新型ウイルスで中国の原油需要が大幅減少の恐れ
世界の金融市場とエネルギー市場が大混乱か

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は1バレル=50ドル前後となり、約1年ぶりの安値水準で推移している。新型コロナウイルス感染拡大による中国の原油需要減退への懸念がその理由だが、これについては後述するとして、まず供給サイドの動きから見てみたい。

OPECプラスの追加減産にロシアが「待った」

OPEC加盟国とロシアなどの非OPEC産油国(OPECプラス)は、今年(2020年)1月から昨年の減産分(日量120万バレル)に加え、日量50万バレルの追加減産を実施した。

ロイターによれば、1月のOPECの原油生産量は前月比64万バレル減の日量2835万バレルとなり、11年ぶりの低水準となった。11年前と言えば、リーマンショックによる需要減退に対処するため、OPECは過去最大規模の減産(日量410万バレル)を実施していた。

リビアの原油生産量が内戦激化の影響を受けて前月比39万バレル減の日量76万バレルになったことにも助けられて、OPECは合意水準以上の減産を達成した。リビアの原油生産量は2月に入り日量20万バレルを下回っているが、市場が材料視することはない。

一方、ロシアの1月の原油生産量は、予想に反して前月比2万バレル増の日量1128万バレルとなった。

概ね順調に追加減産をスタートさせたOPECプラスだったが、中国での新型コロナウイルス感染拡大を受け、急遽2月4日から6日まで実務者協議を開き、「日量60万バレルをさらに追加で減産するという提案を閣僚会議に示す」ことを決定した。

サウジアラビアは、相場支援のために日量100万バレルのさらなる減産を提案し(2月3日付ウォール・ストリート・ジャーナル)、3月5日に開かれる予定だった閣僚会議を2月14~15日に前倒しすることも検討された。だが、これに「待った」をかけたのがロシアである。

ロシアのノヴァク・エネルギー相は2月7日、「協調減産の拡大に同国が参画するかどうかを決定するには時間が必要である」と述べ、明確な立場を示すことを避けた。ロシアは追加減産ではなく、現行の減産の期間(今年3月まで)の延長を提案した模様である。

サウジアラムコによる独占的な生産体制であるサウジアラビアと異なり、ロシアでは複数の会社によって原油生産が行われており、複数の石油会社は減産に対する不満を述べている。特に協調減産に批判的だった国営石油会社ロスネフチのセチンCEOは2月11日にプーチン大統領と会談したが、物別れに終わったようである。

ヘッジファンドなどの投機筋の「売り」が優勢になってきており、OPECプラスがさらなる減産に合意できなければ、「WTI原油価格は数週間以内に1バレル=40ドル台半ばに下落する」との見方が出ている(2月9日付ZeroHedge)。

OPECプラスと同様に世界の原油市場への影響力を高めた米国の足元の原油生産量は、日量1300万バレルで横ばいの状態になっている。米エネルギー省は2月11日、「今年の原油生産量見通しを従来の予測よりも10万バレル小さい日量1320万バレルとなる」との見通しを示した。昨年から続いている探鉱活動の低迷の影響が今年の春以降に表面化する可能性が高まっているようである(1月29日付日本経済新聞)。だがこれから述べる中国ショックを払拭するほどの規模になるとは思えない。

感染拡大が中国の原油需要を直撃

需要サイドに目を転じると、21世紀に入り世界の原油需要を牽引してきた中国の動向に市場関係者の注目が集中している。

1月23日から2月4日までの中国での航空便のキャンセルは5万件(全体の28%)を超え、中国の航空機燃料の需要は25%減少した(2月5日付OILPRICE)。ゴールドマンサックスは「航空燃料を中心に中国をはじめとする世界の原油需要は日量26万バレル減少し、原油価格は1バレル当たり2.9ドル低下する」と予測したが、原油価格の下落幅は既にこの水準を凌駕している。新型コロナウイルスの影響は、中国への渡航需要にとどまらず、中国の個人消費や企業活動の停滞にも及ぶことが必至の情勢になっているからである。

中国石油化工集団(シノペック)が1日当たりの処理能力を約60万バレル削減するなど、中国の2月の原油処理量は日量100万バレル以上減少することが予想されている。世界第1位の輸入国となった中国の昨年の原油輸入量は前年比91万バレル増の日量約1000万バレルとなったが、輸入の伸びに貢献してきた山東省の独立系精製業者(茶壺)も30~50%の処理量削減を行っているとされている。

2月3日付ブルームバーグは、現地関係者の取材に基づき「中国の原油需要は20%(日量約300万バレル)減少した」と報じたが、日量300万バレルという数字は、リーマンショック後の需要減退の規模に相当する。だが、中国の原油需要の減少が日量300万バレルの水準で止まる保証はない。

JPモルガンは2月7日、「中国の第1四半期の経済成長率は1%に急減速する」とする悲観的な観測を示した。新型コロナウイルスの影響で中国の不動産バブルの崩壊が生じてしまうリスクが出ているからである。

新型コロナウイルスの感染拡大により、多くの開発業者が販売拠点を閉鎖した。これにより2月第1週の中国の新築集合住宅販売件数は前年比90%減となった(2月11日付ZeroHedge)。中国の不動産市場は43兆ドル規模に上り、国内総生産(GDP)の4分の1を占めるとの推計がある(2月10日付フィナンシャルタイムズ)。新型肺炎によって取引が止まり、不動産デベロッパーは多額の債務の返済が困難になりつつある(2月4日付ロイター)。このままの状態が続けば過剰な債務を抱えるデべロッパーの大量倒産が発生するのは火を見るより明らかである。

中国銀行保険監督管理委員会は2月7日、「新型コロナウイルスの感染拡大によって銀行の不良債権比率は上昇する」と述べた。「中国の銀行システムは6兆ドル規模の不良債権を抱えることになる」という恐ろしいシナリオが浮上しており(2月11日付ZeroHedge)、長年指摘されてきた中国発の金融危機が現実味を帯びてきている。

筆者は原油需要以上に中国の原油輸入量が減少すると考えている。

中国の原油輸入量はこのところ国内の需要量の増加を上回るペースで伸びているが、官民の備蓄積み増しの動きに加え、国内市場が飽和しつつある中でも新たな製油所が稼働するなどの要因から、「輸入バブル」が発生しているからである。

中国の1~2月の原油輸入量は3月上旬に発表されるが、その数字が日量300万バレル以上の減少となれば、WTI原油価格が40ドル割れすることもありうる。

世界の金融市場、エネルギー市場が大混乱に

原油価格の40ドル割れはこのところ不調気味になっている米国のシェール企業にとって大打撃である。

2015~16年に発生した大量倒産の波が再来する可能性があることから、米国の金融市場では、シェール企業の発行比率が高いジャンク債に逆風が吹き始めている(2月5日付日本経済新聞)。ジャンク債市場に続き、信用度が低い企業への融資(レバレッジドローン)の証券化(CLO)市場も変調をきたすのは時間の問題である。

過去10年近くにわたる金融緩和の結果、世界中の政府や企業、家計の債務残高は過去最大の250兆ドル(世界全体のGDPの約3倍)に達した(12月2日付ブルームバーグ)。中国のゾンビ企業が最たる例であるが、米国企業も過剰な債務を抱えており、好調さを維持してきた米国のクレジット(社債)市場が今後不調に陥ってしまう危険が高まっている(1月31日付ロイター)。

新型コロナウイルスの感染拡大による中国の原油需要の大幅減少が、世界の金融市場、特に企業債務市場に大混乱を招く引き金となってしまうかもしれないのである。

世界の金融市場が不調となれば、原油価格に対するさらなる下押し圧力が生じる。現在中東地域ではイラクやレバノンなどで「第2のアラブの春」が起きつつある。サウジアラビアなどの湾岸諸国は「ばらまき」政策を実施してアラブの春(国民の不満)を抑え込んできたが、ない袖は振れない。原油価格の急激な下落が、産油国の財政を逼迫させ、不安定な中東情勢の混迷はさらに深まることになる。中でも原油価格を引き上げるために自国の生産量を減らし続けているサウジアラビアの今後を考えると暗澹な気分にならざるを得ない。

このように新型コロナウイルスの感染拡大は世界の金融市場だけではなくエネルギー市場に大混乱をもたらす「ブラックスワン」になってしまうのではないだろうか。

2020年2月14日 JBpressに掲載

2020年2月21日掲載