米国にハイジャックされた原油市場
「関税引き上げ」で下落、「イランとの緊張」で上昇

藤 和彦
上席研究員

令和の時代に入り、米WTI原油先物価格は1バレル=60~65ドルの間で乱高下している。

その主な要因はすべて米国発と言っても過言ではない。

4月22日に米国政府が「5月2日からの適用除外を廃止してイラン産原油の輸出をゼロにする」と宣言したことで、WTI原油価格は1バレル=65ドル近辺で令和の時代を迎えた。しかし、5月2日に米国の原油在庫が市場予想を上回る規模で増加した(993万バレル増)ことが判明すると、同61ドル台に急落した。

WTI原油価格はその後1バレル=62ドル台に回復したが、5月5日にトランプ大統領が「中国の知的財産権侵害などを理由に2000億ドル分の同国製品に課す関税を、5月10日から現在の10%から25%に引き上げる」と表明すると、「日量約1300万バレルの中国の原油需要が減少する」との懸念から今年3月下旬以来の安値を付けた(同60.04ドル)。

米国発の攪乱要因は続く。ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)が5月5日、「イランの挑発行動の兆しに対応するため、中東地域に原子力空母と爆撃機の部隊を派遣する」と発表すると、同地域の地政学リスクが意識され、WTI原油価格は1バレル=62ドル台に再び上昇した。

このように米国発の「情報」で日ごとに原油市場のセンチメントがころころ変わる状況が続いているが、今年後半にかけて原油価格はどのように推移するのだろうか。

イラン絡みの「材料は出尽くした」?

まず供給面から見てみよう。

ロイターがまとめた調査結果によれば、OPECの4月の原油生産量は前月比9万バレル減の日量3023万バレルと2015年以来4年ぶりの低水準となった。

OPEC加盟国(イラン、リビア、ベネズエラは対象外)は今年(2019年)1月から日量80万バレルを目標に減産を行っているが、サウジアラビアの努力で減産遵守率は既に130%を超えており、4月の遵守率も132%だった。

適用除外となっている国々を見てみると、内戦状態となっているリビアの原油生産量は石油関連施設の被害が出ていないことから、事前の予想に反して前月比5万バレル増の日量115万バレルとなった。

野党がクーデターを引き起こそうとするなど混乱がさらに広がっているベネズエラの原油生産量の減少幅は10万バレルにとどまり日量100万バレル超を維持した。米国の制裁にもかかわらず原油輸出は引き続き堅調であり、中国向けが総輸出量の3分の1を占めた(日量34万バレル)。

米国が「不倶戴天の仇敵」と見なしているイランの原油生産量は前月比15万バレル減の日量260万バレルと加盟国の中で最大の減少を記録した。米国の制裁の完全復活を前に買い控えが進んでいるのがその背景にあるが、5月以降のイランの原油生産量はどうなるのだろうか。

イランの原油生産量に大きな影響を与えるのは原油輸出量である。米国が昨年11月にイラン制裁を再開する前のイランの原油輸出量(日量230~250万バレル)と比べると足元の輸出量は日量約100万バレルと既に大幅に減少している。

主要な輸出先は中国(日量約50万バレル)とインド(日量約20万バレル)である。中国やインドはイランへの融資の見返りに原油を調達する形を採っており、「債務返済のための原油供給」を名目にイランからの調達を継続しようとしている。

中国やインドに比べて輸入量は少ないものの、トルコも「石油輸入先の急速な多様化は困難である」ことを理由にイラン産原油の輸入を継続する方針である。

イラン産原油の輸出量は今後も漸減するだろうが、上記の理由から日量100万バレルを大きく割り込む可能性は低いと見込まれている。イランファクターについては、市場関係者の間で「材料出尽くし」との見方もある。

増産を焦るロシアが犯したミス

次に世界第2位の原油生産国であるロシアだが、4月の原油生産量は前月比7万バレル減の日量1123万バレルとなったものの、減産目標(同1119万バレル)にいまだ達していない。

前回のコラムで「ロシアは増産に転じる可能性が高い」と書いたが、ロシアは4月下旬に通常では考えられないミスを犯してしまったようだ。

ロシアのミスとは、4月下旬にロシアの石油企業(ロシア当局が5月8日に逮捕)が高濃度の有機塩素化合物を混入させたままの原油を欧州向けパイプライン(名称は「ドルジバ」、輸送能力は日量約100万バレル)に供給してしまったことである。

高濃度の有機塩素化合物が混入していると製油施設の故障の原因になることから、その後「ドルジバ」は1カ月近くにわたり全面停止に追い込まれた(5月8日付ロイター)。

有機塩素化合物は原油生産を増やすために利用されるが、出荷前に原油と分離する必要がある。このようなミスが発生した原因については明らかになっていないが、一部の企業が増産を焦るあまりにロシア全体の原油生産量の1割(100万バレル強)に相当する原油供給を台無しにしてしまったというわけである。

意図せざるロシアの大幅減産だったが、市場の反応は冷静だった。

世界第1位の原油生産国となった米国は相変わらず好調である。4月下旬の原油生産量は10万バレル増加して日量1230万バレルとなり、過去最高を更新した。国際エネルギー機関(IEA)は「今年の米国の原油生産量は日量160万バレル増加する」と予測しており、昨年と同様、米国一国の増産で世界の原油需要の伸び(日量120~130万バレル増)を賄えることが見込まれている。

世界の原油在庫は増加傾向に

需要面に目を転じると、OPECと非OPEC産油国(OPECプラス)の協調減産にもかかわらず世界の原油在庫が増加傾向にあることが気になるところである。

OECD諸国の2月末時点の原油在庫が28.7億バレルと過去5年平均を上回ったが、特に米国でこのところ原油在庫の増加が顕著となっている。米エネルギー省によれば、4月末の米国の原油在庫は2017年9月以来の高水準となった(4億7060万バレル)。ドライブシーズンに入ったもののガソリン価格が高騰していることから原油需要の伸びが思わしくないことが災いしている。

米国のガソリン価格は4月中旬に1ガロン当たり2.83ドルと年初に比べて26%上昇している。原油価格が同期間に30%超上昇していることが元凶であることは間違いないが、直近の要因は、(1)米国政府によるイラン制裁の適用除外の撤廃の発表(WTI原油価格は1バレル=66ドル台に上昇)と、(2)米国中西部で発生した洪水により製油所が集中しているメキシコ湾から需要地へのガソリン供給が滞っていることである。

トランプ大統領は4月26日、ホワイトハウスで記者団に対し「米国内のガソリン価格が上がっている。私はOPECに電話をかけて、価格を引き下げる必要があると伝えた」と述べた。その後、同大統領が「サウジアラビアをはじめとする各国と減産について話し合い、全員が同意した」とツイートすると原油価格は3%安となったが、サウジアラビアをはじめとする中東産油国の首脳が「トランプ大統領とは話をしていない」ということが4月29日に判明、原油価格は再び上昇に転じた。

「米国に『借り』があるサウジアラビアは増産するのではないか」との憶測があったものの、サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は4月30日、「米国の制裁により全面禁輸となるイラン産原油の補填を急がない」とした上で「OPECプラスの減産合意は今年末まで延長される可能性がある」と述べた。OPECプラスは5月、共同閣僚監視委員会(JMMC)を開催し、6月の総会向けの勧告を取りまとめることになっている。

市場の予想に反してサウジアラビアが増産に慎重になっているのは、昨年秋の供給過剰の「二の舞」を繰り返したくないからである。

米国がイラン制裁の適用除外の撤廃を発表した翌23日、IEAは「世界の余剰生産能力はOPECプラスの協調減産により日量330万バレルに増加しており、世界の原油市場の供給水準は十分」との見方を示している。

投機マネーの動きも変化し始めている。

年初から原油市場での「買い」を積極的に進めてきたヘッジファンドは、4月末に「売り」に転じ始めたようだ(4月30日付OILPRICE)。

原油市場を大きく左右するようになったアルゴリズム取引も再び「全面売り」のモードに入ったとの観測がある(5月2日付ZeroHedge)。昨年10月にアルゴリズム取引が「全面売り」モードになったことでWTI原油価格は年末に1バレル=42ドル台に沈んだが、今年1月にモードが「全面買い」に変化すると4月に60ドル超えとなったという経緯がある。

今後の原油価格の推移はサウジアラビアの双肩にかかっているが、トランプ大統領の圧力に屈して増産を余儀なくされれば、アルゴリズム取引の「予言」のとおり原油価格は再び暴落してしまうだろう。

再び軍拡に舵を切りそうなサウジアラビア

最後にサウジアラビア情勢について一言。

スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が4月29日に発表した「2018年の世界の軍事費」によれば、サウジアラビアの軍事費は2017年と同じく世界3位である(676億ドル)ことが判明した。

債務や過剰支出が理由で前年比6%減だったが、注目されるべきは政府支出全体に占める軍事費の割合の高さである。世界第1位の米国が9%、世界第2位の中国が6%であるのに対し、サウジアラビアは25%とダントツの世界1位である。2017年は30%を超えていた。

軍拡に歯止めがかかったかに見えるサウジアラビアだが、イラン政府は5月に入り核開発プログラムの一部を再開する方針を示している(5月5日付ロイター)ことから、再び軍拡に舵を切るリスクが高まっている。

2019年5月10日 JBpressに掲載

2019年5月17日掲載