中国による台湾への侵攻に警戒高まる…太平洋からの米軍排除狙い軍事力行使の可能性

藤 和彦
コンサルティングフェロー

米中の対立が激化し、「新冷戦が始まる」との懸念が急速に強まっている。

3月18日に米アラスカ州で開かれたブリンケン米国務長官と中国の外交担当トップである楊共産党政治局員らの会談では、双方が相手の冒頭発言への反論を繰り返す異例の展開となった。バイデン新政権との関係改善を求めてアラスカまで出向いた中国側だったが、楊氏は激しい言葉を使って「反米演説」を行い、会談の雰囲気を最初から壊してしまった。

会談に至るまでの中国側の姿勢からすれば、楊氏の行動は合理性を欠くが、中国国内での彼の評判はうなぎ登りである。楊氏が自らの保身・出世のために行った(3月23日付ニューズウィーク)との見方があるが、中国外交のトップが米国を公然と罵倒し一切の妥協をしない強硬姿勢を示したことは、米国内の対中世論の悪化にさらに拍車をかける結果を招く。米国内の世論のせいで、バイデン政権が今後中国との関係を改善することは事実上困難になったといわざるを得ない。

「中国の軍事行動の危険が高まっている」との予測も強まっている。米インド太平洋軍司令官に指名されたアキリーノ太平洋艦隊司令官は23日、人事承認に向けた上院軍事委員会の公聴会で「中国共産党は米軍を中国周辺から排除することを目的とした能力を向上させている。中国による台湾侵攻は大多数の人々が考えているよりも非常に間近に迫っている」と証言した。

その上で中国軍の軍事的進出を押さえこむ「太平洋抑止構想」の実現に向けて、インド太平洋軍が連邦議会に要求した2022会計年度(2021年10月から22年9月)から6年間で270億ドルに及ぶ予算を承認するよう要請した。アキリーノ氏はさらに「日本も台湾を巡る状況が意味するところを理解している。日米同盟が地域における抑止力の土台になる」との認識を示した。

中国が軍事行動に訴えれば、台湾はもちろん、米国や日本も大きな痛手を負うことは火を見るより明らかである。台湾の軍事力増強支援や日米同盟の強化により、果たして中国の軍事的冒険を思いとどまらせることはできるのだろうか。

存在感増すインド

筆者は、日本と韓国での2プラス2(外務防衛閣僚協議)に参加したオースティン国防長官の動向に注目している。オースティン氏は20日、インド・ニューデリーでシン国防相と会談し、両国の軍事協力を拡大することで一致した。バイデン政権発足後、主要閣僚のインド訪問は初めてである。

オースティン氏は「国際秩序が変化する中、インドはますます重要な相手となっている」と述べ、シン氏は「軍の連携拡大、情報共有などに焦点を当てた」と応じた。両氏は昨年10月に両国が合意したインド軍の巡航ミサイルの運用向上につながる衛星画像の相互提供協定などを再確認した。インドは米国が強みとする衛星情報を活用し、国境の監視を強化する活動を開始している。

インドは20年5月から中国との間でヒマラヤの国境係争地でにらみ合いを続けている。2月10日に一部地域(標高4500メートルの高地にあるインド北西部ラダック地方のパンゴン湖)から両軍が撤退することが発表されたが、他の地域では軍のにらみ合いが続いている。昨年6月に死者が出る激しい衝突が起きたガルワン渓谷の状況は一向に改善されていない。

ガルワン渓谷での衝突による中国側の死者数は長い間公表されていなかった。人民解放軍の機関紙(解放軍報)は2月19日になって初めて4名と伝えたが、中国国内のネット上では「我が軍は少なくともひとつの営の兵士(約500人)が生き埋めにされた」との憶測が出回っている。中国側の正確な死者数の詮索は置くとしても、「今回の撤退の背景には中国側が戦略的に不利と判断したからだ」との見方がある。

インドメディアは「インドが米国とフランスから支援を受けて確固たる立場で対応したことから、ラダックからの中国の撤退を勝ち取ることができた」と報じている。インドは米国などの支援を受けながら近年では例のないほどの軍事力をラダックに動員して、実効支配線を侵害してインド側に入り込んできた中国軍を追い返したのである。1962年に勃発した中国との間の国境紛争で一敗地に塗れたインドは、ここに来てようやく中国に対して一矢報いたといえよう。

「マラッカ・ジレンマ」という悪夢

中国のインドに対する批判は抑制的であるが、インド側は「人民解放軍は捲土重来を期している」と身構え、さらなる軍事力増強に余念がない。今回の協議での焦点は、インド側の米国製武装無人機30機(約30億ドル相当)の購入計画だったが、結論は出ず、協議継続となった。インド側の米国製武装無人機の購入の目的は、国境紛争に対する備えとともに、インド洋での軍事支配力の強化である。

米国は対中戦略上、インドの戦力を引き上げ、米海軍を南シナ海などにより集中したいとの思惑もある。米戦略予算評価センターが1日に公表した報告書のなかで「中国の台頭を防ぐために人民解放軍の弱点を集中攻撃しなければならない」とした上で「機動力に欠けた人民解放軍がひとつの問題に集中できないよう、様々な所で同時多発的に問題を起こすべきである」と主張している。

筆者は昨年9月5日付コラムで「インドは中国を牽制するためマラッカ海峡封鎖作戦を策定している」と書いたが、インドが米国製武装無人機を購入すればその実現可能性が高まるだろう。中国との武力衝突を契機にインドがマラッカ海峡を封鎖すれば、中国の中東産原油の輸入がストップするという「マラッカ・ジレンマ」という悪夢が現実のものになるが、巻き添えを食う日本は中国以上に甚大な被害を被る。米中の対立激化に備え、日本はあらゆる方面での警戒が必要なのではないだろうか。

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2021年3月26日 Business Journalに掲載

2021年4月2日掲載

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