年末にかけて急騰する可能性が出てきた原油価格
継続する中東の地政学リスク、米国では原油増産に急ブレーキ

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は7月上旬以降一進一退が続いている(1バレル=50ドル台前半から半ばの間で推移)。

米中貿易戦争の報復の連鎖が止まらない。8月23日に米中両国政府が相手国の追加関税に対する報復措置を発表するなどチキンゲームの様相を呈し始めており、原油市場に暗い影を投げかけている。

香港のデモ長期化が原油市場にもたらす影響

まず需要サイドについて見てみよう。

世界第1位の原油需要国である米国にも中国との貿易紛争の悪影響が出始めている。

8月中旬に発表された製造業購買担当者景気指数(PMI)速報値が、約10年ぶりに好不況の分かれ目とされる50を下回った。ガソリン需要は夏のドライブシーズンにもかかわらず盛り上がらない。

世界第2位の原油需要国である中国もさえない状況が続いている。7月のガソリン生産量は前年比1.4%減と2カ月連続でマイナスとなり、今後もガソリンをはじめとする石油製品の需要の落ち込みが続くと予測されている(8月16日付OILPRICE)。

世界第3位の原油需要国であるインドでも7月の原油処理量が前年比2.8%減となり、3カ月連続で前年比マイナスとなった。

デモが長期化し政情不安となっている香港が世界的なリセッションを引き起こすとの懸念も生じている(8月23日付ブルームバーグ)。世界で最も不動産が高いとされる香港から大規模な資金流出が生じれば、アジア全域でバブル崩壊が起き、新興国の原油需要に大打撃を与えることになるだろう。

OPECの輸出量減少でも原油価格は上昇せず

OPECは8月19日、今年の世界の原油需要の伸びを下方修正し、「2020年は供給過剰になる可能性がある」との見方を示したが、OPECが原油市場について悲観的な予測をするのは異例のことである。

OPECと非加盟産油国による減産監視委員会は27日、「7月の減産遵守率は159%と6月から22ポイント上昇した」と発表した。米国の制裁前は日量250万バレルであったイランの原油輸出量も日量10万バレルを割った可能性がある(日量70万バレルとの分析結果もある)。

だが原油価格を上昇させる要因にはなっていない。市場関係者の間では「原油相場を押し上げるためには、OPECは日量100万バレルの追加減産が必要である」との声が上がっている(8月15日付OILPRICE)。

8月22日、イランのロウハに大統領は「イランの石油輸出がゼロになった場合、ホルムズ海峡がこれまでと同じ安全性を確保できなくなる」と述べたように、中東地域の地政学リスクは高いままである。英国、豪州、バハレーンなどが参加表明を行った米国の「有志連合(海洋安全保障イニシアチブ)」に対し、イランが積極的な外交を展開するなど、両国の「つばぜり合い」が続いている。しかし、市場で材料視されることが少なくなっている。

泥沼化するサウジのイエメン介入

日本ではあまり注目されていないが、サウジアラビアの安全保障に多大な影響を与えるイエメン情勢が泥沼化している。

サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)はアラブ連合軍を結成して2015年3月以降イエメンの内戦に介入しているが、イエメン南部でサウジアラビアとUAEの対立が激化している。サウジアラビアが支援している暫定政府軍とUAE傘下の移行評議会軍が南部の港湾都市アデンで衝突し、移行評議会軍がアデンを制圧したのだ。

サウジアラビアはUAEに対し「移行評議会軍のアデンからの撤退」を要求しているが、現地ではアデン以外でも暫定政府軍と移行評議会軍との戦闘が拡大しており、イエメン南部は分裂の危機に瀕している。

北部はシーア派反政府武装組織フーシ(フーシ派)が実質的に支配していることから、イエメンは1990年以前の分裂状態に陥るのは時間の問題かもしれない。

サウジアラビアはイエメン介入により巨額の軍事費支出を余儀なくされている。スウェーデン平和研究所(SIPRI)によれば、今年の軍事費の国別ランキングでサウジアラビアは世界3位(700億ドル)、中東ではダントツ1位の軍事大国である。サウジアラビアは5年間にわたり米国などの各種の最新兵器を投じたにもかかわらず、イエメン情勢は好転するどころか悪化するばかりである。

ゲームのルールを変えたドローンの出現

サウジアラビアのイエメン介入は、1960年代以降の米国のベトナム介入と同様、いやそれ以上の「負の遺産」となりつつある。フーシ派の攻撃がサウジアラビアの安全保障を脅かし続けているからである。

8月17日、フーシ派は10機のドローン(無人機)を使って、サウジアラビア南東部のシャイバー油田の石油・ガス施設に対して攻撃を行った。液化天然ガスプラントで小規模な火災が発生したが、生産停止に至らず、死傷はなかった。

シャイバー油田の生産量は日量100万バレル、イエメン国境から直線距離で1100キロメートルのところに位置する。サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は「シャイバー油田は極めて重要な施設であり、この攻撃はサウジアラビアだけでなく世界の安全な石油供給、世界経済に対する脅威だ」と述べたが、原油価格の上昇は一過性にとどまった。

フーシ派の軍事力の向上はとどまることを知らない。8月21日、フーシ派はイエメン中部で最新鋭の米国製無人機MQ91機を新型の地対空ミサイルで撃墜した。6月にも米国製無人機をイエメン西部で破壊したとされている。

8月22日、25日、27日とサウジアラビア南部の空港と軍事基地に対してドローン攻撃を実施、26日には首都リヤドに対してもドローン攻撃を行った。

フーシ派が使っているドローンは、イラン製の軍事用ドローン「アバビール(コーランに出てくる神が遣わした鳥)」である。航続距離は1200キロメートルであり、アバビールの改良型は爆弾の搭載が可能である。低空で飛行するためレーダーで捉えにくく、ミサイルで撃墜するのは困難である。アバビールの最大の利点は1機当たり200ドルと安価なことである。部品はすべて市場で調達することが可能であり、アマチュアでも製造できるという(8月22日付NHK国際報道2019)。イランは中東各地の武装勢力にドローンを提供することで実戦での結果をフィードバックさせ、ドローン技術に磨きをかけているとされている。

サウジアラビア空軍は広範囲な活動を続けてきたが、これ以上空爆の範囲を広げてもドローン攻撃を防ぐのは困難のようである。ドローンの出現でゲームのルールがすっかり変わってしまったのである。

スーダンの政変でサウジは兵員不足に

サウジアラビアがイエメン介入での成果を挙げるためには大規模な地上部隊を送り込むしかない。だが、派遣する地上部隊の兵員が集まらなくなっている。

2018年12月28日付ニューヨークタイムズが「ムハンマド皇太子が率いるアラブ連合軍は4年間、14~17歳のスーダンの未成年者たちをイエメン内戦の地上軍として雇ってきた」と報じたように、地上部隊の一翼を担ってきたのはスーダンの「傭兵」だった。しかし今年4月に起きたスーダンの政変でその調達が困難になっている。

スーダンの首都ハルツームで8月19日、30年に及ぶ強権支配を続けたバシル前大統領の不正蓄財など汚職の罪を問う初公判が開かれ、捜査担当者がバシル被告は9000万ドルに上る現金をサウジアラビアから受け取っていたと告発した。事情聴取に対しバシル氏は「サウジアラビアのムハンマド皇太子の使いの者から届けられた」と供述したという。

スーダンはアラブ連合軍のイエメン介入に当初から参加し、バシル氏はサウジアラビアからの「賄賂」の見返りにスーダンの若者を戦場に送ってきた。だが戦死者は数千人の規模に達し、反政府行動の主要な争点がイエメンへの派兵だったことから、サウジアラビアは地上軍の編成に事欠いているのではないだろうか。

8月27日付ウオール・ストリート・ジャーナルは「米国政府は事態の悪化を避けるためフーシ派とサウジアラビア間の停戦工作に乗り出した」と報じている。

シェールオイルの大増産にブレーキ

このようにサウジアラビアのムハンマド皇太子の立場はますます危うくなっている。中東地域のリスクは高まるばかりだが、市場は一向に反応しない。その背景には米国のシェールオイルの大増産がある。米国の原油生産は過去3年間にわたり日量100万バレル以上増加し、世界の増加幅の9割を占めてきた。

しかし、ここに来て急ブレーキがかかっている。

足元の米国の原油生産量は日量1250万バレルと過去最高を更新したものの、今年に入ってからの伸びは大幅に減速している。将来の原油生産量を左右する石油掘削装置(リグ)稼働数は2018年1月以来の低水準になっている。2015年から16年にかけて資金を注入した投資家からの配当要求でシェール企業の資金繰りが一層厳しくなっているからだ。

現在の原油価格(1バレル=55ドル前後)では既存の井戸の生産減少をカバーするためのリプレイス投資ができなくなっていることから、米国の原油生産量は「4月下旬をピークに今後緩やかに減少する」との予測が出ている(8月25日付OILPRICE)。

シェールオイルの生産に伴う新たな環境問題も浮上している。米国の環境学者によれば、シェールオイル生産に用いられる水圧破砕の際に大量のメタン(二酸化炭素よりも大きな温室効果を有する)が空気中に放出されているという。地球環境問題への対応に消極的なトランプ政権がこの問題に直ちに反応することはないだろうが、州レベルで対策が講じられる可能性は排除できない。

いずれにせよ、米国の原油生産の減少傾向が鮮明になれば、中東地域の地政学リスクに対する市場の反応が大きく変わり、原油価格が年末にかけて急騰する可能性があるのではないだろうか。

2019年8月30日 JBpressに掲載

2019年9月6日掲載