コロナ、体内に抗体がなくてもT細胞がウイルス撃退…アジア人の低死亡率、原因解明進む

藤 和彦
上席研究員

日本では6月19日、新型コロナウイルス対策として自粛を要請されていた都道府県をまたぐ移動が全面的に解除されたが、その後、世界でのパンデミックが加速していることから、第2波の襲来への警戒心が高まっている。

厚生労働省は6月16日、新型コロナウイルスに関する初の大規模な抗体検査の結果を発表したが、東京での抗体保有率は0.1%、大阪は0.17%、宮城は0.03%だった。5月31日時点の累積感染者数を基にした感染率が、東京は0.038%、大阪0.02%、宮城0.004%であることから、実際の感染者数は報告されている人数の2.6~8.5倍に達することになり、PCR検査の陽性者数の数倍にあたる人々が感染に気づかないまま回復したことになる。

注目すべきは欧米に比べて抗体保有率が非常に低かったことである。大規模流行が起きた海外では、スウェーデンのストックホルム市は7.3%、英ロンドン市は17.5%、米ニューヨーク市は19.9%だった。抗体保有率が低いことは、多くの人が免疫を獲得し感染が終息に向かうという「集団免疫」の段階に達するまでの時間が長いとされることから、日本での「第2波」は諸外国に比べて大きくなるのではないかと懸念されている。

新型コロナウイルスを退治できる「T細胞」

一方、日本などアジア地域での新型コロナウイルスによる死亡率が、欧米地域などと比べて2桁少ないことが明らかになっているが、その謎の解明に資する研究結果が出ている。

米国カリフォルニア州のラホヤ免疫学研究所が新型コロナウイルス流行前(2015年から2018年)に採取した健康な人の血液を調べたところ、半数の人の血液から新型コロナウイルスを退治できる「T細胞」が検出された(6月19日付日経バイオテク記事より)。

人間の免疫機構はさまざまな免疫細胞が連携して働いている。大括りにすれば、自然免疫(生まれながらに身体に備わった免疫機能)と獲得免疫(病原体に感染することによって後天的に得られる免疫機能)に分かれるが、新型コロナウイルスに対処できるのは獲得免疫のほうである。獲得免疫も2種類に分かれ、「抗体という武器をつくる」B細胞と「ウイルスなどの異物を撃退する」T細胞がある。

治療薬やワクチンの開発などで注目されているのはB細胞のほうであるが、今回の研究結果はこれまで光が当たっていなかったT細胞に関するものである。新型コロナウイルスが出現する前から、SARSやMERSのほかに4種類のコロナウイルス(風邪の一種)が見つかっているが、半数の人たちのT細胞は、過去のコロナウイルスに感染した経験を生かして新型コロナウイルスに対応できることがわかったのである。

T細胞は特定の抗原(ウイルスのタンパク質)とのみ結合するが、抗原の化学構造に類似する物質とも誤って結合することがある(交叉反応性)。半数の人のT細胞は、新型コロナウイルスが体内に侵入すると、過去に感染した風邪のコロナウイルスの免疫記憶が呼び起こされ、新型コロナウイルスを即座に認識し、攻撃するというわけである。

スイス・チューリッヒの大学病院でも、新型コロナウイルスから回復した人のうち約2割(165人のうち34人)しか抗体がつくられておらず、残り8割は既存の免疫機構で新型コロナウイルスを退治したことが明らかになっている。コロナウイルスの仲間を広く認識できるT細胞は「交叉反応性メモリーT細胞」と呼ばれているが、老化やなんらかの疾病によって免疫不全の状態になっている人ではその活性が低下しており、新型コロナウイルスに感染すると重症化しやすいようである。

米国とスイスの調査のサンプル数は少ないことから確定的なことはいえないものの、これらが示唆しているのは、抗体が新たにつくられなくても、既存の免疫機構で新型コロナウイルスを退治できるということである。「抗体保有率が低い」といたずらに心配する必要はないのである。

また、日本などアジア地域では「交叉反応性メモリーT細胞を有する人の割合が多いことから死亡率が低い」という仮説が成り立つ。このことは世界各地の人々のT細胞の免疫反応を調べることによって検証可能であり、新型コロナウイルスに対する耐性を判断する際の有力な材料となるだろう。

重症化しやすい人

さらに、どのような人が重症化しやすいかもわかってきている。T細胞には、司令塔の役割を果たすヘルパーT細胞とウイルスを直接攻撃するキラーT細胞がある。ヘルパーT細胞が攻撃命令を出すとキラーT細胞は猛然とウイルスに襲いかかるが、しばしば暴走することがある。そうなると本来守るべき自らの細胞をも傷つけてしまい、とても危険なことが起きる(サイトカインストーム)。

英オックスフォード大学は16日、「ステロイド系のデキサメタゾンが人工呼吸器が必要な患者の死亡率を35%引き下げた」と発表したが、この薬は関節炎などの炎症を抑える(体内の免疫機能を低下させる)効果を有するものである。

新型コロナウイルス感染者の重症化をもたらす大きな要因の一つであるサイトカインストームの起きやすさには、遺伝的な違いがある。HLA(ヒト白血球抗原)遺伝子のことであるが、慶應義塾大学や東京医科歯科大学などの研究チームは5月から、新型コロナウイルスの重症化について遺伝子レベルの解析作業を開始し、第2波の到来が予想される9月までに結論を出したいとしている。

HLAは免疫の主役である白血球の型であるが、赤血球の型と異なり、数万以上の種類が存在するといわれている。個人差の大きいHLA遺伝子がわかれば、発症後すぐにその患者が重症化しやすいかどうか判断できるようになる。高齢者の多い日本では不可欠な診断方法である。

このように、第2波を恐れることなく経済活動を回復させるために、PCR検査を闇雲に増やすのではなく、最近の知見に基づく「スマートな対策」を確立することに重点化すべきではないだろうか。

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2020/06/post_164863.html
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2020年6月25日 Business Journalに掲載

2020年7月2日掲載

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