アンジェス製の国産コロナワクチン、実用化を阻む厚労省…早期承認競う世界の動きと逆行

藤 和彦
コンサルティングフェロー

世界の新型コロナウイルスワクチンの接種回数は4月24日までに10億回を超えた(4月25日付AFP)が、感染者数や死者数が比較的少なかった日本でのワクチン接種は国際的に見て出遅れの感があることは否めない。巻き返しを図るために4月中旬に訪米した菅義偉首相は自ら、現段階で最も評価が高いとされる米ファイザー製ワクチンの追加購入に道を開き、「5月以降ワクチン接種のペースを加速させる」としている。

世界ではイスラエルなどワクチン接種が進み集団免疫の確保に目途がついたとされる国が現れているが、新型コロナウイルスとの戦いは長期間続く可能性が高い。ワクチン接種により生じる抗体は長期間続かないことから、新型コロナウイルスは一度ワクチンを接種すれば根絶できる「はしか」のようなものではなく、毎年世界で数百万人が感染するインフルエンザのようなものになるとの見方が強まっているからである。

このところ世界各地で新型コロナウイルスの変異株が出現していることも気になるところである。昨年末に英国で変異株が発見されて以来、南アフリカやブラジル、米カリフォルニア州、インドなどで発見が相次いでいる。変異株の特徴は(1)感染力が強いことに加えて(2)ワクチンによってつくられる抗体を回避する点にある。

日本でも感染力の強い英国型が関西地域から日本全体に広がる恐れがあることから、4月25日から4都府県を対象に3回目の緊急事態宣言が発令されているが、「日本にとってさらなる脅威はカリフォルニア型ではないか」と危惧する声も上がっている。カリフォルニア型は3月中旬にカリフォルニア州の新規感染者の50%を超え、日本でも3月に沖縄県で1例見つかっている。

懸念されるのは「日本人をはじめ東アジア地域の人々に感染しやすい」との暫定的な研究成果が出ていることである。新型コロナウイルスに打ち克つためには、(1)抗体(液性免疫)を保有するとともに(2)新型コロナウイルスに感染した細胞を破壊できるキラーT細胞(細胞性免疫)を獲得することが肝心である。細胞性免疫は重症化を予防する効果が大きいとされている。

日本をはじめ東アジア地域で被害が比較的軽微だったことの原因のひとつに「新型コロナウイルスに適切に対応できる細胞性免疫を有していた」との仮説(ファクターX)が出されていたが、カリフォルニア型にはこれが通用しないというのである。

細胞性免疫を司る白血球のタイプは「ヒト白血球抗原(HLA)」と呼ばれ、その種類は数万種類に上るといわれている。日本人の6割が持つHLA-A24は新型コロナウイルスを認識できたが、カリフォルニア型を認識できないことから、ウイルスを排除する仕組みが働かないことがわかってきた。ひとりの人間が持つHLAは複数あり、HLA-A24以外のタイプがカリフォルニア型を認識して排除する可能性はあるが、細胞性免疫の仕組みが複雑であることから実験が難しく、その詳細は明らかになっていない。

国産ワクチンの開発は喫緊の課題

「国ごとに変異株が出現する可能性があり、国産ワクチンの開発は喫緊の課題である」

このように主張するのは、4月21日の『BSフジLIVE プライムニュース』(BSフジ)に出演した森下竜一大阪大学教授である。ウイルスの遺伝情報は突然変異で変わっていくが、その性質を大きく変えることは通常はないとされてきた。だが新型コロナウイルスでは性質が変化する変異株が短期間に複数出現している。

その要因として挙げられるのは、感染者が非常に多い(1.4億人超)ことだが、筆者は「人類が強力なワクチンを投与してウイルスの根絶を目指せば目指すほど、新型コロナウイルスは変異株を出現させてこれに対抗するのではないか」と考えている。鳥インフルエンザの場合、2000年にワクチンができた後に変異株が急増している。

日本製ワクチンの印象が薄い昨今だが、森下氏が率いる大阪大学発ベンチャー企業アンジェスは昨年3月から新型コロナウイルスのワクチン開発を開始した(開始時期はファイザーやモデルナなどと並んで世界で最も早かった)。開発しているワクチンのタイプはDNAワクチン。遺伝子治療薬の開発に成功しているアンジェスはその経験を生かして世界初となるDNAワクチン開発に取り組んでいるが、その有効性はもっとも高いとされているメッセンジャーRNAタイプのワクチンに比べて若干劣るものの、安定性に優れ保管が容易であることから、大きな期待が集まっていた。

PMDAの評価方針

アンジェスは昨年6月に健康な人に対して安全性を確かめる第一段階の治験を始め、数百人規模の治験で済む「条件付き早期承認」を取得し、今年春から夏頃を目途に100万人規模のワクチンを国内に供給する予定だった。しかし、厚生労働省所管の医薬品医療機器総合機構(PMDA)が昨年9月に公表した新型コロナワクチンの評価方針で数万規模の治験を求めたことから、アンジェス製ワクチンの早期実用化は暗礁に乗り上げてしまった。

感染者数が少ない日本で数万人単位の治験を行えないことから、海外での治験が不可欠となるが、今年夏から海外での治験を始めたとしても、終了は来年以降になる(3月21日付日本経済新聞)。

米国や英国、イスラエルなどでは、国のトップが剛腕を振るって有事向けのワクチンルールを策定したことで開発が飛躍的に進んだのに対し、日本のワクチンの治験(臨床試験)や承認基準は厳しいままである。厚生労働省が早期承認を嫌うのは、国民がワクチンの副反応に極端に敏感との事情があり、医療という枠組みの中では「安全性が金科玉条」という姿勢を変えることができないからだろうが、厚生労働省の医務技監OBは「米国のような緊急使用許可の制度をつくるべきだ」と提言している(3月23日付日本経済新聞)。 

「ファクターX」が消滅しつつある日本でも、国産ワクチンの開発を促進するための環境整備を早急に行うべきではないだろうか。

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2021/04/post_222723.html
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2021年4月27日 Business Journalに掲載

2021年5月7日掲載

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