米WTI原油先物価格は3月に入っても1バレル=50ドル台後半で推移している。
まず供給サイドの動きから見てみたい。
ロイター調査によれば、OPEC(石油輸出国機構)の2月の原油生産量は前月比30万バレル減の日量3068万バレルと4年ぶりの低水準となった。遵守率は101%となり目標を達成した。
サウジアラビアの生産量は前月比13万バレル減で遵守率は159%に達している。3月から4月にかけては日量1000万バレルを下回る大幅な減産を実施する(3月11日付ブルームバーグ)。協調減産について年末までの延長を提案している(3月12日付ロイター)。
OPECのその他の加盟国の動向では、減産を免除されているイランやリビアの原油生産量が若干増加した。一方、ベネズエラの生産量は前月比12万バレル減で減少傾向に歯止めがかからない状況が続いている。
世界第2位の原油生産国であるロシアでは3月4日、ノヴァク・エネルギー相が「3月に減産スピードを速め、3月末には昨年10月からの減産幅が目標(日量23万バレル)に達するだろう」との見方を示した。
OPEC加盟国と非加盟主要産油国で構成するOPECプラスは4月に閣僚会議を開くが、この時点で今後の生産方針を決める可能性が低く、米国によるイランやベネズエラへの制裁がどのように展開するかを見極めた上で、6月の会議で減産継続で合意するとの見方が一般的である(3月5日付ロイター)。
イランは米国による禁輸制裁で昨年(2018年)以降輸出は半減した。米国は、禁輸制裁の適用が除外される8カ国(日本、韓国、インドなど)と除外を取りやめる方向で個別に協議を開始したが、インドは5月以降も日量30万バレル程度のイラン産原油の輸入を継続したいとの意向を示している(3月7日付ロイター)。
ベネズエラについては、「政権が転換すれば米国による制裁が解除され、原油生産が回復する可能性が高い」との観測がある。
OPECプラスの減産を米国の増産が帳消しに
トランプ大統領から原油高を批判されたOPECだが、OPECのバルキンド事務局長は「原油市場の均衡を図るためトランプ大統領も協議に参加してほしい」と懇願している(2月27日付OPILPRICE)。
昨年の米国の原油生産量は日量220万バレル増加した。国際エネルギー機関(IEA)は「2024年までの世界の原油供給の伸びの7割を米国が占める」との見通しを示している。
「2019年の原油価格は下落する」との予想に基づき、独立系石油会社は昨年から増産よりも利益拡大を優先して設備投資を縮小してきた。そのため、米国の石油掘削装置(リグ)稼働数は昨年5月以来の低水準となっているが、原油生産量は日量1200万バレルと過去最高水準を維持している。
独立系石油会社とは対照的に、石油メジャー(エクソンモービルとシェブロン)はシェールオイルの最大生産量を誇るパーミアン鉱区で積極的に投資を行う姿勢を鮮明にしている。パーミアン鉱区での2025年の生産量は、エクソンモービルが日量100万バレル、シェブロンは同90万バレルにまで拡大し、2社合計の生産量はパーミアン鉱区の全体の3分の1を占めるまでになる見込みである。パーミアン鉱区全体の生産量も現在の日量400万バレルから5年後には500万バレルを超え、2030年には600万バレルに増加する、との予測がある。
米国の原油輸出量は好調であり、2月は日量300万バレルをはるかに水準となった。
一方、2月末の米国の原油純輸入量は日量256万バレルとなり、21世紀に入って最低となった。この水準は、原油需要が米国の5分の1に過ぎない日本の輸入量も下回っている。21世紀初頭の輸入量(約1000万バレル)と比べると隔世の感がある。内訳を見てみるとサウジアラビアからの輸入量が日量35万バレル、ベネズエラからの輸入量は同21万バレルとなっている(3月は同8万バレルにまで減少した)。
OPECプラスの減産努力を米国の増産が帳消しにするとの構図がより鮮明になっている。供給側から見ると、値崩れする心配は少なくなっているが、WTI原油価格が1バレル=60ドル超えとなる要因もないのが現状である。
ベネズエラ原油の輸入減少が価格下押し圧力に
膠着状態が続く中で世界経済への懸念が高まっていることから、市場では「原油価格の今後の帰趨を決めるのは需要サイドである」との認識が強まっている。
世界最大の原油需要国である米国では、2月のISM製造業景気指数が2016年11月以来の低水準となった。2月の雇用統計でも、景気動向を敏感に反映する非農業部門の雇用者数が前月比2万人増にとどまり、増加幅は前月(31万1000人増)から急減速した。建設や小売などの業種での減少が目立っており、原油需要の下振れが警戒されている。
ベネズエラからの原油輸入が減少していることから、米国政府は4月から5月にかけて最大600万バレルの戦略国家備蓄(SPR、6.5億バレルを保有)を放出する予定である。
米国メキシコ湾岸の製油所は分解装置や脱硫装置などを備えることでベネズエラ産の安価な重質高硫黄原油を処理して利益を上げてきた。だが、ベネズエラからの供給減少により製油所の精製マージンは2014年以来の低水準となっている。SPR原油も他の代替原油と同様にベネズエラ産原油より割高であることから、製油所の精製マージンが改善される可能性は低いとされている。
3月は季節的にガソリン在庫が最も多くなる時期であることも加味すれば、精製業者の活動が今後低調となり、原油在庫の増加傾向に拍車をかける可能性がある。米国の原油在庫は現在約4億5000万バレルである。2017年の5億2800万バレル、2016年の4億9100万バレルに比べて少ないが、昨年の同時期よりは多い。ベネズエラ産原油の輸入減少は原油価格の上昇よりも下押し圧力になるかもしれないのである。
原油市場もバブルの中国
欧州の原油需要は昨年末以来低迷しているが、今後さらに悪化する可能性がある。そして、それ以上に関係者が注目しているのは経済の減速傾向を強める中国である。
中国における2月の乗用車販売台数は前年比18.5%減で、9カ月連続のマイナスとなった。1~2月の貿易統計では輸出と輸入がともに前年割れとなっている。年初来大量の新規融資がなされたのにもかかわらずに、である。中国の昨年の労働人口は8億9729万人と前年比470万人減となり、統計開始以降初めて減少に転ずるなどデフレ圧力も生じている。
中国経済の失速の要因として米中貿易摩擦や債務圧縮策が挙げられるが、足元の悪化は中古住宅価格の下落による逆資産効果の影響が大きいとの見方がある(3月5日付日本経済新聞)。中国の不動産の時価総額はGDPの5倍に当たる65兆ドルに達したとの観測があるが、上昇が当然とされてきた中古住宅価格が下落し始めた悪影響は計り知れない。世界一割高な香港の不動産市場でも住宅が値下がりが目立ってきている(2月26日付ブルームバーグ)。
中国政府はこれ以上の景気悪化を食い止めるため、大型の景気刺激策を実施しようとしているが、その効果は本当に現れるのだろうか。
国家発展改革委員会が2月末に「投資家の信頼感低下がインフラ投資計画を圧迫している。計画されたプロジェクトの一部で急速な落ち込みが見られる」との認識を示したように「笛吹けど踊らず」の状況になる可能性もある。
モルガンスタンレーは3月7日、「電気自動車の普及などでガソリン需要が減少することから中国の原油需要は2025年にピークを打つ」との見通しを示した。
「中国の原油需要に陰りが見られるのではないか」との心配をよそに、2月の中国の原油輸入量は前年比22%増の日量平均1027万バレルとなり、昨年11月以来4カ月連続で日量1000万バレル超えとなった。だが、中国の原油需要は日量1300万バレル弱、国内生産量は約400万バレルであることから、輸入量は900万バレル程度で十分なはずである。昨年末の輸入量増加は、民間製油所「茶壺」が年間の輸入枠を消化するためための駆け込み需要と説明されていたが、今年に入っても国内の原油需要を大幅に上回るペースで原油輸入が続いている。筆者は「経済全体がバブル気味であることから中国の原油市場でもバブルが発生している」と推測しているが、バブルによる仮需発生後の反動減が起きるのは時間の問題ではないだろうか。
世界の原油需要は過去50年間で3倍となり、現在日量1億バレル超となっているが、過去三度減少を経験している。二度の石油危機とリーマンショックであるが、中国バブルが崩壊すれば四度目の減少となり、世界の原油需要のピークアウトになるかもしれない。そうなれば現在の原油市場の均衡が崩れ、WTI原油価格は再び50ドル割れし、12月末の安値(43ドル)をはるかに超える下落となってもおかしくない。
サウジで問題視される皇太子の独断専行
最後にサウジアラビア情勢について触れてみたい。
サウジアラビアが軍事介入しているイエメン情勢が再び悪化している。
中東メディアによれば、世界最大の武器輸入国となったサウジアラビアは過去4年間イエメン空爆だけで最大180億ドルと巨額の軍事予算を費やしている。中東・北アフリカ地域で最大の債務国となったサウジアラビアにとって、原油価格のさらなる上昇はなんとしてでも達成しなければならない。
英紙ガーディアンは3月初め「サルマン国王とムハンマド皇太子の間の溝がサウジアラビアの安定にとって不安になるほど広がっている」と報じた。その溝が最も目立ったのが2月末のアラブ・欧州会議に出席するために国王がエジプトを訪問した際である。消息筋によれば、国王の顧問たちは「国王に反対する動きがある」としてムハンマド皇太子への忠誠が厚いとされる国王の護衛陣を急遽入れ替え、国王のリヤド帰還の際には空港出迎えの列からムハンマド皇太子を排除したという。
また、国王不在の間にムハンマド皇太子が、新駐米大使(初の女性)と前駐米大使(実弟)の国防副大臣任命を国王の相談なしに行ったことも問題視されている(サルマン国王はテレビでその事実を知ったとのこと)。
真偽のほどは定かではないが、国王の側近たちがムハンマド皇太子の独断専行ぶりに不満を高めている証左であることは間違いないだろう。
2019年3月15日 JBpressに掲載