原油価格急落、「OPECプラス」に何が起きたのか
緊迫する原油市場、サウジアラビアとシェール企業が窮地に

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は暴落し、2016年2月以来の安値で推移している(1バレル=30ドル前後)。2017年1月からOPEC加盟国とロシアなどの非加盟国(OPECプラス、世界の原油生産の4割超を占める)が実施してきた、原油価格を下支えしてきた協調減産の枠組みが、今年(2020年)4月以降に失効することになったからである。

まさかの「OPECプラスの枠組み」瓦解

OPECプラスは今年1月から日量210万バレルの協調減産を実施してきたが、中国で発生した新型コロナウイルスの感染拡大により、足元の世界の原油需要が日量400万バレル以上減少するとの見方が強まり、3月5日から6日にかけてその対応を協議した。

2月の原油生産量を前月比51万バレル減の日量2784万バレルと11年ぶりの低い水準にまで減らしたOPECだったが、背に腹は代えられず、「減産幅を現在の日量210万バレルから360万バレルにまで拡大する」案を提示した。

しかしロシアが難色を示した。「現行の減産を今年3月末から6月末まで延長する」ことに固執したことから、協議は物別れに終わってしまったのである。

ロシアでは「減産を続けていれば世界の原油市場でのシェアを米国のシェール企業に奪われるだけだ」との懸念から、石油企業全社が減産幅拡大に反対したと言われている(3月7日付日本経済新聞)。米国政府が完成間近のロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン(ノルドストリーム2)の建設を妨害するとともに、プーチン大統領に近いとされるセチン氏がCEOを務める国営石油会社の最大手ロスネフチの関連会社に対して「ベネズエラの石油取引を支援した」として制裁を課したことで、国内で反米意識が高まっていたことも災いした(3月7日付ZeroHedge)。

サウジアラビアとロシアの3年以上にわたる協調関係はこれまでもぎくしゃくすることがあったが、新型コロナウイルスへの対応を巡りOPECプラスの枠組み自体が瓦解してしまうとは誰が予想しただろう。

だがそれ以上に予想外だったのは、サウジアラビアが「原油政策を180度転換する」と表明したことである。

サウジアラビア政府関係者は3月8日、「日量970万バレルの原油生産量を4月に日量1000万バレルを大幅に上回る規模に拡大する」ことを明らかにした(3月8日付ブルームバーグ)。過去最大の日量1200万バレルまで増産することも視野に入れているとされている。

これに対し、ロシア側も4月から増産を行う構えを見せている。ロシア財務相は3月9日、「ロシアの財政は原油価格が25ドルになっても10年間耐えられる」と述べるなど、世界の原油市場を巡る戦いは長期に及ぶことを覚悟しているようだ。

皇太子の舵取りで一気に方針転換か

一方、サウジアラビアの財政均衡原油価格は1バレル=80ドル台であり、国内経済が長期戦に耐えられるとは思えない。サウジアラビアはなぜこのタイミングで原油政策を大幅転換しようとしているのだろうか。

筆者はOPECプラスの会議直前に勃発したサウジアラビアの政変に注目している。

ニューヨーク・タイムズ紙やウォール・ストリート・ジャーナルによれば、3月5日、次期国王と目されるムハンマド皇太子の命令により、サルマン国王の弟であるアハメド王子、ナエフ前皇太子などの有力王子が相次いで拘束された。拘束の容疑は「国家反逆罪」であり、王族らは終身刑か死刑に処せられる可能性がある。だが、ムハンマド皇太子から牙を抜かれた状態である王族らが反乱の狼煙を上げられるとは考えにくい。今回の粛清事件の引き金は今のところ明らかになっていないが、サウジアラビアでの新型コロナウイルスの感染拡大が影響しているのかもしれない。

サウジアラビアでは新型コロナウイルス感染者数が少数にとどまっているにもかかわらず、政府は3月4日、イスラム教の2大聖地であるメッカとメディナへの国民の巡礼を禁止するという異例の措置を講じた。さらに8日に大油田地帯を擁する東部のカティーフ地域を封鎖し、9日には国内のすべての学校、大学などの教育施設を閉鎖した。ここまでの措置を講じるということは、海外からの投資拡大に支障となる新型コロナウイルスの国内での感染拡大を、サウジアラビア政府が隠蔽している可能性がある。

サウジアラビア国内では、開明的な政策を推進しているムハンマド皇太子に対して、保守的な考えを有する王族からの反発が根強い。新型コロナウイルスの蔓延で自らへの不満がさらに高まることを恐れたムハンマド皇太子が、有力王子らを拘束することで未然に反乱の芽を摘んだのではないだろうか。

ムハンマド皇太子は従来からOPECと協調する現在の路線を快く思っておらず(3月9日付日本経済新聞)、今回の政変を機に、原油政策についても自らの主張であった「世界市場でのシェア拡大路線」に舵を切ったと考えられる。

サウジアラムコ株価下落で脱石油政策に暗雲

だが、OPECプラスの追加減産協議が不調に終わったことで、脱石油政策を掲げるサウジアラビアにとっての希望の星である国営石油会社サウジアラムコの株価は、8日初めて公開価格の32リヤルを下回った。これにより、政府の求めに応じてサウジアラムコの株式を積極的に購入した個人投資家は含み損を抱えることになってしまった。サウジアラムコの株価が低迷するようでは、今後予定されている海外での株式公開もままならない。

ムハンマド皇太子は「原油価格が上がらないのであれば、生産量を拡大して、サウジアラムコの収入を増加させる」という路線のようだが、はたしてうまくいくのだろうか。

新型コロナウイルスの感染拡大により世界の原油需要を牽引してきた中国の需要が大幅に減少するという最悪のタイミングで、これまで生産を抑制してきたサウジアラビアがスイングプロデューサー(価格安定を図るために調整役を担う産油国)の立場を放棄すれば、現在1バレル=30ドル前後のWTI原油価格は、20ドル以下にまで下落してしまうかもしれないからである(3月8日付ZeroHedge)。生産量を増やしてもそれ以上に価格が下がってしまっては元も子もない。

サウジアラムコの株価が回復しない限り、ムハンマド皇太子が思い描くビジョンも水泡に帰してしまう。にっちもさっちもいかない状態になることが目に見えている。サウジアラビアは1986年にもスイングプロデューサーの役割を放棄して「逆オイルショック」を引き起こし、その後、苦難の時代を招いたという前科があるが、歴史は繰り返すのだろうか。

「身から出た錆」との要素が強いが、新型コロナウイルスの影響で窮地に追い込まれるムハンマド皇太子に対して、国民が反旗を翻し、サウジアラビアで今後「アラブの春」が起きるとのシナリオが現実味を帯び始めている。

未曾有の危機に見舞われる米シェール企業

原油価格の急落は、OPECプラスの「目の上のたんこぶ」だった米国のシェール企業にとっても「対岸の火事」ではない。

2015年から2016年にかけて米国では原油価格の急落により100社以上のシェール企業が経営破綻した。今回は、それをはるかに上回る深刻な危機に見舞われることが必至の情勢である。

米国のシェール企業が、2015~2016年の危機を持ちこたえられたのは「コスト削減」と「新たな投資先の確保」だった。生き残りをかけたシェール企業は埋蔵量が豊富な土地(パーミアン鉱区など)に生産活動の拠点を移し、最高級の油井を選ぶなど採掘技術を磨いた。好況に沸いていたウォール街の投資家たちも窮地に追い込まれたシェール企業を積極的に支援した。

だが現在の状況は様変わりしている。最適な鉱区は払底し始め、「シェール投資は採算がとれない」として投資家たちはそっぽを向き始めている。掘削に関する生産性も頭打ちになっている。

今後4年間に償還期限を迎えるシェール業界の社債860億ドル相当のうち、投資不適格級の企業が発行している社債(ジャンク債)は6割以上を占めている(3月3日付フィナンシャルタイムズ)。原油価格の急落でジャンク債の比率はさらに高まるに違いない。

昨年末からシェール企業の破綻が出始めていたが、原油価格の急落で、「シェール企業の半分が倒産する」とする恐ろしい予測が出ている(3月9日付OILPRICE)。シェール業界で再びデフォルトの波が生ずれば、ジャンク債市場のみならず、米国、いや、世界の社債市場で「信用リスク」が大きな問題になる可能性がある。

世界の金融市場は、株式に加えて社債市場についても警戒が広がっているが、新型コロナウイルスによる原油価格急落が、リーマンショックのような金融危機を引き起こさないことを祈るばかりである。

2020年3月11日 JBpressに掲載

2020年3月18日掲載