高関税と世界経済 自動化による雇用減 加速も

足立 大輔
研究員(特任)

トランプ米大統領の関税政策が世界を揺らしている。度重なる政策変更に対し、日本政府は米国との個別交渉を進める道を取っている。ここでは「トランプ2.0」とも呼ばれる保護主義的政策が米国の雇用にもたらす影響を考察し、日本企業がとるべき対応についても提言したい。

まずは2017〜21年の第1次トランプ政権による関税政策の影響を概観する。「米国製造業の復活」を掲げた当時の保護主義的な政策は、国内産業を守り、雇用創出を図る狙いがあった。しかし米連邦準備理事会(FRB)のエコノミストによる実証研究によると、関税を上げた業種で雇用純増効果はほとんど見られなかった。さらに川下産業のコスト増や輸出減により、全体的な雇用は減少したと報告されている。

鉄鋼・アルミのような川上部門の保護は、原材料価格の上昇を通じて自動車や機械など幅広い川下産業を圧迫する。これにより製造業全体の雇用純増は限定的となった。こうした保護と雇用の食い違いは、複雑化したサプライチェーン(供給網)下では関税のマイナス面がプラス面を上回ることを示している。

さらに米国の高関税に対し、中国や欧州連合(EU)は対抗措置を打ち出した。大豆や自動車、アルコール飲料といった米国の輸出品が高関税の対象となったことで、農業・製造業の輸出は急減した。第1次トランプ政権は農家向け補助金などによる緊急救済策を繰り返し打ち出したが、損失を十分に埋め合わせることはできなかった。

高関税の影響は国全体に一律に及ぶわけではなく、地域や産業によって明暗を分けた。例えば米国中西部の農業地帯は、中国などからの報復措置が輸出の大幅減を招き、雇用と所得が深刻な打撃を受けた。一方、鉄鋼関連の地域には操業再開の動きが一時的にあったが、効果は局地的なものにとどまった。

興味深いのは、経済的に損失を被った地域で、必ずしも関税政策への政治的反発が強まらなかった点だ。「不公正な貿易慣行と闘う」象徴として関税を支持する住民もいる。マサチューセッツ工科大のD・オーター教授らの研究によると、経済的負担を抱えながら政権寄りの投票行動をとる地域が存在した。経済合理性だけでは説明しきれない要素が、保護貿易の政治的帰結を複雑にしている。

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第2次トランプ政権は第1次政権とは比べられないほど広範囲に高率の関税を課す計画だ。さらに政策アナウンスメントの変更が相次いでいることも状況を複雑にしている。4月2日に発表した相互関税の上乗せ分については「90日間の適用停止」にしたり、スマートフォン向けの関税は適用除外とするなど、政策は極めて不透明だ。企業は度重なる方針変更に振り回され、コスト計算やサプライチェーンの見直しを余儀なくされている。

トランプ政権の関税政策と経済政策不確実性指数

こうした政策的不確実性は、米国企業の設備投資や雇用計画、海外企業の対米投資を慎重にさせかねない。一時的な関税上昇そのものよりも雇用創出への悪影響が懸念される。実際、関税リスクを理由に将来の投資計画を棚上げした企業は少なくない。特に自動車など部品の国際分業が進んだ産業ほどサプライチェーン管理が困難になる。

関税によって海外事業所の米国への国内回帰(リショアリング)を期待する見方があるが、実際はどうか。第1次トランプ政権時の米中貿易戦争の際は、サプライチェーンの混乱が中長期的に生産拠点を分散するインセンティブを高めたとする研究がある。結果としてリショアリングよりも、ベトナムなど中国以外の国に生産拠点をシフトする動きを後押しした。トランプ2.0の関税政策も、製造業の付加価値を米国内に戻す効果は見込みにくい。

さらに注目すべきは、保護主義によるコスト増が自動化やイノベーションに対するインセンティブを変えてしまう点である。

政策の不確実性は理論的に、自動化の需要を拡大する面がある。将来のリスクに備えるための予備的貯蓄が増えれば投資の原資となるし、経済全体での貯蓄増は実質金利を低下させる。金利が下がれば設備投資が増え、結果として自動化を促進する可能性がある。

一方、不確実性の高まりは、状況が確定するまで投資を控える「待機オプション価値効果」を高める可能性も理論的にはある。企業が様子見に徹してしまえば、自動化投資を抑制する可能性もある。

不確実性が自動化投資に与える影響は正負どちらが大きいのか。サンフランシスコ連銀のエコノミストによる最近の研究は、国内の需要拡大や予備的貯蓄の効果が待機オプション価値効果を上回り、自動化が進展することを示している。自動化の進展は非熟練労働者の失業増と賃金低下、熟練労働者の賃金上昇を引き起こし、賃金格差を拡大させうる。

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日本企業にとって、予測困難な米国の関税政策に対応するには、単なる生産拠点の移転や関税回避という目先の対応を超えた戦略が必要となる。

特に知識集約型の対米投資拡大は、関税リスクを軽減しながら米国経済への貢献も実現する有効な選択肢だ。過去の研究でも、研究開発(R&D)拠点や高付加価値工程を米国に設けることは、政治的要請に応えつつ、企業としての競争力も維持できる可能性が示唆されている。

しかしトランプ政権下での米国との「知の連携」はこれまで以上に困難な道にもなりうる。最近の科学技術予算や一部大学への助成金の削減により、共同研究プロジェクトや学術交流の縮小が懸念されている。独自の研究開発能力を高めるとともに、米国の科学技術政策の変動リスクも考慮した多元的な知識獲得戦略が求められている。

過去の研究では、第1次トランプ政権の関税政策による日本経済全体への影響は懸念されたほど深刻ではなかった可能性も指摘されている。不確実性が高まる時期こそ、柔軟なサプライチェーン構築と複数シナリオに基づく事業計画が競争優位につながるだろう。

米国の保護主義的な関税政策は、表向きの目的である「国内雇用の保護・創出」に成功しない公算が大きい。むしろ政策の不確実性が企業の投資判断を複雑にし、グローバルなサプライチェーンの再編をもたらすだろう。さらに関税政策が自動化や技術革新を促進し、国内雇用への依存度を低下させる方向に作用しうる点は注目に値する。

米中間の技術覇権競争が激化する中、単純な関税政策の是非を論じるのではなく、背後にある産業構造の変化と労働市場への長期的影響を見極めることが重要だ。特に人工知能(AI)やロボットの急速な発展は関税以上に雇用構造を変える可能性がある。こうした技術革新の波を捉え、日本企業が柔軟な国際戦略と知識集約型の価値創造で優位性を確保することが求められている。

2025年5月23日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2025年5月29日掲載

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