米国、なぜ投票権制限の動き?銃規制強化などを妨げる米国議会特有「フィリバスター」

藤 和彦
コンサルティングフェロー

米国のバイデン政権発足から3カ月が過ぎた。1月20日の大統領就任式で「結束」を強調していたジョー・バイデン大統領だったが、これまでのところ上出来のようである。

米政治専門サイト「リアルクリアポリティックス」による各種世論調査によれば、バイデン大統領の平均支持率(4月8日から13日まで)は就任以来50%台を維持しており、4年間を通して支持率が50%を超えなかったトランプ前大統領とは対照的である。

米国ではハリウッド映画顔負けの波乱に満ちた大統領選挙の末、5人の死者と数百人の逮捕者まで出す騒ぎを経てようやくトランプ政権からバイデン政権への移行が実現した経緯から、バイデン政権は波乱の船出になると予想されていたが、蓋を開けてみると一定の求心力を保っている。

その要因は「チャイナカード」を駆使したバイデン政権の景気浮揚戦略にあるとの見方がある(4月19日付WEDGE Infinity)。バイデン政権は1.9兆ドル規模の追加経済支援法案を連邦議会で成立させると、即座に2兆ドル規模のインフラ投資計画を議会に提出したが、決め台詞は「中国との競争に勝つ」である。大統領選挙では「打倒トランプ」を合言葉に民主党リベラル派との結束に成功を収めたバイデン氏は、今度は「打倒中国」で民主・共和両党間の団結を醸し出そうとしているのである。

しかし、米国社会の分断は根深い。分断と対立からの「癒し」を唱えるバイデン大統領にとって新たな難問が浮上している。米インディアナ州にある物流会社の倉庫で15日深夜、8人が銃で撃たれて死亡した。銃撃事件が多発している状況を憂いたバイデン大統領は16日、「米国では多数が撃たれる銃事件が起きている。国家の恥であり、終わらせなければならない」と述べ、議会に対して迅速に行動するよう強く求めた。

フィリバスター

銃規制を強化するためには議会で法案を成立させる必要があるが、上院には採決を阻止する議事妨害(フィリバスター)という慣行がある。上院のルールでは、法案の審議を打ち切って採決に入る際には6割の賛成が必要となるが、民主・共和党がともに50議席を獲得し勢力が拮抗している状況では、フィリバスターという壁を破ることができない。上院のフィリバスター制度は、過去に南部選出の保守派議員が黒人の権利向上のための法律(公民権法や投票権法など)の成立を妨げるために繰り返し利用してきた経緯があることから、オバマ元大統領は「人種隔離政策時代の遺物」と呼んでフィリバスター廃止を主張していた。

対立の火種はさらにある。アップルやアマゾン、スターバックスなど100社を超える企業は14日、有権者の投票権制限につながる法律に異議を唱える共同声明を発表した。

日本では11日、松山英樹の日本男子初のメジャー制覇で全土に歓喜の声がこだましたが、企業が問題としているのはマスターズ・トーナメントが開催された南部ジョージア州の議会が3月25日に成立させた投票規制法である。共和党が多数を占めるジョージア州議会が成立させた法律は、不在者投票の身元確認を厳格化するほか、投票所に並ぶ有権者に水や食べ物を提供することを禁止する内容だが、黒人らマイノリティーを標的にしているとの批判が出ている。

投票権の制限は、今後の人口動態変化によって不利になると考えられている共和党にとって「生き残り」をかけた秘策であり、ジョージア州のほか、アリゾナ、テキサス、フロリダ、アラバマ、ウィスコンシン、ミシガンなどいずれも議会で共和党が多数を占める州で郵便投票や期日前投票、不在者投票などの規制に乗り出している。

これに対し民主党も州レベルで投票権拡大などの対抗措置を講じようとしているが、連邦レベルでも投票権拡大に積極的である。下院では3月3日、多岐に及ぶ投票制度改善策を盛り込んだ法案が賛成多数で可決した。1960年代半ばのジョンソン民主党政権が成立させた「投票法改正措置」以来の大改革と位置付けられているが、フィリバスターのせいで上院での成立はおぼつかない状況にある。

この問題でもフィリバスターが大きな障害となっているが、フィリバスター制度自体を廃止することは上院の過半数の賛成で可能である。手続き上のハードルは低いのだが、「一度廃止してしまうとその後は歯止めが効かない報復合戦になってしまう」との懸念から、フィリバスター廃止は「核オプション」という名で恐れられてきた。現在上院ではフィリバスター廃止に同意しない民主党議員がいるため、フィリバスターがただちに廃止されることはないだろうが、「投票総数で上回っても、自らが望む改革ができない」との不満が民主党内で高まるのは当然であり、予断を許さない状況にある。

160年前の状況に近似

ジョージア州の投票規制法に話題を戻すが、この法律が反対派から「21世紀のジム・クロウ法の復活」と揶揄されているのは気になるところである。ジム・クロウ法とは、南北戦争後の19世紀末から1960年代まで南部諸州に存在した黒人の投票権を実質的に剝奪した州法の総称である。現在マイノリティーの投票権の制限に躍起になっている共和党だが、南北戦争直前に発足した当時は「奴隷制への反対」を掲げたいわゆるワン・イシュー政党だった。

現在の共和党は南北戦争で駆逐したはずの「人種差別主義」という亡霊に自ら憑りつかれてしまったとの印象も強い。合衆国の結束を図るために奴隷制廃止に消極的だったリンカーン大統領の誕生が、結果的に国を分断する南北戦争のきっかけとなってしまったことは歴史の皮肉以外の何ものでもない。

バイデン大統領が米国を再び分断させると断言するつもりはないが、投票制度を巡る米国内の対立の激化は、160年前の状況に近似しつつあるのはではないだろうか。

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2021年4月22日 Business Journalに掲載

2021年4月30日掲載