日本、戦後最悪の石油危機の足音…BP「世界の原油需要80%減」、中国の少子高齢化の衝撃

藤 和彦
上席研究員

石油輸出国機構(OPEC)は9月14日、創設から60年を迎えた。バルキンドOPEC事務局長は声明を出し、「石油市場の秩序と安定を目的とし、役割を拡大してきた」と1960年以来の歩みを讃えたが、米国のシェール革命などによって生じた非OPEC産油国の台頭や、再生可能エネルギーが普及する中、このところOPECの力は陰りを見せていた。

これに追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルスのパンデミックによる世界の原油需要の急減である。今年前半にはOPEC全体の生産量(日量3000万バレル)に匹敵する需要が消失したとの憶測から、米WTI原油先物価格がマイナスの値を付けるという異常事態が起きた。OPECは、ロシアなどの非OPEC産油国とともに5月から日量990万バレルという史上最大規模の協調減産を開始し、現在も規模を縮小しつつも減産を続いているが、原油市場における主導権を取り戻せずにいる。

その要因は、パンデミックで減少した世界の原油需要の回復が思わしくないからである。OPECや国際エネルギー機関(IEA)は、今年の世界の原油需要は前年に比べて1割減少すると見込んでおり、「パンデミック以前の需要(日量約1億バレル)の水準に達するのは2022年になる」との予測も出ている。

9月14日はOPEC創立60周年記念日以外に、もう一つ大きな出来事があった。大手石油企業である英BPが、「原油需要の拡大が絶え間なく続く時代は終わった」との認識を示すレポートを公表したのである。BPはこのレポートのなかで「世界の原油需要はパンデミック以前の水準に戻ることはないのかもしれない。化石燃料から他のエネルギーへの移行が進む中で、最も強気のシナリオでも世界の原油需要は今後20年間ほぼ横ばいに過ぎない。今後30年間で世界の原油需要は55~80%減少する可能性がある」としている。

2017年から18年にかけて、「世界の原油需要がピークを迎える時期」に関して、関係者の間で議論が巻き起こり、「2030年頃にピークを迎えその後減少する」とのシナリオで収束した経緯がある。現在でも「世界の原油需要は今後10年は増加する」と考える業界関係者が多いなかで、スーパーメジャーのBPが「時代の終焉」を初めて認めたことは画期的なことである。BPが化石燃料に対する悲観的な見方を示す根拠は、世界各国が環境問題への取り組みを一層強化するとの見通しからである。例えば、ガソリン自動車への規制強化に伴う電気自動車に対する人気の高まりやプラスチック製品に関する新たな規制措置の導入などが挙げられる。

中国、原油需要の限界

筆者は2017年の頃から「中国の原油需要の減少から、世界の原油需要は早晩頭打ちになる」と考えていた。OECD諸国の原油需要は2006年に頭打ちになっていたが、中国のおかげで世界の原油需要がその後も増加し続けてこられた。2000年代前半から「爆食経済」化した中国は、長らく世界の原油需要の伸びの50%を占める牽引役を務めてきた。今や世界最大の原油輸入国となった中国は、コロナ禍でも原油需要はいち早く回復している。

しかし、中国の原油需要はさすがに限界に来ているように思えてならない。中国の旺盛な原油需要を支えたのは長年にわたる経済の高成長だったが、その最も重要なエンジンである労働力が減少し始めているからである。中国政府の統計によれば、中国の労働力人口(15歳から59歳までの人口)は2011年の9億4040万人をピークに、その後年々減少し、2019年には8億9640万人となっている。

中国の総人口は2019年末時点で約14億人であり、今後しばらくの間増加し続けるとされているが、専門家の間では「政府は人口統計データを改竄している」との批判が根強い。中国の総人口はすでに減少に転じており、「中国は今後10年以内に人口危機に直面する」と警告する専門家もいる。歴史人口学者の速水融はかつて「少子高齢化する中国はアジア地域にとっての最大の災禍である」と憂いていた。

中国経済が人口要因などにより急減速すれば、環境規制の強化を待たずに世界の原油需要はピークアウトし、原油価格は長期にわたり低価格で推移することになるだろう。

中東地域全体での地政学リスク

20世紀の日本は、戦前の米英諸国によるABCD包囲網や戦後の2度にわたる石油危機など、原油という戦略物資に振り回されてきた感が強いが、世界の原油需要のピークアウトでこの問題から解放されるのだろうか。日本への原油供給の9割を占める中東産油国の今後の動向がその鍵を握っている。

世界の原油需要のピークアウトに備え、サウジアラビアをはじめ中東産油国は「脱石油経済」に向けた改革を始めているが、残念ながらその成果は芳しくない。今年9月に入り、中東地域ではイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンとの国交正常化が相次いでいるが、「パレスチナ問題どころではない。イスラエルの助けを借りてでも経済の苦境を乗り切りたい」という中東産油国側の思惑が透けて見える。

この動きは今後も続く可能性があるが、微妙なバランスの上に成り立ってきた中東地域全体が一気に流動化する懸念も高まることだろう。「ホルムズ海峡の封鎖」が日本のエネルギー安全保障にとって最悪のシナリオだったが、中東地域全体で地政学リスクが高まれば、日本は戦後最悪の石油危機に遭遇してしまうかもしれないのである。

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2020年9月16日 Business Journalに掲載

2020年9月28日掲載

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