もう目の前かもしれない原油価格の高騰
供給と需要の両面で見通しが改善、地政学リスクの高まりも要因に

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は1バレル=60ドル台に上昇している。今年(2019年)9月にサウジアラビアの石油施設が攻撃されて以来初めてである。

米中両国政府が貿易交渉の第一段階で合意したことから、世界経済の減速懸念が後退し、原油需要の増加につながるとの見方が広がっていることが価格を押し上げた。

OPECとOPECプラスが減産幅を拡大

OPECと非OPEC産油国(OPECプラス)の来年からの減産幅の拡大も原油価格を下支えしている。

OPECと非OPEC産油国の公式の追加減産の配分は、OPEC全体で日量37万バレル、非OPEC産油国全体で同13万バレルである。

国別に見ると、サウジアラビアが日量17万バレル、アラブ首長国連邦(UAE)は同6万バレル、クウェート6万バレル、イラク5万バレル、ロシア7万バレル(日量76万バレルのコンデンセートは除外扱いとなった。コンデンセートはガス田から採取される原油の一種)となっている。

OPECプラスの直近の減産量が、8月は日量147万バレル、9月は同244万バレル(サウジアラビアの石油施設への攻撃の影響)、10月は159万バレルだったことから、日量170万バレル減産のインパクトは弱いと判断したのだろうか、サウジアラビアはその後、さらに日量40万バレルの減産を行う意向を表明した。これによりサウジアラビアの実質的な減産幅は日量57万バレルとなるが、その条件として他の加盟国が減産合意を遵守するよう強く求めている。その産油国とはイラク、ナイジェリア、ロシアである。中でもイラクは今年コンスタントに合意枠を日量20万バレル上回っている。

加盟国のうち、ベネズエラとイランは引き続き減産義務が除外されているが、米国の制裁の影響で世界の原油市場への供給は限られている。

協調減産の期間を来年4月以降も延長するかどうかについては、3月5日に協議するとしている。

堅調に伸びる米国の原油生産量

OPECは12月11日、「来年のOPEC産原油は若干の日量3万バレルの供給不足になる可能性がある」と予測し(11月の予測では同7万バレルの供給過多としていた)、今回の合意が成功であったことをアピールした。だが国際エネルギー機関(IEA)は、「OPECプラスの措置(日量210万バレルの減産)でも来年第1四半期は日量70万バレルの供給過剰になる」として消極的な見方を崩していない。来年も米国の原油生産量の伸びが堅調であると見ているからである。

直近の米国の原油生産量は前週比10万バレル減の日量1280万バレルとなったが、米国の原油生産を牽引するシェールオイルは依然として好調である。

米エネルギー省は12月16日、「来年(2020年)1月の主要シェールオイル鉱区の生産量は前年比12%増の日量914万バレルになる」との見通しを明らかにした。前年比プラスは35カ月連続であり、前月比でも直近11カ月連続でプラスとなっている。

米エネルギー省は12月に入っても「来年の原油生産量は日量93万バレルになる」と見込んでいる(今年の原油生産量は同126万バレル増となるとしている)。従来の想定を若干下方修正したものの、「来年の米国は年間ベースで初めて石油(原油プラス石油製品)の純輸出国になる」と鼻息が荒い(今年9月に米国は月間ベースで47年ぶりに石油の純輸出国となった)。

しかし将来の原油生産の指標である石油掘削装置(リグ)稼働数は低迷を続けている。リグ稼働数は年初から218基減少し、月ベースで過去最長の12カ月連続のマイナスである。原油生産量が大幅に減少した2015年(963基減)に比べると小幅だが、2016年以降で初めて年間ベースで減少となるのは確実な情勢である。

リグ稼働数が減少しているにもかかわらず、過去最高水準の原油生産を維持できているのはDUC(掘削済みだがフラッキングなどの仕上げを行っていない井戸)が大量に存在するおかげである。2016年末に約5500基だったDUCは、その後急拡大し今年初頭には約8500基に達していたが、今年夏以降急減し約7500基となっている。投資家からの配当要求により探鉱費用が削減されている状況下で、シェール企業は掘削作業が終了し追加コストが少ないDUCの仕上げ(フラッキングの実施等)による原油生産に注力しているのである。

DUCの仕上げによる原油生産ラッシュは当分の間続くだろうが、「それを上回るペースで稼働中の井戸からの原油生産量が減少する」との心配が出ている。

既存油田では長期間安定的に原油生産が行われるのに対し、シェールオイルの生産井の寿命は3年程度であり、2年目以降に急激に生産量が減少する場合が多いとされている。2016年以降急激に生産量が拡大した米国最大のシェールオイル鉱区であるパーミアンでは特に深刻な状態にあり、飛躍的に増大した既存の井戸からの減少分を穴埋めをするのが至難の状態になっている(12月12日付OILPRICE)。米国の労働市場が好調であり原油価格が上昇しても大量にレイオフされた労働者が直ちに戻ってくる見込みも低いことから、来年第1四半期に米国の原油生産量が減少する可能性が高まっているのである。

供給も需要も見通しが大幅に改善

供給サイドの説明が長くなったが、需要サイドの動きを見てみると、世界最大の原油入国となった中国の11月の原油輸入量は日量前月比4%増の1117万バレルとなり、2カ月連続で過去最高を更新した。

米国との貿易戦争の長期化で苦戦している中国経済だが、11月の工業生産高や小売売上高が予想以上に改善し、原油処理量も16カ月ぶりの2桁増の伸びを記録した。

第1段階の合意には「中国による米国産のエネルギーの大量購入」が含まれており、その内容が円滑に履行されれば、米国産原油の需要が増えるとの思惑も広がっている。

さらにトピック的には、国際海事機関が世界の船舶会社に対し来年1月から硫黄分の少ない環境配慮型の船舶燃料を使用することを義務づけたことにより、日量50万バレル程度のディストレート(留出油)需要が拡大することが材料視され始めている。

供給と需要の両面で見通しが大幅に改善しており、長らく続いていた「米中間の貿易戦争による世界の原油需要の後退懸念」というディスカウント分が、今後原油価格を大幅上昇させるマグマに反転するかもしれないのである。

地政学リスクが高まる中東・北アフリカ

需給状況に加えて、原油価格の動向を左右する地政学リスクはどうだろうか。

筆者が最も懸念しているのはイラク情勢である。辞任を表明したアフドルマハディ首相の後任がなかなか決まらない中で、国内の政党各派が「親イラン」と「反イラン」に2分され、対立が激化する傾向が強まっている(12月10日付Wedge)。

実行部隊ベースでは「親イラン」の中心は治安部隊や民兵組織であり、イランからの要求に従い抗議デモへの弾圧姿勢を強めている。一方、「反イラン」色を強めているのが国軍である。「イスラム国」との戦いでの英雄として人気の高かった将軍をアフドルマハディ首相がイラン側の圧力に屈して左遷したことがその要因とされている。

12月6日、反イラン派の急先鋒とされるサドル師の自宅がドローン機で攻撃される事案が発生した(本人は不在で無事だった)ように、両派の攻撃の応酬が続けば「内戦」勃発につながりかねない状態となりつつある。

イラクに駐留する米軍の安全環境も急速に悪化している。最近イラク国内の米軍基地に対するミサイル攻撃が頻発していることに堪りかねたエスパー米国防長官は、12月16日、イラク政府に対し「国内の米軍の駐留拠点がミサイル攻撃されないよう措置を強化する」ことを求めた。米軍は治安情勢の安定化を名目にしてイランが短距離ミサイルをイラク国内に持ち込んだと疑っている。

サウジアラビアを巡る情勢も好転していない。12月10日、国連のグデレス事務総長は「『サウジ石油施設に対する攻撃に使用されたミサイルや無人機がイラン製だった』とする米国とサウジアラビアの主張を確認できなかった」との調査結果を安全保障理事会に伝えた。これにより筆者は「フーシによる犯行説」の信憑性が高まったと考えている。

米軍は12月4日、紅海で小型艇を拿捕しイエメンの反政府武装組織フーシ向けの多数の高性能ミサイル部品を接収したと発表した。フーシによるサウジアラムコの石油施設への攻撃準備が進んでいる可能性がある。

サウジアラムコも、石油施設への攻撃の再来を恐れて、戦争やテロに備える保険への加入を検討しているようである(12月5日付ロイター)。日量110万バレル超の原油を生産しているリビア情勢も緊迫化している。中東・北アフリカ地域の地政学リスクは高まるばかりである。

市場が強気局面に、FRBは金融緩和

「米軍は中東地域への7000人の増派を検討している」と報じられているが、国内の政争(弾劾裁判)で頭がいっぱいとなっているトランプ大統領には、世界の安全保障を真剣に考える余裕も意欲もないのではないだろうか。

弾劾裁判と言えば、ニクソン大統領の弾劾訴追が秒読みとなっている最中の1973年10月に第4次中東戦争(その後第1次石油危機となった)が勃発したとの記憶が脳裏をよぎる。

世界の原油需給が悪化している局面では市場が地政学リスクに反応する度合いは低いが、逼迫化に向かう局面では過剰に反応するきらいがある。

米国商品先物取引委員会(12月10日時点)によれば、米WTI先物市場におけるヘッジファンドによる買い越し幅は前週比59%増となり、「OPECプラスの追加減産は来年第1四半期に原油価格が1バレル=100ドルに上昇するための基礎固めになった」とする憶測も出始めている(12月10日付OILPRICE)。

市場は密かに強気局面になりつつあるが、綻びが見え始めた国際金融市場のハードランディングを防止するために米FRBが金融緩和姿勢に転じたことも気がかりである。サブプライムローン問題が顕在化した2007年夏に1バレル=70ドル台だったWTI原油先物価格は、FRBの利下げや他の市場からの投機マネー流入でその1年間に2倍以上に急騰したとの経緯が思い出されるからである。

このように原油価格高騰は目の前まで迫っているかもしれないのである。

2019年12月20日 JBpressに掲載

2019年12月27日掲載