もはや年金や経済が「選挙の争点」になり得なくなった…死生観が政治的議論の的に

藤 和彦
上席研究員

7月21日に投開票された第25回参院選は、与党が改選過半数の63を上回る71議席を獲得したが、憲法改正に前向きな「改憲勢力」は非改選とあわせ、国会発議に必要な3分の2(164議席)には及ばなかった。選挙後のメディアは2020年の改憲を目指す安倍首相の動静にスポットライトを当てているが、今回の選挙でもっとも注目されるべきは投票率の低さ(48.80%)である。

投票率の過去最低は1995年の44.52%だが、98年6月の投票時間延長(締め切り時間を午後6時から午後8時へ)や2003年12月に期日前投票の制度が導入されたことを鑑みれば、今回の48.80%は実質的に過去最低だった可能性がある。若者の投票率の低さが取り沙汰されることが多かったが、今回の結果は、国政選挙に対する関心の低さが全世代に波及したことを明らかにした。 

金融庁が作成した、「老後に2000万円の金融資産が必要」との報告書が契機となって「年金」が政治問題化したことから、第1次安倍政権の躓きの石となった07年の参院選の悪夢が与党幹部の脳裏をよぎったが、選挙結果を大きく左右することはなかった。

07年当時、巨大な人口を擁する「団塊世代」が定年を間近に控えていたことから、「年金」は重大な関心事だったが、「団塊世代」の後期高齢者入りが間近に迫る現在の日本で、「年金」はもはや政治問題ではなくなってしまったのかもしれない。

冷戦の終了で始まった平成の時代を通して、日本では「政治の経済化(政治の課題が経済面に集中する現象)」が進んだと指摘されているが、高齢化率が28%を超えた日本では、国民の関心は徐々に経済から離れているのである。

安楽死への関心高まる

選挙戦が盛り上がらないなかでメディアの注目を集めたのは「れいわ新選組」や「NHKから国民を守る党」などのミニ政党である。両党は得票率2%を上回り政党要件を獲得し、政党交付金を受け取る権利を得た。

なかでも「NHKから国民を守る党」は、「NHKをぶっ壊す」というひとつの問題点(ワンイシュー)のみを主張して90万票以上を獲得した。いわゆるワンイシュー政党といえば、今回の選挙では「安楽死制度を考える会」も「日本でも安楽死制度を」と訴え、約27万票を集めた。同団体の活動の詳細は承知していないが、今年6月に安楽死をテーマにした『NHKスペシャル 彼女は安楽死を選んだ』が放映されたように、国民の間で安楽死についての関心が高まっていることは間違いないだろう。

日本では消極的安楽死(「尊厳死」と呼ばれているもので延命治療措置の手控えや中止のことを指す)が07年から認められているものの、積極的安楽死(医師が筋弛緩薬を投与して患者を死に至らせる行為)は実施されていない。消極的安楽死は厚生労働省がガイドラインを制定することで開始されたが、積極的安楽死を実施する場合には法的な措置を講じることは避けて通れない。

『NHKスペシャル』で紹介されたケースは、体の機能が失われる神経難病に冒されたひとりの日本人女性がスイスの団体(ライフ・サークル)で安楽死(医師から与えられた致死薬で患者自らが命を絶つという「自殺幇助」に該当)を遂げたものだが、「彼女が満足げにこの世を去った様子を見て崇高なものを見た気がした」などの好意的なコメントが保守系論客から寄せられている。

しかし海外の安楽死の事情に詳しく本件にも関与したジャーナリストの宮下洋一氏の見方は違う。死を自らで決定しようとする欧米と違い、日本では「家族に看病してもらうのは申し訳ない」という周囲への負い目から実施されることが多くなると危惧している宮下氏は、「集団的な生命観を重んじる日本で安楽死は必要ない」と主張する。

形而上的な問題の重要性

かつて日本人は自己と密接な関係を持つと考える集団と強く結ばれているという生命観(集団的な生命観)を有していたが、戦後、死生観の喪失とともにこのような生命観は希薄になってしまったようである。

団塊世代を中心に死生観を論じることを回避する傾向が顕著であったが、現在の日本は超高齢社会から多死社会(死亡する人が多くなり人口が少なくなっていく社会)に移行しつつある。昨年の死者数(136万人)は出生数(92万人)の1.5倍であり、団塊世代全員が後期高齢者入りする25年の死者数は150万人を突破するとされている。

欧米では医療現場を中心にQOD(死の質)の向上に関する議論が活発になっているが、他国に比べ死をタブー視する傾向が強い日本での議論が低調であることは否めない。死をタブー視したままでは、この国はもはや回っていかないのである。

経済の問題が引き続き重要であることはいうまでもないが、形而上的な問題(人の「死に方」を始めとする「こころ」の問題)についても議論を深めていかなければ、日本の政治の再生は難しいのではないだろうか。

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2019年7月24日 Business Journalに掲載

2019年8月2日掲載

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