核疑惑が深まるサウジアラビア
脱石油依存とエネルギー源多様化の裏で起きていること

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は5カ月ぶりの高値となっている。その要因としてOPECをはじめとする主要産油国の協調減産に加え、米国によるイランやベネズエラに対する経済制裁、最近ではリビアの内戦再開の懸念などが挙げられる。

強気ムードが高まる原油市場

まずOPECの動向について見てみよう。

3月のOPECの原油生産量は前月比53万バレル減の日量3002万バレルと4年ぶりの低水準となった。協調減産に参加している11カ国の減産遵守率は155%であるが、サウジアラビアの遵守率は256%と飛び抜けている(前月比32万バレル減の980万バレル)。

昨年(2018年)11月にイランに制裁を発動した米国は4月2日、「適用除外8カ国のうち3カ国の輸入はゼロになった」ことを明らかにした。かつて200万バレルを超えていたイランの輸出量は100万バレルを下回っているが、米国は今年5月以降さらなる制裁強化を検討している。

米国はベネズエラに対してもマドゥーロ大統領の失脚を狙った制裁を強化しており、同国の3月の原油生産量は前月比29万バレル減の73万バレルと落ち込んでいる。

リビアは2011年にカダフィー政権の崩壊以降政情不安が続いているが、最近になって再び混迷の度を深めている。リビアの3月の原油生産量は20万バレル増の110万バレルだが武装勢力「リビア国民軍」の部隊が暫定政府の拠点である首都トリポリに向け接近しており、内戦が再開すれば石油生産施設の操業が停止するとの懸念が高まっている。

このような情勢から、今年第1四半期の原油価格は約3割上昇し、上昇幅は2009年第2四半期以来の大きさとなった。ヘッジファンドなどによるWTI原油先物の買い越し幅は7週連続で拡大し、昨年10月以来の買い越し水準となるなど強気ムードが高まっている。

だが、懸念材料もある。ロシアの態度が煮え切らないからだ。

ロシアの3月の原油生産量は前月比4万バレル減の日量1130万バレルとなり、減産目標の1119万バレルに達していない。現在の協調減産についても「今年9月末までの3カ月の延長しか合意しない」との観測が浮上している(3月29日付ロイター)。ロシア政府はこの報道を即座に否定したが、ロシアの政府系ファンドのドミトリエフ総裁は4月8日、「ロシアは6月以降増産する可能性がある」との見解を示した。

ロシアの今年の財政均衡原油価格は1バレル=55ドルだが、ロシア産原油が準拠している北海ブレント原油先物価格は既に70ドルを超えている。さらにロシアの石油関係者の間では「OPECとの協調減産は米国を利するのみ」との不満が強い。

「いずれ揺り戻しが来る」との声も

その米国だが、4月に入り原油生産量は日量1220万バレルと過去最高を更新し、6週連続で減少していた石油掘削装置(リグ)稼働数も増加に転じた。

輸出も好調である。今年第1四半期の米メキシコ湾での原油取引は輸出が輸入を上回り(3月27日付OILPRICE)、今年後半にパイプラインなどのインフラが整うことから原油輸出量はさらに日量100万バレル増加するとの予想がある(3月27日付日本経済新聞)。

原油供給では好調な米国だが、需要の方はぱっとしない。

今年に入り自動車販売が低調であることから、需要期に入っているガソリンの販売量が前年を下回って推移しており、製油所の稼働率が上昇しない。

国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事が4月2日に「世界経済は年初以来成長の勢いを一段と失っており不安定な状況にある」と発言したように、世界の原油需要も堅調とは言えず、市場では「いずれ揺り戻しが来る」との声もある。

脱石油依存が進まないサウジアラビア

原油価格上昇の最大の功労者であるサウジアラビアは当面の目標としていたブレント原油価格1バレル=70ドル超えを達成したが、財政均衡原油価格は1バレル=80ドル超であることから、今年6月以降も協調減産を続ける意向を示している。トランプ大統領は3月28日「原油価格は高すぎる」としてOPECに増産を呼びかけたが、昨年の反省からOPECは再三の増産要求に耳を貸すつもりはないようだ。

原油価格の維持・上昇に必死となっているサウジアラビアにとって頭痛の種は、米国で審議されている「OPEC加盟国を反トラスト法違反で提訴することを可能にする法案(NOPEC法案)」である。4月5日付ロイターは「NOPEC法案が成立すれば、サウジアラビアは自国の石油をドル以外の通貨で売却する」と報じた(サウジアラビア側は否定)。サウジアラビアがいかにNOPEC法案を嫌がっているかの証左だが、財政事情に加え、高油価を梃子に経済の脱石油依存を推進したいからであろう。

ムハンマド皇太子の経済改革(ビジョン2030)の推進役である政府系ファンド(PIF)の資金獲得のため、サウジアラビア政府は当初2018年までに国営石油会社「サウジ・アラムコ」(アラムコ)のIPO(新規株式公開)を行い、1000億ドルの資金を調達する腹づもりだった。だがアラムコの市場価値を巡る見解が投資家との間で乖離したため、サウジアラビア政府はその計画を延期し、PIFが保有する化学大手のサウジ基礎産業公社(SABIC)の株式をアラムコが取得する方針へと切り替えた。

3月28日、アラムコはPIFからSABICの過半数の株式を691億ドルで購入することで合意した(SABIC株取得費用の半分を前払いし、残りは2020年と2021年で支払う)が、このことはアラムコのIPOで得られる1000億ドルの代わりにアラムコのSABIC買収で捻出される691億ドルをPIFに充当することを意味する。

サウジアラビア政府は、先端産業育成や都市開発などで石油に頼らない産業構造の育成を目標としているが、昨年10月のカショギ氏殺害事件の悪影響で当初想定していた外国企業の協力が得られていない。

欧米メディアのサウジアラビアに対する視線は相変わらず厳しいままである。米紙ワシントンポストは3月29日、「ジャーナリストのカショギ氏を殺害したグループ(サウジ即応介入班)に米国で訓練を受けた者が数名含まれていた」と報じた。この特殊訓練は米国務省の認可に基づきアーカンソー州を拠点とする企業によって実施されたが、カショギ氏殺害事件以降訓練は中断したままであるという。また、英紙ガーディアンも3月31日、「サウジアラビアの刑務所で政治犯への残虐な拷問が実施されている」と報じている。

このため外国からの投資がなくても自力で計画が推進できるようにとサウジアラビア政府は躍起になっている。だが、アラムコからすれば「いい面の皮」である。サウジアラビアの石油産業の大黒柱であるアラムコにとっても、691億ドルという巨額資金は容易には確保できず、やむなくドル建て社債を発行して国際金融市場から必要な資金を調達する羽目になったからである。

アラムコは4月1日詳細な業績を発表した。1970年代後半の国営化後初である。それによれば昨年の純利益は、アップル(約600億ドル)やエクソンモービル(約200億ドル)などをはるかに上回る1111億ドルであった。

膨大な利益を誇るアラムコだが、国際金融市場へのデビューに不可欠である格付けは、上から5番目の「A+」だった(サウジアラビア政府と同等の格付け)。生産規模の大きさ(2018年の原油生産量は日量1030万バレル)などからトリプルAに値する要素を多く持つものの、政府との密接なつながりが評価を下げたようである。アラムコは商業的に独立した会社として運営されてきた実績があるが、政府の予算はアラムコのロイヤリティや税金などに大きく依存している。アラムコは現在売り上げの32%をロイヤリティや税金などの名目で政府に支払っている。

一方で、原油価格の上昇はアラムコにとって追い風となっており、120億ドル超の資金調達を開始したところ、既に1000億ドルの購入希望が寄せられている(4月9日付ブルームバーグ)。

サウジの原子炉建設は本当に「平和目的」か

サウジアラビア政府にとってのもう1つの喫緊の課題はエネルギー源の多様化だ。その目玉は原子力開発である。

サウジアラビア政府は2018年11月、初の研究用原子炉を建設するプロジェクトを始動させていたが、首都リヤド近郊に建設されている研究用原子炉の工事の進捗が予想以上に速いペースで進んでいることが衛星写真の分析で明らかになった(4月7日付CNN)。

原子炉の立地場所選定については仏企業が協力している(日本原子力産業協会調べ)が、米国や中国などが裏で援助している可能性もある。研究用原子炉の完成後には民生用の原子炉2基を建設する計画があり、発注先として米ウエスチングハウスをはじめ、中国、ロシア、フランス、韓国の企業が候補に挙がっている。

建設中の研究用原子炉は技術者の訓練を目的とした小規模な装置だが、国際原子力機関(IAEA)は4月6日、サウジアラビアに対して「今年末までに稼働開始予定の原子炉に供給される核燃料が軍事目的に転用されることを回避するため、包括的保措置協定をIAEAとの間で締結する必要がある」と警告を発した。

「核兵器不拡散条約(NPT)」締結国である非核兵器保有国は、NPT第3条に基づき包括的保障措置協定を締結することが定められており、締結国は核物資や原子力施設に関する情報の提供、査察の受け入れ等の義務を負うことになっている。

日本は1977年に締結し、核疑惑のイランも既に締結済みだが、サウジアラビアはNPT加盟国であるにもかかわらず包括的保障措置協定を締結していない。

サウジアラビアは原子炉建設について平和目的を繰り返し強調してきたが、ムハンマド皇太子は昨年3月「イランが核兵器を開発すればサウジアラビアもただちに後を追う」と発言、「衣の下の鎧」を見せたという経緯がある。原子炉の建設に加え、燃料となる濃縮ウランを国内で製造する許可も求めていることがさらなる疑念を生じさせている。

包括的保障措置協定を締結せずにサウジアラビアが原子炉を稼働させれば、NPT体制にとって大打撃となることは必至である。サウジアラビアとの良好な関係を保っているトランプ政権は今のところ静観の構えであるが、サウジアラビアの「核疑惑」については引き続き注視していく必要がある。

2019年4月12日 JBpressに掲載

2019年4月19日掲載

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