住商も撤退、終焉を迎えそうな米国のシェールブーム
「賭け」に敗れたシェール企業が続々と破綻

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は、このところ1バレル=40ドル台前半で安定的に推移してきたが、9月に入ると1バレル=40ドル割れし、一時約3カ月ぶりの安値となった。

まず供給サイドの動向を見てみたい。

ロイターによれば、8月のOPECの原油生産量は前月比95万バレル増の日量2427万バレルだった。8月以降のOPECの原油生産量は、7月の水準から日量122万バレル増加する予定だったが、イラクなどによる埋め合わせ減産が増加幅を抑えた。イラクの減産遵守率はここ数年で最高となっている。最も増産したのはサウジアラビアで、前月比60万バレル増の日量900万バレルとなり、減産目標の水準に近づいている。

次に米国だが、新型コロナウイルスのパンデミック以前に記録した日量1310万バレルの生産量に回復する兆しが見えていない。米国の石油掘削装置(リグ)稼働数は180基前後と2005年以来の低水準のままであり、少なくとも今年中は回復しない見通しである(8月12日付OILPRICE)。9月の主要産地のシェールオイルの生産量の見通しも、前年比15%減の日量756万バレルと5カ月連続で前年割れとなっている。

世界の原油需要は回復するのか?

大産油国の減産で足元の原油市場の需給は引き締まっているのにもかかわらず、WTI原油価格が再び軟調となっているのは、需要回復の遅れへの警戒感からである。

国際エネルギー機関(IEA)は8月半ば、「コロナ禍の影響で今年の世界の原油需要は日量810万バレル減少する」と予想していた。OPECもその後、「今年(2020年)の世界の原油需要は日量906万バレル減少する」との見通しを示していた。ロシアのノバク・エネルギー相も9月4日、「今年の世界の原油需要は最大で日量1000万バレル減少する」との見方を示している。

世界の原油需要の伸び悩みを象徴しているのは米国である。世界最大の原油需要国である米国では、最需要期にもかかわらず石油製品の販売不振が続いている。コロナ禍の影響で外出を控える動きが広がり、ガソリン需要期のドライブシーズンが不発に終わったからである。シーズン終盤になってガソリン需要は日量916万バレルとほぼ前年並みの水準にまで持ち直していたが、シーズンの最終日に当たるレイバーデーのガソリン価格は16年ぶりの安値だった。今後、消費の柱はガソリンから暖房用に使われる軽油に移るが、暖冬の予想が出ており、先行きに不透明感が漂っている(9月8日付日本経済新聞)。

米国と対照的なのは中国である。世界第2位の原油需要国である中国では、ジェット燃料などの一部の不振を除き、コロナ禍の影響からほぼ抜け出している。今年前半に急落した原油を大量調達したことから、6月と7月の原油輸入量は過去最高水準になっていた。だが、貯蔵能力の限界から今後ペースダウンすることが予測されている(8月19日付OILPRICE)。加えて心配なのは米国との対立の深刻化である。IEAの高官は9月7日、「地政学的な緊張が中国の需要に影を落としている」と懸念を示している。

世界第3位の原油需要国であるインドの原油需要は2割減のままである。世界第4位の原油需要国である日本の原油需要も3割減のままである。

WTI原油価格は年初の水準から30%以上下落しているが、需要面からの下押し圧力からさらなるダウンサイドリスクが生じており、供給サイドへのストレスが強まることが予想される。

クウェートの動向に要注意

直近の中東産油国の中で異変が生じているのはクウェートである。

日量約300万バレルを誇る世界第9位の原油生産国クウェートの財務相は8月20日、「11月以降公務員の給料が払えなくなる」と議会に対し窮状を述べた。

クウェート財政は原油売却代金収入に90%依存しており、今年の赤字は460億ドルに達する見込みである(9月2日付ブルームバーグ)。政府は財政赤字を補填するため、基金の取り崩しを議会に要請したが、政府の提案に不満を持つ議会がこれを承認しなかったことから、政府の流動資産が枯渇する事態となりつつあるのだ。

クウェートは湾岸戦争後の復興の過程で、米国など西側諸国の支援を受け入れるために国内の民主化を断行した経緯があるが、日本の原油輸入量の8%を占めるクウェートの動向は要注意である。

暗雲が漂うサウジの「ビジョン2030」

日本の原油輸入量の4割を占めるサウジアラビアの動向も不安定なままである。

サウジアラビアの6月の原油収入が前年比55%減の87億ドルとなるなど財政面での不振が続いている状況下で、「ビジョン2030は死んでしまったのではないか」との声が出始めている(9月6日付OILPRICE)。

ムハンマド皇太子が脱石油依存経済の確立のために推進している「ビジョン2030」の3本柱は、(1)紅海沿岸に建設するスマートシティ「NEOM(事業規模は5000億ドル)」、(2)太陽光発電プロジェクト(事業規模は2000億ドル)、(3)国営石油企業サウジアラムコのガスおよび石油化学部門への投資(事業規模は数百億ドル)である。

(1)については、サウジアラビアのアブドラアジズ石油相が8月24日、「NEOM建設を支援する」と述べたが、一向に上昇しない原油価格に対して「特効薬」があるとは思えない。

ムハンマド皇太子が固執するNEOMの資金獲得に奔走しているのは政府系ファンドである「PIF」である。PIFは米国株式市場で値上がりした欧米の石油会社や金融機関の株式を4月以降に大量に売却したことが明らかになっている(8月30日付日本経済新聞)。PIFへは今年3月から4月にかけて中央銀行が保有する多額の外貨準備の一部が移管されたが、「穴の空いたバケツ」状態が続いているようだ。

(2)の太陽光発電プロジェクトも資金調達の目途が全く立っていない。(3)のサウジアラムコのLNGおよび石油化学事業も資金不足により遅延を余儀なくされている(9月3日付OILPRICE)。

ムハンマド皇太子は9月1日、米国のクシュナー大統領上級顧問とリヤドで会談し、中東和平について協議した。ムハンマド皇太子が「アラブ首長国連邦(UAE)に続き、イスラエルと国交を正常化し、これを梃子にして経済改革を進めたい」と熱望していることは想像できるが、これに「待った」をかけているのがサルマン国王である。

サルマン国王は9月7日、トランプ米大統領と電話会談を行い、米国の和平努力に謝意を示したものの、「2002年の和平提案に基づいた公平で恒久的なパレスチナ問題の解決を望む」と述べた。2002年の和平提案とは、サウジアラビアの提案に基づきアラブ連盟がまとめたもので、その内容は「パレスチナ国家の樹立とイスラエルが1967年の第3次中東戦争で占領したパレスチナの地からの全面撤退」である。

破綻が相次ぐシェール企業

低油価に苦しんでいるのは米国のシェール企業も同様、いや、それ以上に深刻かもしれない。シェール企業は2014年後半からの原油価格急落より2015年から2016年にかけて約100社が破綻したが、2016年から2019年にかけての第2次シェールブームのおかげで息を吹き返した。

2016年から2019年にかけてのシェール分野への投資総額は1560億ドルを超えるが、そのほとんどが原油価格が上昇すると見込んでの「賭け」だったことから、現在の低油価の下で「負の遺産」と化している(8月31日付ロイター)。

多額の債務を抱えたシェール企業にとって1バレル=40ドルの原油価格では事業継続が難しいことから、今年に入りシェール企業は既に57社破綻しており(9月2日付OILPRICE)、法律事務所ヘインズ・アンド・ブーンは「現在の原油価格が続けば2022年末までにシェール企業はさらに150社破綻する可能性がある」と指摘する。

2016年から2019年にかけて破綻した企業の資産を買収する動きが起きたが、石油業界全体が生き残りをかけて予算を削ってキャッシュの確保に血眼になっている現状では、破綻した企業のシェール資産を買い取る力を有している企業はほとんど残っていない。

コンサルタント会社リスタッド・エナジーによれば、6月中旬までにシェール業界でリストラされた人員は10万人を超えている。長期にわたり不振が続くと判断したのだろうか、米石油サービス大手シュルンベルジェは9月1日、3年前に4億3000万バレルで買収した北米の水圧破砕(フラッキング)事業部門を売却した。日本勢の中で最も米国のシェール事業に積極的だった住友商事は9月7日、自らが保有するシェール権益の一部の売却を発表した。

2度にわたるシェールブームで米国は世界最大の原油生産国となったが、投資のリターンが芳しくない状態が続いており、ウォール街の投資熱はすっかり冷めてしまっている。米国のシェール資産はいまだ健在だが、10年間続いたシェールブームは一旦終焉を迎えるのではないだろうか。

2020年9月11日 JBpressに掲載

2020年9月18日掲載

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