コロナショックと雇用調整

足立 大輔
イェール大学

川口 大司
プログラムディレクター

齊藤 有希子
上席研究員(特任)

新型コロナウィルスの猛威は全世界に甚大な被害をもたらしている。人命の尊重と雇用の維持を両立すべく、喫緊の政策課題が議論されている。英知を結集して世界的な大惨事を乗り越えていくことが求められているが、このような大きなショックが起きると世の中のさまざまな側面が浮き彫りとなる。経済学者は冷静に状況を分析して、世の中のための政策を提言すべきである。われわれは長期的な雇用の問題について議論したい。

雇用に関する2つの心配事

近年、長期的な問題として、雇用に関する2つの心配事が議論されている。人口減少による労働力不足の問題と人工知能(AI)による雇用代替の問題である。

前者の問題については、議論され続けてきた問題だが、抜本的な解決策が見いだされないまま現在に至る。周知のように、先進国では少子高齢化が進んでおり、日本はその筆頭である。超高齢化社会における人口減少で労働力の確保が難しい。人口減少を食い止めるべく、政府は、女性の活躍推進、少子化対策、外国人労働政策の転換などさまざまな政策を矢継ぎ早に実行し一部は効果を上げているが、基調としての人口減少は続くと見込まれている。

一方、後者のAIによる雇用代替の問題は比較的最近の問題であり、「AIに雇用を奪われる」と人々は漠然とした脅威を抱いている。2015年には野村総合研究所が「10-20年後に49%の雇用が人工知能等によって技術的に代替可能だ」というレポートを発表し、多くの人々に衝撃を与えた。しかし、これは技術的な話であって、仮に代替可能な技術があったとしても、経済的にメリットがなければ実際に代替は起きないであろう。では、このような代替可能性は実際にどのようなインパクトを与え得るのだろうか。

新技術の導入による生産性の向上と雇用代替

AIのような雇用代替による脅威は、新しい科学技術が進展する長い歴史の中で幾度も繰り返されている。産業革命の歴史を振り返ると分かりやすいであろう。まず、第1次産業革命は18世紀半ばに英国よりはじまり、19世紀にかけて各国に広がった。技術革新により蒸気機関という新しい動力源が現れ、特に紡績業などの軽工業の機械化が進んだ。その結果、大量生産、コスト削減、品質の安定などが可能となり、それまで安定的であった1人当たりのGDPは急速に上昇した。第2次産業革命は19世紀後半にドイツや米国を中心に、電力・石油を新動力とする重化学工業などの産業技術の革新が起きた。第3次産業革命は20世紀後半、情報技術、コンピュータ、産業用ロボットによる生産の自動化、効率化が進展した。そして、第4次産業革命がAIやIoT、ロボティクスなどであると言われている。

これらの産業革命は、経済成長をもたらした一方で、多くの労働者は職を失うことになった。既存のタスクは機械により代替され、熟練労働者はその価値を失った。しかし、新たな雇用も生まれている。第1次産業革命では鉄道や製鉄業が起こり、第2次産業革命では自動車産業、第3次産業革命では情報産業が起こった。新しい技術の発展において、常に失われる雇用と新たな雇用が生まれていることが分かる。

われわれは、産業用ロボットの導入の効果について、日本経済に与える影響を分析した(注1)。日本の特徴として、他の先進国に先駆けて1970年代から本格的に産業用ロボットの導入が進んでいる。また、日本ロボット工業会が産業用ロボットに関する長期データを整備しているため、長期の分析が可能である。分析の方法としては、因果関係を識別するために、内生性をどのように克服するのかという技術的な問題があるが、日本ロボット工業会のロボット用途別・仕向け産業別の出荷台数と出荷金額という詳細なデータを駆使することにより克服した。分析の結果、日本ではロボット導入により雇用が増えるという、他の国における既存研究とは異なる結果が確認された。このことは、労働代替が雇用を減らす効果だけでなく、生産性の向上による価格の下落と競争力の獲得、規模拡大の効果をもたらし、雇用の増加につながったためだと考えられる。

労働代替への抵抗とコロナショック後の雇用調整

技術革新は経済成長を牽引する機動力となるが、新技術の導入は労働代替を伴うため、雇用を失う者による抵抗が生まれる。例えば、第1次産業革命の英国では、1811年から1817年の長期間にわたってラッダイト運動が起きた。雇用を失う熟練労働者などが機械や工場建築物を打ち壊すとともに、労働環境の改善を求める労働者と経営者の集団交渉が行われた。このような動きに対抗し、大きな変化を起こすには新しい変化を受け入れることができる社会的な仕組みも必要である。例えば、1980年代の産業用ロボットの生産現場への導入に当たって、企業内での職種転換が容易な日本では労働者の抵抗が少なかった一方で、特定の職種に労働者が張り付いている欧州では労働者の抵抗が激しかったという経営者の言葉を当時の新聞記事から見つけることができる。

技術革新は創造的破壊を含むと言われる。新しい技術が導入されるには、既存の労働タスクが破壊されたり、新しい機械が古い機械を代替したりする形で、既存の人的資本と物的資本の両方が破壊されることを意味することが多い。組織が成長し続けるには創造的破壊を受け入れる仕組みが重要であると言える。AIによる代替可能性は単なる可能性であって、代替を実現させる仕組みが重要であろう。今回のコロナショックで在宅勤務を多くの人が経験し、すでに存在していたテクノロジーの数々が思わぬ進化を遂げていたことを知った人も多いだろう。また経営者の中には在宅勤務でも従業員が高い生産性を保ち続けることに気付いた人々もいる。その一方で、従業員の努力を観察することが難しくなったので、これを機に一気に成果主義的給与制度が広がり不平等が広がるという見立てもある。これは正しいのかもしれないが、この種の言説は多くの人々を漠然とした不安に陥れるのも事実である。大切なのは、いたずらに不安をあおることではなく、今回のショックをきっかけに新技術が社会の隅々にまでいきわたり生産性が向上し、その果実を多くの人が享受できるというシナリオを説得力がある形で描き、そのシナリオを実現する仕組みを作り上げていくことである。

今回のコロナショックでは、人と人の接触が多い労働集約的な産業が特にショックを受けている。労働集約的な仕事を少人数で行えるように働き方をシフトしており、不必要な雇用や非効率な人員配置が浮き彫りとなってくるであろう。現在、人口減少の進む中、コロナショックがきっかけとなり、AI、ロボットによる自動化など、新しい技術導入、労働代替が進む可能性がある。それは労働代替の脅威であると同時に次なる成長の入り口でもある。ふり返ってみれば高度成長期の入り口に立った日本では「生産性運動三原則」(①雇用の維持拡大、②労使の協力と協議、③成果の公正な分配)に基づいて日本生産性本部が立ち上がった。時代は大きく変化しているので同じことの焼き直しは通じないだろうが、新しい技術をどのように社会が受け入れていくのか、大きなシナリオとそれを支える仕組みが必要なことは変わらないだろう。

2020年5月22日掲載

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