可能性が高まるイラク発の原油価格高騰
イラクで大規模な反政府デモ、原油生産が大幅に減少の恐れ

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は、米中貿易協議に関する思惑に影響されながら軟調気味に推移している(1バレル=50ドル台後半)。

原油市場を巡る情勢を振り返ってみよう。

米国の原油生産は伸びるのか? 異なる予想

市場関係者の間で意識され始めたのは12月5日に開催されるOPEC総会である。

OPECと非OPEC産油国(OPECプラス)は、現在120万バレルの協調減産を実施している(2020年3月まで)が、「12月の総会でさらなる減産合意の決定がなされるかどうか」が関心の的となっている。

OPEC事務局は11月14日、「2020年の供給過剰の状態は以前の予測よりも縮小される」との見通しを示した。協調減産を牽引しているサウジアラビアも「合意枠を超過して生産しているイラクとナイジェリアに対して圧力を強める」方針であることから、「OPECは追加減産に消極的である」との見方が強まっている。

国際エネルギー機関(IEA)も11月15日、2020年の原油市場の見通しとして、「OPECプラスは、その他の産油国の生産量が増大することから厳しい局面に追い込まれる」という内容を発表した。IEAが原油生産量が増加すると予測しているのは、米国やブラジル、ノルウエー、ガイアナの4カ国である。4カ国を合わせた2019年の増産量は日量180万バレルだったが、2020年は日量230万バレルになるとされている。これに加えて世界の原油在庫が高水準で推移することから、IEAは「2020年の市場は落ち着いた状態が続く可能性が高い」として、原油価格は今年と同様に低位で安定すると見積もっている。

OPECとIEAの見解が異なっているが、その主な要因は2020年の米国の原油生産量の伸びに対する評価である。

OPECのバルキンド事務局長は11月13日、「2020年のシェールオイルの供給の伸びは鈍化する」との見方を示した。将来の原油生産の指標とされる米国の石油掘削装置(リグ)稼働数は減少を続けており、前年に比べて4分の3の水準にまで落ち込んでいる。投資家が要求する利益を生み出すために設備投資などの経費削減に追い込まれている状況が続いている。

にもかかわらず足元の原油生産は好調のようである。米国の原油生産量は日量1280万バレルとなり、過去最高を更新した。米エネルギー省によれば、12月のシェールオイルの生産量は前月比5万バレル増の日量913万バレルにまで拡大する。米エネルギー省は「2019年の原油生産量は前年比130万バレル増の1230万バレルとなり、2020年は前年比100万バレル増の1330万バレルとなる」と見込んでいる。

だが、米エネルギー省の2020年の予測について業界関係者の間から「あまりに楽観的すぎる」との声が上がっている。「シェールオイル生産の最適鉱区(スイートスポット)はほとんどすべて掘削されてしまった」との指摘もあり、最も悲観的な見方によれば「2020年は日量35万バレル増加するが、2021年には生産量は横ばいになる」というものである(11月14日付OILPRICE)。

米国の原油生産の伸びについての予測が大きく異なる(日量35万バレルから100万バレル)ことが、2020年の原油市場にとって波乱要因になるかもしれない。

世界の原油需要は堅調

次に需要サイドを見てみよう。

米中貿易摩擦による原油需要の先行き不安が続いているものの、米中両国の実際の原油需要はどうなっているのだろうか。

世界第1位の原油需要国である米国の石油製品需要は日量2150万バレルと好調である。

世界最大の原油輸入国となった中国の10月の原油輸入量は前年比150万バレル増の日量1072万バレルと過去最高を更新した。石油製品の供給過剰状態は続いている(10月の新車販売台数は16カ月連続でマイナスだった)にもかかわらず、新たに石油精製施設が稼働したからである。

IEAは11月13日、「2030年頃に世界の原油需要は横ばいになるものの、2025年頃までは世界の原油需要の伸びは強い」との見解を示している。市場の懸念とは異なり、世界の原油市場を巡る状況は意外と堅調なのである。

サウジアラムコのIPOに暗雲

一方、中東地域の地政学リスクが軽視されていることは気になるところである。

9月14日の石油施設への大規模攻撃にもかかわらず、サウジアラビア政府はサウジアラムコの新規株式公開(IPO)を強行しようとしている。

ペトレイアス元CIA長官が11月15日の米ニュース局CNBCのインタビューの中で、サウジアラビア政府がサウジアラムコのIPOを急ぐ理由について「原油価格下落による財政赤字にもかかわらず軍事予算の大幅拡大で外貨準備は底を尽きつつある」と述べている。サウジアラビアの第3四半期の財政赤字は86億ドルとなり、前年同期の4倍以上となった。サウジアラビアのジャドアーン財務相は「2020年の財政赤字は約500億ドルに拡大し、GDP比6.5%に達する」との見通しを示している。

11月17日、サウジアラムコは12月に予定する国内のIPOの受付を開始した。アラムコが設定した目標株価は8~8.5ドル、株式の1.5%(約30億株)を売り出し最大で256億ドルを調達する。サウジアラビア人やサウジアラビアに居住する外国人投資家は、11月28日までに購入の申し込みを行い、これを踏まえてサウジアラムコは12月5日に最終的な売り出し価格を発表する段取りとなっている。

国内の富豪(アルワリード氏など有力王族や富豪のオラヤン一族等)が中核投資家として一定額の株式購入を求められている模様である(11月8日付ブルームバーグ)。中国勢が最大で100億ドル相当の投資を行うとの観測も出ている。

国内からの資金調達を確実にするため、政府は(1)サウジアラムコ株を180日以上保有し続けたサウジアラビア人の投資家にはボーナス株を付与する、(2)国内の銀行は投資家がアラムコ株を購入するための資金を優遇金利で融資するなどの政策を打ち出している。

是が非でも成功しなければならないサウジアラムコのIPOだが、「サウジアラムコの石油施設が再び攻撃が遭うのではないか」と不安がよぎる。

イエメンの反政府武装組織フーシ派(フーシ)とサウジアラビア政府との間で終戦に向けての非公式協議がオマーンで開催された(11月14日付アルジャジーラ)が、サウジアラビアが主導するアラブ連合軍は、手のひらを返すように再びイエメン西部のホデイダやフーシが実効支配するサアダ県への空爆を再開した(11月16日付アルジャジーラ)。これに激怒したフーシ側は「このまま攻撃を続ければ、サウジアラビア及びUAE領域内に対する攻撃を再開する」と警告を発している。

石油施設に対する攻撃が再び行われれば、サウジアラムコのIPOは「一巻の終わり」となり、サウジアラビア建国以来の非常事態に陥ってしまうのではないだろうか。

イラクを揺るがす若者たちの反乱

だが筆者が最も懸念するのはイラク情勢である。

イラクは8月の原油生産量が日量497万バレルを記録するなどOPEC第2位の生産国となっている。南部のバスラから日量約350万バレルの原油が輸出されている。

イラクでは10月上旬に発生した大規模な抗議デモで死者が300人を超える事態となっているが、収束する気配がまったくない。

注目すべきは、デモの発生がイラク中部以南のシーア派地域に集中していることである。シーア派支配層に対して、同じシーア派の若者たちが反乱を起こしているのである。イラクの人口4000万人のうち、米軍侵攻のあった2003年以降に育った若者の比率は60%に達すると言われている。社会の大多数を占める若者たちは大学を卒業しても就職先が見つからず、不満の矛先が「自国の豊富な石油資源の売却による国家収入が一部の支配層に搾取されている」ことに向けられているのだ(11月12日付Wedge)。

「史上初の草の根運動」と指摘されるように、宗教や政治派閥に関係なく「社会正義」の実現を目指しており、多くのイラク人が「初めてのレジームチェンジ(革命)の機会だ」と考え始めているという。2011年、政権基盤が盤石とされていたムバラク大統領が失脚したエジプトと同じような様相を呈してきているとの憶測もある(11月6日付ニューズウィーク)。

デモ参加者の怒りは、イラクに強い影響力を行使するイランにも向けられている。

昨年秋(2018年)、イランの意向で就任したイラクのアブドルマハディ首相は、抗議運動の激化で一時辞任する腹を固めたが、イラン側が介入して辞任を撤回させ、デモ隊に対して強硬策で当たるよう要求した。イランでも11月中旬以降、政府の補助金削減によるガソリン価格の大幅値上げのせいで各地で大規模な抗議デモが発生しており、イラン指導部は「欧米の情報機関が政情不安を煽っている」と警戒を強めている。イラクの政情不安が波及することを危惧してさらなる介入を行えば、「火に油を注ぐ」結果となるのは目に見えている。このようにイラクは「第2のアラブの春」となる懸念が高まっているのである。

デモ参加者にはバスラの石油産業労働者が含まれており、イラク最大の港であるウンム・カスルが妨害活動のせいで一時閉鎖される事態が発生していたが、デモ隊はさらにイラク最大の油田を標的にして幹線道路の封鎖を開始している(11月18日付OILPRICE)。イラクの原油生産量が大幅に減少する恐れが出ている。

9月のアラムコ施設への攻撃のダメージは短期間で回復したが、政情不安による原油生産の減少は長期化する可能性がある。

1978年末にイランで革命が生じると原油生産(日量560万バレル)が大幅に減少した状態が続き、その後のイラン・イラク戦争も災いして1982年にかけて原油価格は急騰した(第2次石油危機)。革命の混乱でイラク南部から輸出されている日量350万バレルの原油が長期間ストップすれば、原油価格は高騰するのではないだろうか。

2019年11月22日 JBpressに掲載

2019年11月29日掲載