日本は「国家石油備蓄」放出を準備せよ
サウジアラビア情勢が極度に悪化、未曾有の石油危機を防ぐには

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は、中東地域の地政学リスクの高まりにもかかわらず1バレル=50ドル台前半で安定的に推移している。

6月13日、中東のホルムズ海峡に近いオマーン湾で日本の会社が所有するタンカーらが何者かに攻撃されたことから、原油価格は5カ月ぶりの安値付近から反発した。

だが市場は「ホルムズ海峡周辺でのタンカー攻撃の影響による原油相場の上昇は一時的だ」と受けとめている(6月14日付ブルームバーグ)。

供給面の材料は価格上昇ムードだが・・・

地政学リスクについては後述するが、まず供給サイドから見てみよう。

5月のOPECの原油生産量は前月比24万バレル減の日量2988万バレルとなり、減産を実施している加盟11カ国の5月の遵守率は143%だった。

減産合意の適用除外であるイランの原油生産量は、米国の制裁強化の影響で前月比23万バレル減の237万バレルだった。5月の輸出量も日量23万バレルへと激減した(今年第1四半期の輸出量の平均は約100万バレルだった)。

サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相が6月7日、「現在の原油減産は規模を拡大することなく継続すべきである」との見解を示したように、OPEC内では今年後半も協調減産を続けることで合意ができている。

非OPEC産油国の雄であるロシアも、ノヴァク・エネルギー相が「合意がなければ1バレル=30ドルまで下落する可能性がある」として、OPECと非OPEC産油国が原油の協調減産を話し合う恒常的な枠組みを設立することに合意した(6月14日付日本経済新聞)。プーチン大統領が6月7日に示した適正な原油価格は1バレル=60~65ドルと、サウジアラビアが望む原油価格(1バレル=80~85ドル)より低いが、30ドルに急落したらロシアにとってもダメージが大きすぎるというわけである。

サウジアラビアとロシアの悩みの種である米国のシェールオイルの増産の勢いにも歯止めがかかる兆候が出ている。米エネルギー省は6月11日、「米国の今年の原油生産量は5月の予測から1%減の日量1232万バレルとなる」と見方を示した。大半のシェール企業が掘削のための投資を削減しており、米国の石油掘削装置(リグ)稼働数は2018年2月以来の低水準となっている。

供給サイドを見ると原油価格が上昇する材料が整いつつあるが、ヘッジファンドによるWTI原油先物の買い越し幅は7週連続で減少している。「原油市場が再び供給過剰に陥る」との観測が高まっているからである。

国際エネルギー機関(IEA)は6月14日、「2020年の原油需要の伸びは日量140万バレルまで加速するが、米国のシェールブームにブラジル、ノルウェー、カナダでの新たな油田プロジェクトが加わり、生産も同230万バレル急増する。その結果、OPECは大幅な減産が必要になる」との予測を示した。

需要の落ち込みで50ドル割れの可能性も

市場関係者が注目し始めているのは需要サイドである。

世界の自動車需要が大不況以来の持続的な下降に直面しており(6月13日付ブルームバーグ)、今年の世界の原油需要の伸びは2011年以来で最低になるとの見方が出ている(6月12日付OILPRICE)。

世界最大の原油需要国である米国では今年に入ってから石油製品の出荷が前年比マイナスの週の方が多くなっているが、需要期に入った6月になっても昨年(2018年)ほど活発にガソリンが消費されていない。米国の原油在庫は増加基調が続いており、2017年7月以来約2年ぶりの高水準である(過去5年間の平均を8%上回る)。

世界最大の原油輸入国である中国の5月の原油輸入量は日量947万バレルとなり、過去最高の1064万バレルを記録した4月から11%の減少となった。主な要因はイラン産原油の輸入減である。中国のイラン産原油の輸入量は4月の81万バレルから5月は26万バレルに落ち込んだ。

だが要因はこればかりではない。米国との貿易紛争により、プラスチック使用比率が高い製造業の輸出が減速し、国内の石油製品の需要に陰を落としている。

中国の5月の新車販売台数は前年比16%減となり2カ月連続で2桁マイナスとなるなど燃料油の生産にもブレーキがかかっている。アジア市場で利ざやが縮小したことから、中国の5月の石油製品の輸出が前月比49万バレル減の116万バレルになったことも災いした。

これまで活発に操業してきた民間製油所(茶壷)も生産を縮小し始めている(6月19日付OILPRICE)。中国では今年上期に日量100万バレル以上の原油が備蓄に回ったが、今後はこの傾向が弱まるとの分析もある(6月14日付ロイター)。

5月12日のUAE沖のタンカー事故の際1バレル=60ドル割れ寸前だった原油価格は、一時的に反発したものの下落傾向に歯止めはかからなかった。今回も地政学リスクの高まりよりも需要サイドの悪化が材料視されて、原油価格は1バレル=50ドル割れとなる可能性が高いのではないだろうか。

30年前とは大違い、米国のホルムズ海峡危機への対応

しかし「地政学リスクに原油市場の反応が甘すぎる」との指摘もある(6月14日付ロイター)。今回のタンカー事故の爆発物は「飛来物」か「吸着機雷(リムペットマイン)」か、攻撃の実行者ははたしてイランなのか、など真相は謎のままである。

懸念されるのは、ホルムズ海峡での偶発的な武力衝突が、制御できないまま大規模な紛争にまで拡大することである。そうなればホルムズ海峡が数カ月にわたりタンカーが航行できなくなる可能性がある。

歴史を振り返ればホルムズ海峡の最大の危機はイラン・イラク戦争(1980~88年)だった。戦争の後半になるとイラン・イラク両国共に原油タンカーを標的にするようになったことから、米英をはじめとする関係各国は「ホルムズ海峡の輸送を守る」と表明、護送船団を組織した。

タンカー護衛を率先して引き受けた米軍は1988年機雷による攻撃を受けた報復として、イランの石油プラットフォームを破壊、イラン海軍の複数の艦船を撃沈した。

30年前は体を張って中東地域の安全を確保した米中央軍だったが、今回はスタンスが違っているようだ。タンカー事故が生じた6月13日に「同国は中東での新たな紛争に関与することに関心はない」との意向を表明した。

トランプ大統領は6月18日、「原油輸送確保のため軍事力を行使するか」との質問に対し、明言を避けた。中東産原油への依存から実質的に脱した米国にとって、「ホルムズ海峡の危機で米国の若者の命を危険にさらす」という選択肢はなくなってしまったのかもしれない。

フーシ派の大攻勢に苦しむサウジアラビア

筆者が心配しているのはホルムズ海峡ばかりではない。

6月13日のタンカー事故のせいで日本ではほとんど報道されていないが、サウジアラビアがイエメンのシーア派反政府組織フーシ(フーシ派)の大攻勢に苦しんでいる。

タンカー事故の前日(12日)にフーシ派はサウジアラビア南西部のアブハ空港を巡航ミサイルで攻撃し、到着ロビーにいた民間人26人を負傷させた。アブハ市は標高約2300メートルにある高原都市(人口39万人)である。フーシ派は、これまで地対地ミサイル、ドローンを使ってサウジアラビア南部を攻撃してきたが、巡航ミサイルという新たな武器を入手して、サウジアラビアの各方面への攻撃が可能になりつつある。6月19日、南部に新たに建設された発電所がフーシ派の巡航ミサイルの攻撃を受けたとの未確認情報もある。

アラブメディアは6月13日、「フーシ派の攻撃によるサウジアラビアの民間人の死傷者数は1071人(うち死者112人)に上る」と報じた。この数はサウジアラビア政府がこれまで発表してきた数字よりもはるかに大きい。サウジアラビアが主導するアラブ連合軍は、イエメンの首都サナアの空軍基地を含む戦略拠点を激しく空爆しているが、フーシ派の攻撃を止められないでいる。

フーシ派のミサイル攻撃に悩むサウジアラビアが、中国の支援で弾道ミサイル開発を大幅に加速していることも気かがりである(6月6日付CNN)。サウジアラビアは米国製兵器の最大の購入国だが、米国からの弾道ミサイル購入については、1987年に発足した非公式の多国間協定「ミサイル技術管理レジーム(MTCR)」の下で禁じられている。フーシ派をはじめイランに対する反撃のためとはいえ、米国の同盟国であるサウジアラビアがMTCR非加盟国である中国から支援を受けることになれば、中東でのミサイル拡散に歯止めをかけてきた米国の長年の取り組みは「崩壊の危機」に瀕すると言っても過言ではない。

さらに「6月中旬にフーシ派が南部のナジュラン市(人口35万人、標高約1300メートル)近辺の軍事拠点を占拠し、サウジ兵士200名を死傷させた」との報道もある。

フーシ派幹部は6月15日、「我々はサウジアラビア領内に進軍し、これまでイエメンが被った損害に対し借りを返すときが来た」と述べた。サウジアラビアにとって自国内でフーシ派と地上戦を繰り広げることは悪夢以外の何ものでもない。

未曾有の石油危機を防ぐには?

このように中東地域ではホルムズ海峡に加えてサウジアラビア情勢が極度に悪化しているが、日本に打つ手があるのだろうか。

筆者の答えは「国家石油備蓄の放出」を準備することである。

原油輸出に支障が生じても、備蓄原油の放出で影響を緩和できるからである。

国家石油備蓄と言えば米国のSPR(戦略国家備蓄、7億バレル弱、輸入量の100日分を確保)が有名だが、日本も輸入量の90日分に相当する原油量(3.6億バレル)を政府が確保している。備蓄原油は、全国10カ所に存在する国家石油備蓄基地と民間石油会社から借り上げたタンク内に貯蔵されている。

我が国の国家備蓄制度は、第1次石油危機の教訓から開始され1980年度末に完成したが、これまで一度も放出されたことがなく、入札参加者の資格や輸送船の確保、放出時の価格フォーミュラなどの詳細が未定である。現在の状況では米国のSPRのように迅速な放出ができるかどうかわからないのである。

「備えあれば憂いなし」

未曾有の石油危機を防ぐ「伝家の宝刀」に磨きをかけるべきではないだろうか。

2019年6月21日 JBpressに掲載

2019年6月28日掲載

この著者の記事