原油安がもたらすサウジリスクのさらなる上昇
来日をドタキャン、苦境に立たされるムハンマド皇太子

藤 和彦
上席研究員

相場が大きく上昇してもその後すぐに元の水準に戻ってしまうことを市場関係者は「行って来い」と表現するが、最近の原油価格はまさにこの表現がぴったりである。

9月14日にサウジアラビアの石油施設への大規模攻撃があったにもかかわらず、米WTI原油先物価格は1バレル=50ドル台半ばで推移している。

世界経済の減速懸念が重しとなり、市場関係者のセンチメントが悪化しているためだが、実際の需給面の動きはどうなっているか見てみたい。

原油需要低迷で1バレル35ドルの憶測も

まず供給面だが、OPECと非加盟主要産油国で構成する「OPECプラス」は来年(2020年)3月まで日量120万バレルの減産を実施しており、直近の遵守率は136%と堅調である。

ロシアのプーチン大統領は10月14日にサウジアラビアを訪問し、エネルギー分野を中心とする経済協力関係の強化で合意した。OPECプラスの枠組みを支えるロシアとサウジアラビアの関係は良好である。

一方、OPECプラスにとって「頭痛の種」となっている米国の直近の原油生産量は、日量1260万バレルと過去最高を維持している。米エネルギー省によれば、今年の原油生産量は前年比127万バレル増の日量1226万バレルになる見込みだ。

ただし、将来の原油生産を左右する石油掘削装置(リグ)の稼働数は低迷が続いている。また、米国の原油生産を牽引するシェールオイルの11月の生産量は過去最高の日量897万バレルとなるものの、前月比0.6%増とほぼ横ばいである。シェールオイルの主要生産地であるパーミアン鉱区ではここ数年の乱獲の反動が顕著になりつつあり(10月8日付OILPRICE)、ゴールドマンサックスは10月20日、「来年のシェールオイルの生産の伸びは今年に比べて大幅に鈍化する」との予想を示した。ロシアでも「シェールオイルの生産は近いうちに頭打ちになる」との見方が出ている(10月22日付OILPRICE)。来年以降は、この傾向が顕著になるだろう。

次に需要面だが、世界最大の原油需要国である米国で原油在庫が再び拡大基調となっている。冬場の需要期に向けて、米国内の製油所が定期改修の時期に入っているのがその理由である(製油所の稼働率が86%に低下)。米国の製造業景況感指数(ISM指数)が10年ぶりの低水準を記録したことも気になるところである。

世界最大の原油輸入国となった中国の9月の原油輸入量は日量1008万バレルとなり、今年4月以来の1000万バレル台となった。原油処理量も堅調だが、鉱工業生産が低迷していることから「実需が伴っていないのではないか」との疑念が強まっている。

国際エネルギー機関(IEA)はこのところ世界の原油需要を下方修正し続けており、市場関係者の間では「今年末の原油価格は1バレル=35ドル前後まで下げるのではないか」との憶測も出てきている(10月21日付日本経済新聞)。

OPECプラスは12月5日にOPEC総会を開催する予定である。原油価格の上昇が見込めないなか、「さらなる減産が必要ではないか」と予測する向きが増えている(10月10日付OILPRICE)。しかし、主要産油国の動きは鈍い。

ロシアのノヴァク・エネルギー相は10月14日、「OPECプラスの合意修正に関する協議は進められていない」との認識を示した。サウジアラビアも「減産合意を遵守していないイラクやナイジェリアがその姿勢を正すべきである」としており(10月22日付ロイター)、現時点ではさらなる減産について慎重である。

サウジアラビアの国庫は「火の車」

現在実施されている協調減産は事実上「サウジアラビアの大幅減産」で支えられていると言っても過言ではないが、その代償は大きい。

国際通貨基金(IMF)は10月15日、サウジアラビアの今年の経済成長率の見通しを前回の1.9%から0.2%へと大幅に下方修正した。原油の大幅減産が災いしている。サウジアラビアの昨年の経済成長率は2.2%と比較的好調だったが、今年は一昨年と同様マイナス成長となるリスクが高まっている。国内景気を下支えしようにも国庫は「火の車」である。

サウジアラビア政府は10月中旬に急遽25億ドル規模のイスラム債を発行するなど資金調達にあくせくしているが、頼みの綱は相変わらず国有石油会社、サウジアラムコの新規株式公開(IPO)である。

サウジアラムコのIPOについては当初5%分の株式を広く海外に公開して1000億ドルの資金を調達する予定だった。しかし、その目論見は変更を余儀なくされている。海外の投資家のサウジアラムコに対する評価が思うように上がらない現状から、国内投資家への依存を高めることでIPOの年内完了を推し進めようとしている(10月23日付ブルームバーグ)。サウジアラビアの公務員はサウジアラムコ株の購入を義務づけられており(10月9日付OILPRICE)、「愛国的な動機による株式の強制取得で600億ドル以上を国内から調達しようとしている」との噂がもっぱらである。

政府の強硬策に慌てたサウジアラビア通貨庁は、サウジアラムコのIPOを前に国内銀行のサウジアラムコ向けの与信状況を緊急点検している(10月9日付ロイター)。IPOに参加すると予想される多くの国内投資家(600~700万人)に各銀行が購入資金を融資できるかどうか心配だからだ。借金してまでサウジアラムコ株を購入させられる国民のムハンマド皇太子への不満が高まることは想像に難くない。

これを嫌気したからだろうか、国内の株式市場では「投げ売り」が続いており(10月15日付ZeroHedge)、サウジアラムコのIPOは国内でも難航している。

サウジを襲うフーシのドローン攻撃

サウジアラビアの外交に目を転じると、イエメンを巡る情勢が複雑な様相を呈し始めている。

サウジアラビアが主導するアラブ連合軍は、イエメンの反政府武装組織「フーシ派」(フーシ)の停戦の呼びかけにもかかわらず、イエメンのサナア等(フーシの支配地域)に対する空爆を続けている。これに対し、フーシはサウジアラビア南部でドローン攻撃に加え地上戦を展開している。

イランメディアは10月15日、「サウジアラムコの製油所で爆発が発生し、18人が死傷したが、その原因は明らかになっていない」と報じた。この爆発は、フーシによるさらなるドローン攻撃の可能性がある。

9月14日のドローンによる石油施設への大規模攻撃は世界の軍事関係者に衝撃を与えた。中東地域における米国やイスラエルの圧倒的な軍事力の優位が揺らいでいるが、その背景にはイランの戦略がある。イランが低コストで製造できる軍事用ドローンの開発に力を入れ、その開発技術をパレスチナやレバノンの武装組織、フーシに提供するとともに、「ドローンを操縦する戦闘員(ドローン操縦戦闘員)」をイラン・テヘラン郊外にあるイマームホセイン大学(精鋭部隊の技術者を育てる拠点)で養成、中東各地に派遣しているのである(10月18日付NHK国際報道2019)。

壁に突き当たるムハンマド皇太子の強硬路線

フーシは10月13日、「サウジアラビア主導のアラブ連合軍は、フーシの攻撃停止案の受諾を渋っている」と批判したが、サウジアラビアでも、ムハンマド皇太子の強硬路線とは異なる動きが出始めている。

10月18日付アルジャジーラは、「最近サウジアラビアの国防副大臣(ムハンマド皇太子の実弟)がフーシのトップとのチャンネルを開き、今後の戦闘の鎮静化、さらにはサウジアラビアとイエメンの間の国境での停戦について、合同委員会を設置して協議することを提案した」と報じた。

また、サウジアラビアとともにイエメン内戦に介入していたアラブ首長国連邦(UAE)の融和姿勢が、このところ際立っている。UAEは既にイエメンから陸軍を撤収しているが、10月に入ると「UAEのムハンマド皇太子の弟がテヘランを訪問し、イランとの関係改善を提案してきた」という(10月18日付アルジャジーラ)。

イランの石油タンカーが10月11日、サウジアラビアのジェッダ沖で高速艇から発射された2発のロケット弾を被弾するという事案が発生したが、イラン政府は「イスラエルが関与した」との見方を強めている。サウジアラビアとイラン両国間の緊張緩和を目的とするパキスタン首相のイラン訪問(12日)直前に、タンカー攻撃が起きたことから、両国の接近を嫌うイスラエルが妨害工作を行ったというわけである。

しかし中東地域では、シリアのクルド人勢力を見捨てたトランプ外交への不信感は高まるばかりである。米国頼みのムハンマド路線は修正を余儀なくされるだろう。

ムハンマド皇太子はイスラエルとの協調による「イラン封じ」も企ててきたが、頼みのネタニエフ首相がレームダック化しており、水泡に帰しつつある。

原油価格を大きく左右するサウジリスク

10月22日、日本では即位礼正殿の儀が行われ世界各国の首脳が多数来日したが、ドタキャンした首脳が2人いた。1人はトルコのエルドアン大統領であり、もう1人はサウジアラビアのムハンマド皇太子である。

エルドアン大統領は、シリアのクルド人支配地域への軍事介入問題で急遽ロシアでプーチン大統領と会談したことが明らかになっている。皇室と親密な関係にあるムハンマド皇太子が来日しなかった理由を筆者は寡聞にして承知していないが、国内外の苦境を察すれば来たくても来られなかったのが実情だったのではないだろうか。

このような状況で原油価格がさらに下落したら、ムハンマド皇太子に対する批判はこれまでにはないほど高まる可能性が高い。

思い起こせば昨年10月時点で「WTI原油価格はイランリスク(米国の制裁発動)により1バレル=80ドルを超える」との予想だったが、年末には40ドル台にまで下落した(筆者は昨年夏の段階で50ドル割れがありうると予想していた)。

今年は逆のことが起こるかもしれない。原油安がもたらすサウジアラビア情勢の不安が顕在化することにより、「年末の原油価格は1バレル=70ドルを超える」とのシナリオもありうるのではないだろうか。

2019年10月25日 JBpressに掲載

2019年11月1日掲載

この著者の記事