道州制、事務集約がカギ

赤井 伸郎
RIETIファカルティフェロー

道州制実現には受け皿としての広域自治体が重要で、そのためには都道府県など既存の自治体の利害対立を超えて権限を客観的に見直し、事務の種類ごとにどう集約するか検討すべきだ。質を高めながら安価に事務を運営する意味で、新公共経営システムの手法の活用が望まれる。

十分に進まない広域行政の試み

景気は回復基調が鮮明なものの、その地域間格差は大きい。成熟化した社会のニーズをとらえ効率的に行財政運営を行うためにも、地方の行財政組織の改革は不可欠だ。地方制度調査会が昨年2月にまとめた「道州制のあり方に関する答申」で道州制のイメージが示され、さらに今年に入って渡辺喜美道州制担当相のもとに「道州制ビジョン懇談会」が設置されるなど、議論が活発になっている。国の組織の効率化も狙いに、5月には経済財政諮問会議で「国の出先機関の大胆な見直し」が提案された。

だが、これらの議論では、国から広域自治体に移管すべき事務が客観的検証なく書かれているのみであり、その背後で、財源・権限・責任をどのように確保し、組織における行動主体のインセンティブ(誘因)を考慮した効率的な公共経営をどのように行っていくのかという視点が不十分だ。

一方、道州制の議論では、同時に、受け皿としての広域自治体をどのように組織すべきか、言い換えれば、基礎的自治体(市区町村)からより広域な自治体へ事務の集権をどう進めるかという議論も重要である。

関西社会経済研究所からの委託で行った調査によると、広域連合を含む自治体間の連携は、県下における市町村同士においてはいくつか見られるが、県域を超えたレベルでの協同組織による広域行政の実質的な取り組みは協議会レベルでのものが多く、観光・防災の啓発、あるいは首都圏の一都三県が協調してそれぞれ条例化したディーゼル規制など以外には、道州の受け皿となる広域的組織に向けた取り組みは十分に進んでいるとはいえない。過去には、財源が存在する広域事例として琵琶湖下流域の自治体が負担する琵琶湖管理基金があるが、基金は滋賀県が単独で運営しており、広域連携とはいえない。

マネジメントと執行現場を分離

この背景には、これまでの試みが、府県という組織を寄せ集め、権限も財源も責任も府県が手放さず、広域的政策といっても各県の寄せ集めを総合した意見でしかなかったという現実がある。

こうした障害を乗り越え、連携という域を超えた新組織を構築するにはどうすればよいか。

最も重要なのは、事務権限に関し、科学的・客観的根拠に基づいた配分方法を検討することだろう。質を保ったままより安い費用で事務事業を運営するという費用効率性が高くなる行政規模は、事務の種類により異なっていると考えられる。教育、農林水産といったそれぞれの事務事業ごとにどの行政規模(市町村、都道府県、道州など)で担うのが最も効率的かを分析する必要がある。

これまでの提言・研究では、道州制などの行政区域再編に伴う特定の事務再配分に関して財務歳出の削減効果の試算がされているが、理念的な再配分やそれに基づく試算の前に、公共サービスそれぞれの費用構造の分析が必要である。

効率的行政区域と事務配分のあり方に関して、筆者が竹本亨氏(明海大学非常勤講師)と行った実証的分析の推計結果によれば、道州の区切り方にもよるが、現在、都道府県が行う民生費、衛生費、労働費、農林水産業費、商工費、土木費、警察費、教育費にかかわるサービスのうち、衛生費、労働費、農林水産業費、商工費では全ての地域で、また、その他の費目では一部の地域で広域自治体へ事務権限を集権化させたほうが費用効率的であった。

さらに、市町村の事務においても労働費、農林水産業費は県レベルを超えたより広域レベルにまで拡大できる可能性があり、また、消防費や教育費などでも県レベルへの集権が望ましい可能性がある(表)。

表 集権化が望ましい自治体数の推計結果

この推計は前提も多く推計手法によって結果は異なってくるが、費用効率性面では、広域的に対処すべき事務が多いといえよう。消防費や教育費などは地域密着のサービスが必要だが、マネジメント面では規模の経済性も大きい。現場は地域ニーズをとらえる形で地域密着とし、マネジメントはある程度の規模で行うという、マネジメント主体と執行現場を分離する方向で再編すれば、規模の経済性と地域ニーズ把握の両立が可能となる。

新組織の構築にあたっては、事務権限の配分方法だけでなく、財源・責任をどう確保するかも重要だ。これには広域自治体独自の長期的に持続しうる財源調達の仕組みを構築することが不可欠だろう。その権利を広域自治体が独自に備えることが望ましい。財源を交付金や補助金などの名目での他の組織からの資金移転に頼ると、他の組織からの意向に左右されやすく、広域的な住民ニーズにあった政策を行うという真の意味での広域自治体活動はできなくなる。

レベニュー債活用も効果的

また、そうした財源調達の仕組みが備わってこそ、説明責任が達成され、住民ガバナンス(統治)のもとで財源と責任が備わることになる。

さらに、情報公開で透明性を確保し、同時に広域的な住民ニーズにあう政策を行う財源として、事業目的ごとに債券を発行し返済資金を事業収益や開発利益で賄うレベニュー債の活用も有効だろう。広域的な住民がその債券発行の是非を問う(資金が集まらなければ事業は見送られる)ことで、真に価値のある政策が行われやすくなる。

既存組織では他の政策との関連が多く政策ごとの区分経理が実現できないことも多いが、新組織では当初からその方式を利用し、政策にかかわる税財源を構築することで、導入も容易になろう。また、既存組織がないことから、民営化や独立行政法人の利用を徹底したスリムな行政組織を実現することも可能だ。

事務権限の適切な配分や財源・責任の確保を徹底するには、組織の行動主体のインセンティブを考慮して効率的な公共経営を行うことが必要になる。そこで注目されるのが、ニューパブリックマネジメント(新公共経営システム=NPM)の手法である。

NPMとは、民間企業における経営理念や手法、成功事例などを公共部門に適用して自治体のマネジメント能力を高め、効率化・活性化を図るという考え方である。そのカギは、広域的ニーズにあう目標を達成するために、組織が効率的に行動できるよう、いかにその組織の行動インセンティブを確保できるかにかかっている。従来の組織にNPMの手法を植え付けることは困難であることからも、これはチャンスである。

道州制の受け皿になる広域自治体のモデルは、都道府県の寄り合い所帯ではなく、県域を超えた広域的な住民のニーズにあった政策を行える組織でなければならない。また、その組織が担う事務権限の選択や人材の選択は、住民ニーズを費用効率的に確実に実現できるよう客観的事実に基づいて判断されるべきであろう。出先機関を廃止する場合でも、新組織はその人材の受け皿ではない。

さらに、その組織が担う財源・責任は、広域的サービスの是非を問えるレベニュー債の活用など、民間活力の利用を通じて、新公共経営の発想のもと透明性のある形で確保し、住民ガバナンスが達成されるように制度設計する必要がある。

権限の再配分の際は、既得権益を得ている組織の抵抗が必ず存在するため、広域的な住民ニーズにあった新しい公共経営を行う制度設計には強力なリーダシップが不可欠である。まずは、そのリーダーを地域住民自体が選出することからはじめることが必要であろう。

2007年7月27日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2007年8月8日掲載

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