア政府が関与した事実を明らかにせよ」と訴える遺族への配慮からだが、開示される文書の内容次第で米国とサウジアラビアとの関係はさらに悪化する可能性がある。

シェール革命で世界第1位の原油生産国となり、「脱炭素」へと舵を切った米国にとって、中東の戦略的な重要性が格段に下がったことがその背景にある。

イラクの首都バグダットで8月28日、中東の主要国が集まる首脳会合が開かれた。イエメン内戦などを巡って敵対するイランやサウジアラビア、UAEからも外相や副大統領が出席し、「対テロ戦争」から手を引く米国が中東からも撤退を進める中で地域の緊張緩和の動きが活発化しているが、手遅れの感は否めない。

中東地域で既存の秩序に対する武力による挑戦が頻発するようになれば、原油依存度が高い日本にとって一大事である。

2021年9月10日 JBpressに掲載

2021年9月17日掲載