日本とロシア間の平和条約交渉は「胸突き八丁」を迎えている。
1月22日、安倍晋三首相はモスクワでプーチン大統領と25回目の首脳会談を行ったが、北方領土問題に関する両国の立場の差を埋めるにはなお高いハードルがあるようだ。このような状況から日本国内では「ロシアと安易な妥協をすべきではない」との声が高まっているが、本稿ではエネルギー安全保障の面からロシアとの関係を論じてみたい。
日本におけるエネルギー供給は、再生可能エネルギーの比率が上がってきているものの、原子力発電の再稼働がままならないことから、原油や天然ガス(LNG)などの化石燃料に依存する状況に変わりはない。原油についてはほぼ100%を輸入に依存しており、その9割が中東産であることから供給面で脆弱性を抱えているといわざるを得ない。
米原油先物指標のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)は昨年10月上旬1バレル=77ドルだったが、その後下落し始め、昨年末には42ドルにまで暴落した。その後OPEC(石油輸出国機構)をはじめとする主要産油国が今年1月から新たに協調減産を実施したことを材料に原油価格は50ドル台前半までに快復しているが、中国をはじめとする世界経済が景気後退入りすれば、原油価格は40ドル以下に下落する可能性が高い。そのような事態になれば、不安定な中東地域の地政学リスクがさらに上昇することになるだろう。
「アラブの春」再来
日本への原油供給の4割を占めるサウジアラビアについては、昨年10月のジャーナリスト・カショギ氏殺害事件を契機に日本でもその動静が注目されるようになった。次期国王と目されるムハンマド皇太子は「ビジョン2030」を掲げ建国以来の大改革に取り組んでいるが、目玉である国営サウジアラムコの株式上場が中止に追い込まれるなど、「脱石油依存の経済構築」という野望は頓挫してしまった感が強い。
ムハンマド皇太子が開始したイエメンへの軍事介入で軍事費は膨らむ一方である(2017年のサウジアラビアの軍事費は694億ドルと世界第3位)ことも頭が痛い。さらに改革を急ぐあまり強権的手法を多用したことで、国内から資金流出が拡大し、王族内で大きな亀裂を生じてしまったとの懸念も指摘されている。
内憂外患にあえぐサウジアラビア政府にとって残された手段は「金」で国民の歓心を買うことである。サウジアラビアの今年の予算は前年比7%増の約33兆円と史上最大である。原油売却収入は国家歳入の3分の2以上を占めるが、売却される原油の想定価格は1バレル=80ドルである。サウジアラビア原油の価格指標であるブレント価格は現在60ドル前後であるから、サウジアラビア政府は積極的に減産を行い原油価格を上昇させようと躍起になっているが、その努力が徒労に終われば今年の予算は「絵に描いた餅」になってしまう。
中東・北アフリカ地域では昨年後半から経済状態の悪化に対する抗議運動が広まっており、中東メディアは2011年に発生した「アラブの春」が再来する可能性を報じている。
当時サウジアラビアをはじめとする湾岸産油国は、潤沢な原油収入を財源にして「大盤振る舞い」を行ったことで「アラブの春」の自国への波及を食い止めたが、今後「アラブの春」と同じ状況が生じた際に、サウジアラビアが再び「対岸の火事」でいられる保証はない。ムハンマド皇太子の「悪政」のせいで王族内の足並みが乱れるサウジアラビアで「アラブの春」が勃発すれば、史上最悪の「石油危機」となる恐れがある。
日ロ協調の道
エネルギー安全保障の要諦は「供給源の多様化」である。
1990年代以降日本への原油の供給元は減少する一方だったが、21世紀に入りロシアが原油パイプラインを極東地域に敷設したことから、日本にとって原油獲得の選択肢が広がった。ロシア産原油の日本でのシェアは一時10%近くまで上昇し、その後5%に低下しているが、中東産原油の代替として大きな潜在能力を有している。日本では米国産のシェールオイルに注目が集まっているが、米国がいまだ原油の純輸入国であることを考えれば、安定した供給元になる可能性は低いといわざるを得ない。
原油以上に魅力的なのはロシア産天然ガスである。筆者をはじめエネルギー関係者にとってサハリン産天然ガスをパイプラインで北海道をはじめとする日本に供給する構想は長年の悲願である。北海道との距離がわずか42kmにすぎないサハリン島の天然ガスを生ガスのままパイプラインで供給し、主要地域で分散型地域熱電供給システムを構築すれば、冬季も北欧並みの「快適な生活」が送れるようになり、北海道の「観光資源」のさらなる有効活用が図られるというメリットははかりしれない。
本構想は、かねてから「インフラで両国をつなげたい」としているプーチン大統領の意向に沿うものであることから、エネルギー経済面に加え、膠着気味となっている日ロ間の交渉を大きく前進させる切り札になるのではないだろうか。
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2019年2月6日 Business Journalに掲載