休業補償、西村経済担当相「実施しない」、厚労省「手厚くやっている」…なぜ食い違い?

藤 和彦
上席研究員

新型インフルエンザ等特別措置法に基づく緊急事態宣言が発令され、経済活動への悪影響が心配される状況下で、「休業補償」の理解について混乱が生じている。西村康稔経済再生担当大臣は11日、「休業補償として一定割合の損失補填を行っている国は、世界で見当たらない」として、国による休業損失の穴埋めを重ねて否定した。

一方、厚生労働省は公式ツイッター上で「政府が休業補償をしない」とする報道に対し、異例の反論を展開している。一見すると政府の主張に乖離が生じているように見えるが、なぜこのような現象が起きているのだろうか。

結論を先に述べれば、「休業補償を誰に行うか」が明確に区別されていないことに起因する誤解である。休業補償の対象は企業と従業員が考えられるが、西村大臣が休業補償をしないと言っているのは企業に対してであり、厚生労働省が手厚い休業補償を行うとしているのは従業員に対してである。

「企業に対する休業補償を行っている国は見当たらない」とする西村大臣の発言に対し、「欧州諸国はすでに実施しているのではないか」との声が強い。ここで欧州諸国の休業補償についておさらいしてみよう。

英国・フランス・ドイツの3カ国を例にとれば、いずれも休業補償を行っているのは従業員に対してである。英国の場合は政府が授業員の賃金の80%を肩代わりする。フランス政府は70%、ドイツ政府は60%である。西村大臣はこのような例に基づき「企業に対して休業補償を行っている国はない」としているのである。

日本における従業員に対する休業補償は、政府が従業員の賃金の90%を肩代わりすることとなっており、世界的に見ても最高水準である。非正規雇用者も対象に追加された。改善すべき点は残っているものの、「制度面で手厚い補償がなされる」とする厚生労働省は正しいといえるだろう。

ただし、運用面では大きな問題がある。政府が雇用者の賃金を肩代わりするために用意した「雇用調整助成金」を活用しない企業が多いからである。政府が雇用調整助成金を支給しても企業は残り1割分を負担しなければならない。苦境に追い込まれた経営者が「政府への申請の手続きも面倒だろうから、従業員をクビにしてしまったほうが手っ取り早い」と考えがちとなることは、実務家の間で広く知られている。このため、政府はこのような事案が発生しないよう、これまで以上に制度の周知徹底を図らなければならない。

企業への休業補償を実施している国はない

筆者のこのような説明に対して、予想される反論は「ドイツ政府は自営業者に対して休業補償をしているのではないか」である。日本からドイツにわたり活動しているフリーランスなどが「申請してたった2日で政府から多額の資金が振り込まれた」ということを例に挙げて、日本のメデイアはこぞってドイツの制度の素晴らしさを報道している。

ドイツ政府は今年3月末、従業員10人以下の企業には最大で1万5000ユーロ(約175万円)、従業員5人以下の企業には最大で9000ユーロ(約105万円)をそれぞれ給付したとの情報が伝わってきている。

だがここで注意しなければならないのは、ドイツ政府から支給される給付金は、企業に対する休業補償ではなく、あくまでも支援金であるということである。休業補償は企業ごとに実際に発生した損失を算定した上で支給されるものだが、ドイツ政府はその算定を行うことなく従業員の規模という形式要件のみで一律に支給しているからである。

実際の損失額を確定する作業は容易ではなく、企業間の不公平も生じやすい。不満に思う企業から政府に対して訴訟が相次ぐのではないかとの懸念から、企業への休業補償を実施している国はないのである。

企業に対する支援金ということであれば、日本でも現在国会で審議されている緊急経済政策のなかで、売り上げが半減した個人事業主に100万円、中小企業に200万円を上限に現金給付を行うなどの支援策が盛り込まれている。  

予定だが、この協力金も支援金であって、休業補償ではない。東京都とは異なり財政事業が厳しい地方自治体については、政府は緊急経済対策の一環である総額1兆円規模の地方創生交付金を財源として活用できるようにしている。

このように日本でもドイツと同様の手当てが講じられようとしているが、残念なのはスピード感の違いである。「明日の100より今日の50」ではないが、苦境に陥った国民に対しいち早く救いの手を差し出すことが何より大切であることはいうまでもない。

欧州で当たり前となっている「貧民を救済することによって社会秩序が保たれる」との認識が日本では希薄であるなどハンディはあるが、今後は迅速な対応がなされることを期待したい。

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2020/04/post_152244.html
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2020年4月15日 Business Journalに掲載

2020年4月22日掲載

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