ドローンによるタンカー攻撃がもたらす地政学リスク
イランの新大統領を待ち受ける国際社会との新たな対立

藤 和彦
コンサルティングフェロー

米WTI原油先物価格は8月中旬に入り、1バレル=60ドル台後半で推移している。

世界最大の原油需要国である米国で新型コロナウイルス感染者数や死者数が増加しているとともに、世界第2位の中国でも感染拡大抑制に向けた移動制限措置などが再導入されており、世界の原油需要の回復が遅れるとの懸念が強まっている。両国でのワクチン接種率は50%を超えているが、パンデミック収束の目途は立っていない。

原油価格は7月以降、乱高下している。

OPECプラスの協議決裂のニュースを受けて、7月上旬は1バレル=77ドルと6年7カ月ぶりの高値となり、80ドル超えも視野に入っていた。しかし7月下旬には新型コロナウイルス感染拡大の懸念から2カ月ぶりに65ドル台に下落。その後70ドル台に戻したが、再び70ドル割れとなっている。

パンデミック以降、世界の原油市場は「需要」が鍵を握る展開が続いている。「先進諸国でワクチン接種が進み、原油需要が順調に回復する」との期待が膨らんでいたが、新型コロナウイルスの変異株(デルタ株)の世界的大流行が冷水を浴びせた形となっている。

回復基調に戻らない米国のシェールオイル生産

原油需要を個別に見ていくと、米国の原油需要はコロナ禍以前の水準に順調に回復しているが、気になるのは中国の動向である。

中国は世界最大の原油輸入国であるが、7月の原油輸入量は日量974万バレルとなり、4カ月連続で前年割れとなった。今年(2021年)上半期の原油輸入量は前年比3%減となり、上半期としては2013年以来初めての減少を記録した。中部・東部地域は深刻な洪水に見舞われていることから、8月の原油需要も弱含むとの見方が強い。また政府が原油の輸入枠を35%削減したことや足元の原油高の影響もあり、今年の中国の原油輸入量は20年ぶりの低い伸びとなる可能性がある(7月26日付ロイター)。

需要面で黄色信号が灯る原油市場だが、今のところ大幅な値崩れを防いでいるのは、OPECとロシアなどの大産油国からなるOPECプラスの協調減産である。

ただし協調減産の取り組みは終盤を迎えつつある。

ロイターによれば、7月のOPECの原油生産量は前月比61万バレル増の日量2672万バレルとなった。サウジアラビアが日量46万バレル、アラブ首長国連邦(UAE)が同4万バレル増やした。ロシアも日量約10万バレル増産した。

OPECプラスは7月の合意に基づき、8月から「毎月日量40万バレル増産する」ことになっている。これにより、減産規模は7月の日量576万バレルから来年5月には176万バレルに縮小することになる。来年5月以降は、UAEに加えサウジアラビアやロシア、イラク、クウエートも基準生産量を引き上げることから、OPECプラスは日量約160万バレル増産することになり、協調減産は実質的に終了することになる。

OPECプラスが減産幅を縮小する計画を立てられている背景には、2014年以降世界の原油価格の下押し圧力となってきた米国のシェールオイルの生産が依然として回復基調に戻らないことが挙げられる。

米国の原油生産量は日量1130万バレルとコロナ禍以前に比べて約200万バレル減少したままである。原油掘削装置(リグ)稼働数は約390基と昨年4月以来の高水準となっているが、2019年春の半分以下の水準にとどまっている。シェール企業は探鉱関連費用を抑制しているからだが、このままの水準では今後米国の原油生産量はさらに減少するとの予測が出ている(7月26日付ロイター)。

電力不足のイランで反体制デモ

足元の原油価格は軟調に推移しているものの、「世界の原油市場は当分の間、供給過剰にならない」との見方は揺らいでいない。そのもう1つの理由はイラン情勢である。

核合意が復活すればイラン産原油も国際市場に復帰すると見られていたが、その目途が立たなくなっている。

イランでは6月の大統領選挙で当選したイブラヒム・ライシ氏(60歳)が8月5日、大統領に正式に就任した。ライシ氏は保守強硬派のベテランで、最高指導者ハメネイ氏の後継候補と噂されている。

イラン政府は、核合意を巡る協議をウイーンで英仏独などと直接行い、米国とは間接的に意見交換してきた。ライシ政権発足後に協議が再開されることになっている。ライシ氏は8月3日、米国の非道な制裁を解除させる措置を講じる方針を示したが、イラン国内は現在非常に緊迫した状態となっており、核合意を巡る協議は後回しになるとの観測が強まっている。

イランは7月以降、数十年ぶりの深刻な干ばつに見舞われている。同国経済は既にインフレや新型コロナウイルスの感染拡大で大きなダメージを受けているが、夏の冷房需要の急拡大による電力不足が追い打ちをかけている。

特に深刻なのは、大規模な油田や天然ガス田が集中する南西部フゼスタン州である。同州における最近の抗議デモは、農畜産向けの水不足が発端だったが、ライシ氏は名指しされていないものの、参加した市民は「独裁者を打倒せよ」とする反体制派のスローガンを唱える事態になっている。イラン北西部のタブリースではフゼスタン州の抗議に連帯を示すデモが発生し、首都テヘランでも電力不足に抗議する市民がデモを起こすなど国民の怒りが全土に広がりつつある。

ドローンによるタンカー攻撃で初めての死者

就任早々のライシ氏には国際社会との新たな対立も待ち受けている。

7月29日夜、オマーン沖で、イスラエル系企業が運航する原油タンカーがドローンの攻撃を受けて乗組員2人が死亡する事案が発生した。イスラエル政府が8月1日、「この事案にイランが関与している」と批判すると、G7諸国もこれに同調する動きを見せている。イラン側は一貫してその関与を否定している。

中東地域を管轄する米中央軍司令部は8月6日、「攻撃に使われた無人機(ドローン)はイラン製である」との分析結果を公表した。ドローンによるタンカー攻撃とおぼしき事例は、これまでも幾つか散見されていたが、「ドローンがタンカー攻撃を行った」と米軍が認定したのは初めてであり、死者が出たのも今回が初である。

今回の事案で注目すべきは、少量の爆薬を積んだ自爆ドローンがタンカーの最も重要な艦橋を攻撃したことである。艦橋に自爆ドローンが命中して船長を死亡させたが、意図的に命中箇所を選んだ可能性があると指摘されている。自爆ドローンの他に偵察用ドローンも参加していたとの情報もある。

今回の事案は、今後のシーレーン防衛を考える上で頭の痛い問題であると言わざるを得ない。シーレーン攻撃にとって安価で確実な手段が誕生したからである。

ドローンはミサイルよりも安価であり、民生部品のみで製造することができる。ドローンはタンカー自体を沈めることはできないが、重要な箇所を攻撃することでタンカーの運航を無力化できることを今回の事案は証明した。

非武装かつ対空レーダーを有していない艦橋に向かってドローンが飛来する事態がいつ起こるかわからないとなれば、安全にタンカーを運行することができなくなってしまう。軍艦で護衛しようとしてもその数は限られており、あまりに海域は広すぎる。少数のドローン攻撃に対してでさえ、その迎撃は困難であると言われている。

英デイリー・エクスプレス(8月9日付)は「英国政府は『イエメンのシーア派反政府武装組織フーシ派が、イランから供与された長距離ドローンを用いてタンカー攻撃を行った』として、特殊部隊40名を南イエメンに派遣した」と報じた。

フーシ派はサウジアラビアに対して度重なるドローン攻撃を実施し、このところ戦線を優位に進めてきた実績がある。

イラン革命防衛隊は7月下旬「新型ドローンの行動半径は最大で3500キロメートルに及ぶ」ことを明らかにするなど、その攻撃能力増強に余念がない。イランは7月下旬にホルムズ海峡回避のための原油パイプラインを稼働させている。

イランの新大統領に就任したライシ氏は「イランの安全保障と地域の安定を持続する形で確立するには欧米勢力の干渉を許さないようにすべきだ」と述べているが、「欧米の勢力をホルムズ海峡から排除するためドローン攻撃を利用しようとしているのではないか」との不安が頭をよぎる。

「脱炭素」の世界的潮流から、欧米オイルメジャーの原油や天然ガスの探鉱、開発、生産など上流事業への投資が減少し、今後原油の中東依存度が高まることが確実な情勢だが、ドローンによるタンカー攻撃を契機に改めて中東地域の地政学リスクの高さを再認識すべきではないだろうか。

2021年8月13日 JBpressに掲載

2021年8月20日掲載