環境意識の高まりが逆風に、「座礁資産」化していく原油
足元は回復するも、中長期的には暗雲漂う原油需要

藤 和彦
コンサルティングフェロー

5月上旬の原油価格は堅調に推移している(1バレル=60ドル台半ば)。インドやブラジルでの新型コロナウイルス感染拡大の懸念はあるものの、堅調な米国の経済指標をはじめとする原油需要の回復期待などが支援材料となっている。

ロイターによれば、OPECの4月の原油生産量は前月比10万バレル増の日量2517万バレルだった。増加した主な要因はイランである。イランの原油生産量は前月比20万バレル増の日量250万バレルとなった。

協調減産の規模を縮小するOPECプラス

コロナ禍で低迷するリスクを抱える原油価格を下支えしてきたのは、OPECとロシアなどの大産油国で構成される「OPECプラス」である。OPECプラスは4月27日、共同閣僚監視委員会を開催、「世界の原油需要の回復見通しに変わりはない」と判断して、5月から7月にかけて協調減産の規模を段階的に縮小していく方針を確認した。

OPECプラスは現在、サウジアラビアの自主減産(日量100万バレル)を含め日量約800万バレルの減産を実施している。今回の決定により、OPECプラスの減産幅は5月、6月それぞれ日量35万バレル、7月は約44万バレル縮小し、サウジアラビアの自主減産幅も5月に同25万バレル、6月に35万バレル、7月に40万バレル縮小することになる。これにより7月までにOPECプラスの協調減産の規模は日量580万バレルとなる計算である。

OPECプラスの今回の増産は、「原油価格の上昇が国内経済に悪影響を及ぼす」と懸念する米国の意向を踏まえ、サウジアラビア主導で決定された経緯がある。この方針が打ち出された4月初めの時点では原油価格の下落が危惧されていた。

OPECプラスは「今年の世界の原油需要は日量約600万バレル増加する」との強気の見方を維持しているが、次回の閣僚級会合を6月1日に開催し、7月と8月の生産水準を検討するとしている。

化石燃料は今後「座礁資産」に?

足元の原油需要は回復基調にあるが、中長期的な展望は芳しくない。

OPECプラスの協調減産は2022年4月まで続くことになっているが、ロシア第2位の石油会社であるルクオイルの幹部は4月26日「OPECプラスが目指す世界の原油市場の均衡化は長期的な取り組みとなる。気候変動を巡る新たな現実を踏まえれば、恒久的なものになるかもしれない」との見解を示した。

国際エネルギー機関(IEA)は4月14日、「世界の原油需要がコロナ前(2019年)の水準である日量1億バレルを超えるのは2023年になるが、ガソリン需要は2019年の水準に戻らない可能性がある」との予測を示した。

原油を巡る環境が悪化している背景に、気候変動問題への危機意識に対する国際的な高まりがあることは言うまでもない。トランプ前政権とは異なり、バイデン政権は4月22日から23日にかけて気候変動サミットを主催するなど極めて前向きである。自らが提案したインフラ投資計画の財源を捻出するため、化石燃料企業への助成を廃止する(今後10年間で350億ドル規模)としている。

世界の投資家の間では「原油などの化石燃料は今後『座礁資産』となる可能性が高い」との見方が広まっている。座礁資産とは、社会の環境が激変することにより、価値が大きく毀損する資産のことを指す。二酸化炭素排出量の大幅削減を余儀なくされる環境下で化石燃料の資産価値が大きく下がるというわけである。

ロシアの石油産業が抱える「深刻な問題」

原油が「座礁資産」化するとの見方は、今後の価格動向に影響を与える。

英エネルギーコンサルタント会社であるウッド・マッケンジーは4月15日、「各国政府が足並みを揃えて化石燃料の消費削減を推し進めれば、原油価格は2030年までに1バレル=40ドル前後にまで下落する可能性が高い。2050年までに1バレル=10~18ドルにまで下がるかもしれない」とする衝撃的な予測を出した。

「価格が下がれば収入を確保するために増産しなけれなばならない」という悪循環が起き、世界の石油会社は今後「冬の時代」を迎える可能性が高い。中でも深刻な問題を抱えているのはロシアの石油産業のようである。

ロシア天然資源・環境省のキセリョフ次官は4月中旬、政府機関紙であるロシア新聞のインタビューで「ロシア産原油の可採埋蔵量は58年分あるとされているが、そのうち現在の条件下で利益が出るのは19年分に過ぎない」と発言し、話題を呼んでいる。

エネルギー省のソロキン次官も今年(2021年)1月、「エネルギー政策」という雑誌に投稿した論文の中で「ロシア産原油の可採埋蔵量は約300億トンとされているが、このうち現在のマクロ経済条件下で利益が出るのは36%のみである」としていた。ロシアのここ数年の原油生産量は約5.5億トンであることから、ロシア産原油の「寿命」は約55年だが、利益が出る部分(36%)のみをカウントすれば、20年弱である。

このようにロシア政府幹部が相次いで「自国産原油の寿命が20年に満たない」と語っているのである。2020年6月に採択された「2035年までのエネルギー戦略」でも「2035年時点の原油生産量は良くて現状維持、悪ければ現在より12%減少する」と見込んでいる。

悲観的な予測の要因として、ロシアの原油生産に関する開発条件が急速に悪化していることが挙げられる。ロシアを石油大国の地位に押し上げたのは、西シベリアのチュメニ州を中心とする大油田地帯である。巨大油田が集中し、生産コストが低かったが、半世紀以上も大規模な開発が続けられた結果、西シベリア地域の原油生産は既にピークを過ぎ、減産フェーズに入っている(過去10年間で原油生産量は10%減少)。ロシアが現在の原油生産量を維持するためには東シベリアや北極圏などで新たな油田を開発しなければならない。だが、2014年のロシアによるクリミア併合に対する欧米諸国の経済制裁が続いている中では、技術・資金両面で制約があり、期待通りの開発が進んでいない。

ロシアの石油産業は同国のGDPの15%、輸出の40%、連邦財政の歳入の45%を占める経済の屋台骨である。旧ソ連崩壊を招いた大本の原因は1980年代後半の原油価格の急落であると言われている。プーチン大統領の登場後に世界の原油価格は上昇し、ロシアは大国の地位に返り咲けたが、自国の原油埋蔵量の枯渇という未曽有の事態が生ずれば、再び苦境に立たされてしまうのではないだろうか。

連日フーシ派の攻撃を受けるサウジアラビア

世界第4位の原油輸入国である日本にとって、原油価格が今後長期的に下落していくことは朗報のはずだが、手放しで喜べないかもしれない。日本の原油輸入の4割を占めるサウジアラビアが苦境に陥ることが予想されるからである。サウジアラビアは「ビジョン2030」を掲げて脱石油経済を進めようとしているが、足元の状況は石油依存がかえって高まるというジレンマに陥っている。

サウジアラビアにとっての頼みの綱である国営石油会社サウジアラムコの株価が今年4月以降下落している。イエメンのシーア派反政府武装組織フーシ派がサウジアラムコの石油施設に対してミサイル・無人機による攻撃を連日のように実施しているからである。サウジアラビアによるイエメンへの軍事介入は7年目に入ったが、戦果を挙げるどころか、フーシ派から手痛い反撃を食らう事態が多くなっているのである。

バイデン政権は発足直後からサウジアラビア主導のイエメン内戦への軍事介入に関する支援を打ち切り、人権問題を理由にサウジアラビアに対する武器売却を凍結している。サウジアラビア側は「フーシ派の攻撃を未然に防いだ」との大本営発表を繰り返しているが、自国の対空防衛システムがうまく機能していないことから、新たな高性能対空防衛システムを購入すべく欧米諸国に使節団を派遣したとの情報がある。

サウジアラビアはさらにフーシ派の後ろ盾とされるイランにも「助け」を求め始めている。英フィナンシャルタイムズは4月18日、「激しい対立が続くイランとサウジアラビアが2016年の断交以来初めて直接協議を行った」と報じた。イラクのカディミ首相の仲介によりバグダッドで行われた協議の内容は、フーシ派によるサウジアラビアへのミサイルや無人機による攻撃についてである。「バイデン政権があてにできない」と判断したサウジアラビアの苦渋の選択なのだろう。「バイデン政権は中東地域における主要な同盟国をサウジアラビアからアラブ首長国連邦にスイッチしようとしている」との憶測も生じている(3月22日付OILPRICE)。

このように、大油田地帯である中東地域やロシアで政情が不安定化すれば、「座礁資産」とみなされつつある原油の価格が急騰する可能性がある。くれぐれも「油断」は禁物である。

2021年5月7日 JBpressに掲載

2021年5月14日掲載