中国、インド領土内に数千人の村を建設、実効支配を狙う…中印軍事衝突の緊張高まる

藤 和彦
コンサルティングフェロー

中国の「傍若無人」ともいえる振る舞いから、米国で誕生したバイデン新政権も「自由で開かれたインド太平洋」戦略を継承し、日本や豪州、インドとの連携強化で中国に対処していく姿勢を明らかにしつつある。

日本、米国、豪州にとっての中国の脅威は海洋が中心だが、インドは陸上でも対峙している。インドと中国の3440キロメートルに及ぶ国境は大部分が確定されておらず、国境をめぐる紛争地域は、ネパールを挟んで東西に分かれている。

西部のカシミール地域のラダックでは昨年6月、45年ぶりに死者が出る紛争が勃発した。その後も緊張状態が続いており、極寒の中で数万にも上る両軍の兵士たちの駐留が続いている。ラダックに隣接する東西約130キロメートルに広がるパンゴン湖は、水上で分断されており(インドが3分の1、中国が3分の2を実効支配)、劣勢にあるインドは活動強化のために偵察船と軍用機を増強している(1月20日付日本経済新聞)。

ラダックをめぐる両国の緊張は、東部地域にも波及しつつある。インド北東部シッキム州の中国との国境地帯で1月20日、両国軍による小規模な軍事衝突があり、双方に負傷者が出た模様である。インド側の発表によれば、中国兵がパトロ-ル中にインド側に入ろうとして小競り合いになったが、現地司令官同士が規定に従い解決したとのことである。これに対し中国メディアは「インドメディアによるフェイクニュース」と否定している。

インド、ロシアからS400を5基購入

今回衝突のあった標高5000メートル級のシッキム州では、昨年5月にも小規模な衝突があった。同州の国境線は西部のラダックとは異なり、川の氾濫や冠雪などでしばしば変化することから、衝突が生じやすいという難点がある。

シッキム州はネパールやブータンの間に位置するが、インドにとって要衝の地である。中国に攻め込むのに重要な場所であり、ヒマラヤ地帯で唯一インドが地形的、戦略的に優位に立っている地域だとされている。逆にこの地域を中国に奪われるとインドは大打撃を被る。インドの国防上の弱点(チキン・ネック)であるシリグリ回廊に近いこの地域が中国の手に落ちると、首都ニューデリーなどが存在するインド主要部と北東部が分断されてしまうからである。

2003年に「チベット自治区における中国の主権」と「シッキム州におけるインドの主権」を相互承認する合意がなされたが、2017年に中国がこの合意に反してシッキム州周辺に軍を配備したことから、両軍が2カ月以上にらみ合ったという経緯がある。中国は2018年からドクラム地区に近いチベット自治区の空港に戦闘機を重点配備し、新たな滑走路まで建設するなど軍事拠点化を進めたことから、インドのモディ首相は2018年10月にロシアのプーチン大統領と会談し、S400を5基購入することで合意した(総額54億ドル)。

S400はロシア製の地対空ミサイルシステムのことであり、最大射程が数百キロメートル、弾道ミサイルを迎撃する機能を有する。そのうち1基が年末までにインド側に引き渡されることになっていることから、インド軍はその操作方法を習得するため約100人の要員をロシアに派遣した(1月28日付日本経済新聞)。

インドも「ワクチン外交」

中国との対立の長期化に備えるインドは2020年10月、米国との間で衛星情報の共有などで新たに合意した。米国が強みとする衛星情報などを使い、国境係争地域で中国の兵士の位置や軍事施設に関する正確なデータを瞬時に共有することを狙っている。前述のシッキム州での中国兵の動きも米国からの情報が役に立った可能性がある。

米国からの情報提供のおかげで、インドの領土の最も東に位置するアルナチャルプラデシュ州内に中国が「数千人が居住できる村」を建設していたことが判明している(2020年11月25日付CNN)。2020年11月と2019年8月の衛星写真を比較したことで明らかになったが、「村」から約1キロメートル南には中国軍の駐屯地があり、「居住民保護を名目に実効支配を行うのではないか」との懸念が生じている。中国は「我が国の領土に違法に設置されたアルナチャルプラデシュ州なるものをこれまで一度も承認したことはない」との立場であり、1962年の中印国境紛争では激しい戦闘が行われた。

シッキム州とアルナチャルプラデシュ州の間に位置するブータン領内でも衛星写真のデータから、中国がシッキム州に近接した場所で道路や集落を建設していることがわかり、ブータンの後ろ盾であるインドは神経を尖らせている。ちなみにブータンと中国の間には現在に至るまで国交は存在していない。

習近平国家主席は2019年10月に訪印し、モディ首相と「地域の安定が重要」との認識で一致したが、実際に行っていることはまったく逆であり、インド側は「中国が南シナ海で拠点を設けて一方的に現状変更した手法と同じである」と警戒心を露わにしている。

世界のワクチンの6割を製造した実績のあるインドも「ワクチン外交」を展開し始めているが、その狙いは周辺国への影響力を維持することにある。人口約80万人のブータンに対して15万回分、2017年に共産党系政権ができてから関係が疎遠になった人口約3000万人のネパール(シッキム州の西に隣接する)にも100万回分のワクチンを無償供与するが、提供されるのはいずれも英製薬大手アストラゼネカが開発し、インドで製造したものである。

1962年の大規模な国境紛争でインドに大勝した中国だが、軽率な行動を続けていると、中国に対して汚名を雪ぐための準備を進めているインドに手痛い敗北を喫してしまうのではないだろうか。

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2021/02/post_205470.html
Copyright © Business Journal All Rights Reserved.

2021年2月2日 Business Journalに掲載

2021年2月9日掲載

この著者の記事