日本で報じられない米国人種差別反対デモの真実…南北戦争のような内戦勃発の兆候

藤 和彦
上席研究員

白人警官による黒人暴行死事件が起きたミネソタ州ミネアポリス市で5月26日に始まった抗議デモは、全米50州に広がった。運動が盛り上がるにつれて、「今度こそ人種差別問題が解決に向かう」との期待が高まっているが、筆者は「11年前にオバマ大統領が誕生した当時の米国の熱狂状態と同じ結末をたどるのではないか」と危惧している。

当時日本をはじめ世界全体が「米国の変革力」を称賛していたが、「追い詰められた白人保守層の恐怖感が国を分断する大きな力となってしまうのではないか」と憂慮していたことを思い出す。オバマ大統領が8年間にわたり「国を変革し、国民を一つにしよう」と懸命の努力を行ったことは否定しない。だがその結果は米国の分断であり、黒人大統領時代に白人層の間で溜まっていたマグマがトランプ大統領を誕生させたのは周知の事実である。

メディアの報道を見ていると、「人種差別撤廃」の旗の下で米国民が団結し、失言を繰り返すトランプ大統領が孤立無援となっている印象を持ってしまうが、実態は違う。米世論調査会社ラスムッセンが6月に実施した調査によれば、「あなたの地域の警察の仕事ぶりはどうか」との質問に対し、67%が「良好又は優れている」と回答している。「あなたの地域の警察は人種差別的か」という質問に対しては、65%が「そうは考えていない」と答えている。「暴徒に対する警察の対応」については、「不十分」が28%、「適切」が30%だった。こうした隠れた民意を意識して、トランプ大統領は「法と秩序」を強調していると思われる。

古いアンティファの歴史

トランプ大統領が「抗議デモを煽っている真犯人」と名指ししたことで日本でも有名になった「アンティファ」については、49%が「テロリスト」と捉えている。アンティファとは、左派の過激な活動家らの運動のことであり、人種差別、極右の価値観などに猛然と抗議の意思を示し、自己防衛としての暴力的戦術は場合によって正当化されると主張している。グループ同士の結束は緩やかで、明確なリーダーは存在されていないといわれている。

アンティファの歴史は長く、1930年代に旧ソ連がドイツに共産党政権を実現するための作戦の一環として誕生したとの説がある。黒いマスクや服装を着用しているのが特徴であり、米国ではトランプ大統領の就任を契機に台頭し、2017年1月20日の大統領就任式にはワシントンで窓を壊したり車を燃やしたりした。トランプ大統領にとってアンティファは、自らの晴れの舞台にケチをつけた因縁の仇敵である。

このように人種差別撤廃というスローガンに酔いしれる抗議デモの陰には、その動きを苦々しく思っている米国人が少なからず存在するのである。

新たな対立の火種

抗議デモ参加者を民主党支持、これに批判的な人たちを共和党支持と仮定すると、両者は新型コロナウイルス対策でも意見が対立している。

5月21日付ロイターによれば、民主党支持者の多い地区(人口密度が高い都市など)では新型コロナウイルスの死亡率が、共和党支持者の多い地区(農村部や郊外)の3倍に達している。このこともあってか、共和党支持者のほうが封鎖措置の解除を強く望んでおり、大統領選挙運動が今後本格化する過程で新たな対立の火種になる懸念がある。

ウォールストリートジャーナルとNBCが5月下旬から6月上旬にかけて1000人を対象に調査を行ったところ、80%の人々が「米国はコントロール不能の状態にある」と回答した。このような情勢を見ていると、2018年に実施された世論調査結果が現実味を帯びてきていると思わざるを得ない。ラスムッセンが18年6月に有権者登録済みの1000人を対象に実施したアンケート調査によれば、3人に1人が「今後5年以内に南北戦争のような内戦が起きそうだ」と回答し、10人に1人は「その可能性が極めて高い」と考えていた。戦争の原因については6割が「不法移民の親子を強引に引き離そうとするトランプ大統領に対して、反トランプ派が過激な暴力に訴えるのが心配だ」とする一方、「メディアのトランプ大統領の扱いを不満に思う人々がいずれ暴力に訴える」との声も5割を超えていた。

しかし国が二分されてしまうことへの不安の高まりは、18年が最初ではなかった。オバマ前大統領が成立させたオバマケア(医療保険制度改革)をめぐって国民の間で対立が極度に先鋭化した2010年も同様の状態だったとされている。

19世紀半ばに起きた南北戦争は、奴隷制度をめぐる対立が原因だったが、現在の米国は道徳的、思想的、政治的というあらゆるレベルで深刻な分断が起きていると思えてならない。対立の構図も当時のように州単位ではなくモザイク状になっていることから、今後生じるかもしれない事態は正規軍同士の戦争ではなく、市民レベルの紛争が内乱状態に発展するというかたちになるのかもしれない。

意外なことに、このような事態を予言した小説が10年以上前の日本で出版されている。『アメリカ第二次南北戦争』(佐藤賢一著)と題する小説が04年から05年にかけて雑誌「小説宝石」(光文社)に連載され、06年に単行本として出版されたが、作中の時間は13年1月である。

米国初の女性大統領が暗殺されたことで大統領の座についた黒人の副大統領が、銃規制に乗り出したことを契機に反政府運動が生じ、それが内乱に発展するというストーリーだが、米国の内乱のおかげでその他の世界各国は戦争特需の恩恵に浴しているということになっている。

 「事実は小説より奇なり」ではないが、コロナ禍の世界では何が起きてもおかしくないのではないだろうか。

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2020年6月12日 Business Journalに掲載

2020年6月19日掲載

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