公営企業改革 民営化軸に

赤井 伸郎
RIETIファカルティフェロー

地方財政改革の中で、公営企業には監視の目がとどきにくく、鉄道・バスなどの交通事業の非効率性が特に目立つ。民営化による改革が急務であり、改革の成否は統治システムの見直しにかかっている。

公営サービスは民間も提供可能

地方公営企業が変革のときを迎えている。公営企業とは、住民への公共サービスに対して利用者が負担するという独立採算を原則とする公共的な事業のことであり、それぞれ特別会計が設けられている。具体的には、病院、上下水道、交通など、住民に身近なものが多く、自治体と財政的には密着している。

地方財政改革が急務となっているが、公営企業関連の特別会計が真正面から取り上げられることは少なく、詳細の公開は十分とはいえない。

だが、公営企業は、事業数が1万を超え、40万人もの職員数を抱え、予算・決算規模は21兆円におよぶ。また、地方の破綻法制整備に備え地方財政も自己責任で運営することが求められ、説明責任を果たし透明性を向上させる必要がある。このため、第三セクターや土地開発、道路、住宅供給の地方三公社同様、公営企業(特別会計)のガバナンス(統治)改革が急務となっている。

以下では、政府系の経済産業研究所の協力で行った研究結果をもとに、公営交通に対するガバナンスとしての組織形態のあり方を検討したい。

一般に公営企業がサービスを直接供給する場合の長所とされるものとしては、(1)自治体ならではの安定性やリスク許容度の大きさがある(2)採算性に偏らず、住民ニーズを反映した生活保障型のサービスが提供できる(3)公営のためだれでも情報にアクセスでき、行政による説明責任も達成できる(4)その他の公共サービスとの連携によってネットワーク化を進めそのメリットを皆で享受できる、といった点がある。

これらはすべて、経済学でいう「市場の失敗」に対し公共がそれを補うべきだとの考え方にもとづく。しかし、PFI(民間資金を活用した社会資本整備)のような新しい経営技術が確立した現在の成熟化社会においては、かならずしも公共部門がこれらを直接供給しなければ実現できないわけではない。

投資と運営に非効率さ存在

官と民がリスクを適切に配分することは可能だし、適切な生活保障のためのサービスを誘導するよう契約上で縛ることもできる。情報公開も契約義務を民間に課せばよいし、ネットワークの問題も適切な連携を促す契約を民間とすることで解決可能である。

つまり、公営による長所のほとんどは、公益性が立証できれば補助金を支給するといった適切なインセンティブ契約を結ぶことですむ問題であり、直接供給するために事業自体を所有する必要があるわけではない。

事業の破綻やスト発生時には、事業が中断され、公共サービスの持続リスクが顕在化する可能性はある。しかし、このリスクは、外国の事例にもあるように適切な規制・チェックに加え、利潤追求と公益の達成を両立させるような信頼関係の構築で小さくできる。

たとえば、民間交通のスト時には確かに少しは混乱が生じるが、といって日本で旧国鉄の復活が望まれるわけではない。今の社会ではある程度のリスクは許容され、このリスク発生による社会的厚生の損失は、民営による効率性の増大とそれによる厚生の増加に比べると小さいと考えられる。

このように、一般的にみて、民間部門の長所である柔軟性や創意工夫は、公営の長所である安定性と比較するとより大きい可能性が高い。特に幅の広い医療分野などに比べ、都市交通などでは、コスト面で有利であれば適切な契約のもとでの民営化形態への移行が望ましいと思われる。

公営病院や上下水道なども課題を抱えているが、地方公営交通は、最近、企業債発行額や建設投資額が毎年2ケタでのびており、中でも地下鉄はいまだに建設ラッシュが続いている。日本には10の地下鉄が営業しているが、東京メトロを除き全てが公営企業である。財政状況が厳しい現在においても、多くの都市で建設が進められ、今年着工の路線もある。神戸市で2001年開通した海岸線や昨年の福岡市の三号線など、近年開通したほとんどの路線は、需要が予想を大幅に下回り、債務返済計画の延期を余儀なくされている。

運営の非効率性も問題である。バス事業は路線の移譲や委託が進むなど経営改革が進んでいるが、そのスピードは十分とはいえない。コストの中でも大きな要素を占める職員の給与に関して筆者が分析したところ、効率性などの指標で官民格差はほぼ倍であった(左表)。この結界、給与や職員数をそれぞれ、公営で最も効率的な事業体並みに削減すると合計844.1億円、さらに中小鉄道並み(地域格差は考慮)の水準にすれば、総給与費の低下額は983.2億円と現在の68%減となり(右表)、これは赤字(03年で680億円)を十分埋める額となる。

左表:鉄道事業・バス事業の官民比較、右表:鉄道事業の効率化効果

役割分担で経営を見直し

投資の非効率性が生じる裏側には、政治的な要因が見え隠れする。もちろん、収支が赤字でも公平性の観点から正当化できるものもあると思われる。ただし、その便益と費用の分析が透明性のある形でなされておらず、結果としての説明責任も十分に問われる制度となっていないことは大きな問題である。これを「初期投資に対するガバナンス」の欠如と呼べば、今後続々と開通する新路線でもこのガバナンスは不十分である。

開業後の運営手法・形態に対しても、効率的な運営がなされるような仕組み作りができていない。運営の非効率性を生み出す要因としては、(1)かわりの引き受け手になる民間企業の能力不足の懸念(2)国交省の規制により民間委託がバスの路線の長さまたは使用車両数に対する比率の50%までと決められ、思い切った改革ができない(3)職員が公務員で、給与水準の変更や雇用調整が困難(4)国の助成制度が複雑で、新しい経営形態に対する助成制度の柔軟性が不透明(5)効率的な運営に不可欠なインセンティブ契約のノウハウが不足しているため、改革効果を発揮できない、などがある。投資同様、運営に対してもガバナンスが欠如しているゆえの問題である。

このようなガバナンスの欠如は、究極的には公共サービス低下や住民への負担増につながる。現在、改革に向けた経営計画はすべての事業体で設定されているが、既存の経営形態を所与としたものも多い。公設民営化や完全民営化の議論が始まっている大阪市などの例はあるものの、ガバナンス機能強化に向けた抜本的改革案が提示されているところは少ない。

こうした経営改革を促すため、どんなガバナンスのあり方がよいのか、ポイントは2つあろう。

第1は、官・民の役割分担および費用便益の明確化である。組織改革で官民の役割分担を適正化することで、公共サービスのレベルを維持しながら効率化の便益が得られる。一方で、運営継続リスクなどの費用も生じるであろう。まず必要なのは、これらの費用便益を住民に提示することであり、そのためには情報公開など、外部からのガバナンスも必要である。

第2は、国・地方の役割分担の改革である。先に挙げた複雑な助成制度や規制に象徴される「官」内部の役割分担の不明確さが組織改革を妨げている実態を踏まえて、その役割分担を明確化。国が責任を持つべき部分は財源保障基準など関与の根拠を明確にした簡素な補助制度で、また、地方部分に関しては地方独自の資金調達で事業を実施することが望まれる。

都市部に偏る地下鉄などの交通事業に関しては、安全確保を第1としつつ、整備運営面でより地方が自己責任で行えるよう、財源移譲や規制緩和を進めるべきだろう。

2006年5月25日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2006年5月30日掲載

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