サウジアラビアの懸命の努力に水を差す米FRB
社債市場のさらなる悪化が原油安を招く

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は1バレル=60ドル台に達したものの、その後軟調気味に推移している。

まず供給サイドから見てみよう。

協調減産の延長をめぐる不協和音

2月のOPECの原油生産量は前月比22万バレル減の日量3055万バレルだった。サウジアラビアの生産量は9万バレル減の同1009万バレル、ベネズエラは14万バレル減の同101万バレル、イランは1万バレル減の同274万バレルだった。

OPEC全体の減産遵守率は94%、サウジアラビアの遵守率は150%超だった。ロシアの減産量は日量14万バレルにまで達している(目標は同23万バレル)。OPECプラス(OPEC加盟国とロシアなどの非加盟産油国)の2月の減産遵守率は89%となっており、6月までに100%の達成を目指している。

国際エネルギー機関(IEA)は3月15日、「OPECなどが減産しており、第2四半期の世界の原油市場は若干の供給不足に陥る(日量50万バレル)」との見方を示した。

米国がイランとベネズエラに制裁を課していることも「買い」要因だったが、原油市場に与えるインパクトは弱まっている。

イランの3月の原油輸出量は日量100万バレル強にまで減少し、米国政府は5月までに輸出量をゼロにする方針である。だが中国とインドに対する適用除外が今年後半も続くとの見方が強く、輸出量が100万バレルを大きく割り込む可能性は低くなっている。

米国は今年(2019年)1月にベネズエラにも制裁を発動したが、3月に入り米国のベネズエラ産原油の輸入は史上初めてゼロとなった(制裁前は日量50万バレル)。米製油所に大きな影響が及ぶと懸念されていたが、米国メキシコ湾で生産される原油による代替が円滑に進んだことで操業に大きな支障が生じていない(3月25日付OILPRICE)。

原油価格の上昇に躍起となっているサウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は3月17日、「OPECプラスによる協調減産を場合によっては年末まで続ける必要がある」との考えを示した。翌18日、OPECプラスはアゼルバイジャンで会合を開き、6月末で終了する協調減産の延長を協議した。その場でもファリハ・エネルギー相は「先進国の原油在庫は変動し続けている。在庫水準が増える限りは減産の方針を変えない」と繰り返した。

これに対しロシアは6月以降の減産について「5~6月の状況を踏まえた議論が必要だ」として明確な支持を表明していない。慎重姿勢の背景には、増産を求める国内石油大手への配慮があるとされている。サウジアラビアとロシアの不協和音が明らかになれば、原油価格が急落するリスクがある。

米国では原油生産量も輸出量も過去最高に

次に世界一の原油生産国になった米国はどうなっているだろうか。

石油掘削装置(リグ)稼働数は5週連続の減少となり11カ月ぶりの低水準となっているものの、原油生産量は日量1210万バレルと過去最高を更新した。4月の主要シェールオイル産地の原油生産量も前月比9万バレル増の日量859万バレル、前年比22.5%増と引き続き堅調である。

その要因は掘削効率の上昇にある。リグ稼働数自体は2014年10月から現在まで48%減少しているが、掘削効率が過去5年で3倍となったことで原油生産量は36%増加している。

米国の原油輸出量も2月に日量360万バレルと過去最高を記録し、その後も300万バレルの水準を維持している。シェールオイルの増産を続ける米国から韓国などアジア向けの原油輸出が増え、船の不足感が強くなっていることから、原油タンカーのスポット運賃が2月から3月にかけて4割高くなっている(3月13日付日本経済新聞)。パーミアン鉱区のパイプライン能力が2021年までに3倍の日量900万バレルに拡大されることから、世界の原油市場に占めるサウジアラビアの地位を脅かすのは時間の問題であろう。

また、米国の原油生産量は原油価格の下落に耐性を持ちつつある。シェールオイルの生産の主役は独立系石油会社から徐々にエクソンモービルやシェブロンなどの米国のスーパーメジャーに変わりつつあるが、シェールオイルの最大生産地であるパーミアン鉱区で、スーパーメジャーは1バレル=35ドルでも十分な利益が得られるようになってきている。

とはいえ、今年の原油生産量の伸びは昨年の半分程度(日量100万バレル)となる可能性が高い。3月12日、米エネルギー省は、今年の原油生産量をこれまでの日量1241万バレルから1230万バレルに、2020年末の生産量を1320万バレルから1303万バレルに下方修正した。

世界的な原油需要減少の予兆

3月22日、サウジアラビアの努力がようやく実り、WTI原油先物価格は4カ月ぶりに1バレル=60ドル台となった。昨年10月上旬の高値(同77ドル)から12月末の安値(42ドル)の半値戻りを達成したが、束の間の出来事だった。

同22日に欧州の製造業の購買担当者指数(PMI)が一段と低下したことが明らかになり、ユーロ圏の景気減速懸念がさらに強まったからだ。特にドイツの製造業PMIは44.7まで低下し、2012年以来の低水準となった。

ユーロ圏ばかりでなく、日本や米国(前月から低下)、中国のPMI(10年ぶりの低い伸び)も弱い。PMIはGDPに先行する傾向があることから、GDP減少が原油需要の減少を連想させたのである。

米国ではガソリン需要が増加する季節に入っているが、伸びのペースは昨年より鈍い。

中国の1~2月の原油精製量は前年比6.1%増の日量1251万バレルで過去最高となったが、中国の原油市場の供給過剰のペースは昨年をはるかに上回っており、この不自然な状態がいつまでも続くとは思えない。

世界有数の取引信用保険会社である仏コフィスは3月18日「調査対象となった中国企業1500社の約6割が『今年の中国経済はさらに悪化する』との見方を示した」ことを明らかにした。

3月の全国人民代表大会(全人代)において2兆元規模に上る減税が表明されたが、米格付け会社S&Pは「財源不足からその実現は困難である」と指摘している。

中国人民銀行の前総裁の周小川氏は12日英王立国際問題研究所で講演を行い、「中国は日本の『失われた10年』がもたらした教訓を学ぶ必要がある」と述べたことも気になるところである。

市場の動揺を抑えるFRBの一手が逆効果に

実需面の懸念に拍車をかけたのが米債券市場における「長短逆転」現象の発生である。

3月22日、米国で10年物の国債利回り(長期金利)が低下し(2.41%)、3カ月物の金利(2.46%)を下回った。2007年8月以来11年半ぶりのことだが、市場が景気不安が強くなると将来の利下げを織り込む形で長期金利が大きく低下し、短期金利を下回ることがある。不況の前兆ともとれる現象が生じたことから、市場関係者の間に景気への不安感が一気に膨らんだのである。

長短逆転現象を起こした真犯人は米FRB(連邦準備制度)である。

3月20日、FRBはこれまでの強気の姿勢を一転させて年内の利上げ見送りを示唆するとともに「バランスシートの縮小のペースを今年5月から減速し、9月には完全に停止する」ことを明らかにした。FRBはこれにより市場の動揺を抑えようとしたのだが、全くの逆効果だったようだ。

新債券王と呼ばれる著名な投資家ジェフリー・ガンドラック氏は3月20日、「ファンダメンタルズに変化がない中でこのUターンは前例がない。本当の動機を明らかにしないFRBの動きが一段の不確実性を生んだ」と批判した。ガントラック氏はさらに「現在の市場の声がサブプライム・ローン危機前に似ている」と不気味なコメントをしている。2007年のFRBも今回のように数週間のうちに「引き締め気味」から「緊張の緩和」に変化している。

昨年末の原油価格下落で不調となったレバレッジド・ローン(CLO)やジャンク債は今年に入ってからの原油価格の上昇で落ち着きを取り戻したが、3月に入り再び悪化の兆しが出てきている。

経済協力開発機構(OECD)がまとめた国際的な社債の動向に関する報告書によれば、「世界の社債発行規模は13兆ドルと2008年から倍増し、そのうち54%がジャンク債予備軍」である。社債市場のさらなる悪化が、世界的な株安、さらには原油安を招く原因になりかねない。IEAは「2019年の世界の原油需要は日量140万バレル増加する」としているが、世界的な同時景気減速となれば同100万バレルを大きく下回る可能性がある。

いずれにせよFRBのおかげで市場関係者の「原油価格が今後も順調に上昇する」との確信が大きく揺らいでしまったことは間違いないだろう。

サウジアラビアで拡大するMERS感染

最後にサウジアラビア情勢について触れてみたい。

3月17日付ニューヨーク・タイムズは「サウジアラビアのムハンマド皇太子が、政権に批判的な国民の監視、拉致、拘束、拷問を行う極秘任務を特命班(サウジ即応介入班)に与え、2017年から十数件の作戦を実行していた。中でも2018年10月のカショギ氏殺害事件は特にひどい例だった」と報じた。

情報源は米CIAのようだが、ムハンマド皇太子の欧米諸国との関係は改善していない。

ムハンマド皇太子が決定したイエメンへの軍事介入も同様である。

国連の仲介による停戦合意ができたかに見えたが、激しい内戦状態に逆戻りしつつある。サウジアラビアが主導するアラブ連合軍が連日大規模空爆を実施しているのに対し、シーア派反政府武装組織フーシはミサイルとドローンによる反撃を拡大すると宣言している。

地政学リスクに加えてさらなる心配がある。2015年に韓国でMERS(中東呼吸器症候群)が発生して日本でも話題となったが、サウジアラビアで再びMERS感染が拡大しているからだ。世界の研究者はサウジアラビア政府の対応に疑念を抱いており、パンデミック(世界的な流行)が起きることを危惧し始めている。

来年のG20首脳会議の開催国であるサウジアラビアははたして大丈夫だろうか。

2019年3月29日 JBpressに掲載

2019年4月5日掲載

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